118.お姫様とのこと
「ごきげんよう、皆さま」
「いらっしゃいませエリベール様、お城と比べて狭い屋敷ですがどうぞごゆっくりおくつろぎください」
「構いません、今日は婚約者の家に遊びに来ただけですから」
休日。
屋敷でくつろいでいたところに何故かエリベールが訪問してきて、両親は慌ててもてなす態勢に入るが俺は玄関先でのセリフに違和感を覚えて応接間に通したところで声をかける。
「エリベール、婚約者はエドワウ達を炙り出すためフェイクだったろ?」
「……」
「!?」
めちゃくちゃ睨まれた。
今、ここには俺とエリベールしか居ない。なにか話し出すまで待ってみるかと思っていると、
「「じー」」
双子が入り口付近でこちらを見ていることに気づいた。
「ルーク、ルーナどうしたんだそんなところで?」
「ママが入ったらダメだって」
「そうなのか? 別にこみった話はしてなしいいぞ、おいで」
「「わー♪」」
二人とも嬉しそうにソファに座る俺に抱き着いてきた。そろそろ二人も四歳になるので重くなってきたなとか考えていたら、ルーナがエリベールの顔に視線を合わせていた。
「おねえちゃん、アルにいちゃを取っちゃう?」
「え? ……いいえ、取らないわ。あなたのお兄ちゃんはとってもひどいのよ? 私を助けてくれた恩人に報いようと思ったら挨拶にも来ないなんてね?」
「う……」
ルーナを抱っこし、正面を向かせてから俺をチラリと見るエリベール。
恩を着せるつもりは無かったからグシルスに任せていたんだが、どうやらご不満のようだ。
「ルーナちゃんでしたかしら?」
「うん!」
「アルは好き?」
「大好きー!」
「うふふ、私も大好きよ」
「う……あ、あげないもん……」
ルーナがまたふてくされてプイっと顔を背けるのが可愛い。
するとエリベールが微笑みながら口を開く。
「アルはいつかどこかへ行ってしまうそうなの」
「え……。ルーナも行く……」
「多分、置いて行かれるわ、アルってそういう人だもの。だからルーナちゃんも私も悲しい思いをするわね……」
酷い言われようだがだいたい合っているので特に言及せず、ルークの頬を引っ張って遊ぶ俺。おお、良く伸びる。
「いやぁ……」
「でも、一つアルと一緒に居られる方法があるわ!」
「!」
ぐずりだしたルーナがパッと顔を上げてエリベールを見る。嫌な予感しかしないがスルーだ、スルー。
「私と結婚すればシェリシンダの王様になるから、ずっと住み続けてもらえるの! ルーナちゃんも第二婦人として結婚しちゃえばいいのよ! そしたらずっと一緒にいられるんだから!」
「けっこん!」
「ぶっ!?」
「にいちゃ汚いー」
エリベールはそういうだろうなと思っていたが、まさかルーナにもそれを言うとは思わなかった。
俺はせき込みながらエリベールに食って掛かる。
「こら! 子供になにを吹き込んでんだよ!?」
「なら、アルは私とルーナちゃんを置いてさっさとどっか行くの? 婚約までしたし、ルーナちゃんもこんなにかわいいのに。ねー?」
「ねー! アルにいちゃ、けっこん! けっこん!」
つまらんことを教えてくれやがって……。俺は少し目を瞑り、ため息を吐いてからエリベールの目を見て告げる。
「……俺だってエリベールのことは嫌いじゃないし、ルーナも可愛い」
「えへー」
「だけど、俺にも故郷はあるし、なにより目的がある。ここにずっと住むわけにはいかないんだ」
「ライクベルンへ戻るのはわかるけど……ご両親の復讐、やっぱりやらないとダメなの……?」
「ああ。父さん達にも止められたけど、こればかりはな。それをしたって両親や使用人たちが帰ってくるわけじゃないも分かっている」
だけどこれはケジメだと思っている。
前の世界でも復讐に凝り固まった自分に驚いたものだが、俺はそういう性分らしい。報復するまで胸中には暗い闇がずっと、靄がかかったようになるのだ。
「相手がもっと強かったらどうするのよ……それで死んだら私達はやるせないわ。今度はルーナちゃん達が復讐に走るかもしれない」
「だからここで、俺という人間と関わるのを止めて欲しい。勝手だとは思うけど、最初から居なかったと考えれぶぁ!?」
「本当に勝手よ……! 助けてくれただけでなく、呪いも解いたのになにも要求は無し。こんなの好きにならない方がおかしいわよ……お願いよ……私と一緒に暮らしましょう……?」
「おねえちゃんを泣かせたらダメなの! けっこんするの!」
ルーナがエリベールの頭を撫でながらめずらしく俺にぷんすかと口を尖らせて怒る。よくない言葉を覚えてしまったなあ……
「これはもう決めたことだから今更くつがえすことはないよ。まあ、ケリがついたら顔を見せにはくるけど」
「いつ終わるか分からないじゃない!」
「そうだな……前は10年近くかかったし――」
「前?」
「いや、なんでもない。そういうことだから、すまないけど諦めてくれ」
俺がそういって頭を下げると、
「もうアルなんて知らない! 変なおじさんと結婚してやるんだから! アルの馬鹿! 女たらし! わからずやに頑固者! それと馬鹿!」
「ぐあ……!?」
「ふわあ」
エリベールはルーナを膝から降ろすと、俺の両頬を同時にビンタして応接間から走り去っていった。まだまだ子供なので語彙力不足だな。
「あ、エリベール様!?」
外でちょうど母さんと鉢合わせたらしく、なにやら話していたが、やがてどたどたと足音が遠ざかり、静寂が戻る。
「おねえちゃん怒っちゃった……」
「くっ……いい一撃だった……」
「にいちゃ、痛い痛い?」
双子が両脇からひりひりする頬を撫でてくれる。まあ、言いすぎたかもしれないが、これで嫌ってくれても仕方がないし、今後のことを考えるとこれでいいのだ。
そこへ母さんがため息を吐きながら部屋に入って来た。
「はあ……ちょっとアル、エリベール様になにを言ったの? 泣いていたじゃない!」
「い、いや、婚約はフェイクだろって話を――」
「本 当 に ?」
「えっと……」
ヤバイ、本気で怒ってるぞこれは。
俺は冷や汗をかきながらさっきのやりとりを白状すると母さんに拳骨を食らった。
「ぐああ……!」
「アルにいちゃ!?」
重い一撃を受けて蹲ってしまう。
母さんは元冒険者だけあって攻撃力は高い。そんな母さんが呆れた顔で俺に言う。
「ったく、この子は賢いのに女の子の扱いはゼル以下だね。そりゃあんたの目的も気持ちも分かっているけど、言い方ってもんがあるだろ」
「で、でも俺に関わらない方がいいだろうし」
「それはそうだよ。だけどさ、全部カットしちゃうのは可哀想じゃないか。アルはエリベール様が嫌いなわけじゃないんでしょ」
「そりゃあ可愛いし、性格も悪くないからね。俺が気にしているのは、このままずっと仲良くしていると、いざ旅立つ時についてくるんじゃないかってことなんだ。ディアンネス様には他に子供が居ないし、そんなことになったら申し訳が立たないよ」
これは本当に考えていたことで、あの娘はちょっと俺に依存しかかっているような気がすると、この屋敷に来たのを聞いた時に思ったのだ。
「エリベール様からしてみればアルが英雄だからねえ……」
「え?」
「呪いを解いて国を救ったんだよあんたは。自分のために敵地へ行って戦った男に惚れるのは当然だよ。はあ……うちの子は」
「むう……もういいよ。この話は止めよう、俺の考えは変わらないしから」
「あ、ちょっとアル」
「にいちゃ」
ルークをソファに降ろして俺は応接室を後にするため立ち上がる。
俺だって可愛い女の子とイチャイチャしたくないわけじゃない。もし冒険者とかで一緒に来てくれるなら大歓迎だ。
だけどお姫様だぞ? 無茶な話だっての。
そんなことを考えながら扉を開けると――
「……俺以下……」
「うわ!? びっくした!?」
……父さんが母さんに言われた言葉にしょげていた……。
まあ、そんなことがあったりしたんだが、それからエリベールとは顔を合わせることなく、俺も忙しくてシェリシンダへ行くことも無くなり、あっという間に一年が過ぎたりする。
エリベールを助けたのはお礼が欲しいわけでも、恋人になって欲しいわけでもない。友人が困っているのを助けた、それだけだ。
手紙もこないので恐らく諦めたのだろう。ディアンネス様もなにも言ってこなかったので、これで終わり。
これでいい。
後は数か月後に学校を卒業したらツィアル国の南にある港からライクベルンを目指すだけだ。
残りの日常はできるだけ家族で過ごしたいもんだ。
だが、『ブック・オブ・アカシック』に気になることが記載されて――
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