112.魔人族との別れ
――俺が気絶するように倒れてからほぼ一日が経過した。
眠っている間に事態は進み、村人達や魔人族の子供の解放は終わり、調べたところオリィの村以外からも攫われてきた者が居たらしい。
もちろんカーランに息がかかった貴族の仕業で、そいつらは罪に問われることになり、家は取りつぶしになるのは間違いない。
……ただ、村人も魔人族の子も、誘拐されたと思われる人数よりは明らかに少なく、手放しで喜べる状態ではなかった。
十年以上前から行われている事件と考えれば全員が生きているはずはない。それでも生き延びることができた人が居たのは僥倖と呼べるのかもしれない。
今後、ツィアル国は他国との国交の回復といった政治的なことなど、大人がやるべき事項も話があったらしく、シェリシンダにはなんらかの形でお詫びをすることと、イークンベル……というよりウチに対して謝罪をすると宣言したらしい。
まあ、まずは国内をなんとかしてもらわないといけないからお詫びとお礼は後程でもいいとは言っておいたが。
それはともかく、出会いがあれば別れがあるのは世の常。
今から、グラディスを見送ることになっていた。
『もう行くのか、もう少しゆっくりしていけばいいのに』
『そうしたいところだが、ロラや他の子供たちのこともある。早めに戻ってやりたいのだ』
『そうか……そうだな。ニーナ達にもよろしく言っておいてくれ』
魔人族の子達は総勢20人ほどだった。
誘拐された人数はもっと多かったらしいが、あちこち調査して見つかったのがこれだけだった。
少し落ち込んでいたのと、小さく『もっと早く動けていれば』と呟いていたのが印象的だった。
魔人族の王も別に考えていなかったわけではないが、証拠を消すのが上手く、尻尾を掴むことができないので後手に回っていたのがこの結果だ、仕方ないと思う。
『ああ。我が国の王にもアルフェンの武勇は伝えておく。お前が俺達に助けを求めれば協力は惜しまないだろう。俺は必ず駆けつけるぞ』
『ありがとうグラディス。あの時、助けてもらわなかったらどうなっていたことか』
『ははは、お前ならなんとかしていたと思うぞ? 名残惜しいが、そろそろ発つ。また、必ず会おう』
『ああ。またな』
『ばいばーい!』
グラディスとロラは子供たちを乗せた馬車に乗り、王宮を去っていった。
付き添いは必要ないと自分だけで御者をし、例の村へ戻ってから国へ戻るのだそうだ。きっとあの村も必要なくなるに違いない。
惜しむらくは、もう少し一緒に居たかった。
俺は前世も今世も兄という立ち位置に居るが、兄が出来たらあんな感じなのかもな。短い間だったけどグラディスには本当に世話になった。
ライクベルンに戻る前にもう一度、命の恩人に挨拶はしていこうと思う。
「行っちゃったわね」
「うん。グラディスはいい人だった。いつか魔人族の国ってところにも行ってみたい気がする」
「ツィアル国が正常になればそれも難しくないだろう。アルバート様への手紙の件も解決しそうだしな」
父さんが俺の頭に手を乗せながら微笑み、馬車が見えなくなってから再び王宮へ。
そう、今まで俺の書いていた手紙は流通に乗っていなかったらしい。
というのも、ここから南にある他国への大陸へ繋ぐ航路の便が久しく動いておらず、積み荷はその港町でずっと滞っていた。
食料は回収されるが、手紙は重要視されず、さらにイークンベルからのものということで廃棄されていたようだ。
「これでライクベルンへ戻る算段もつけられるだろうし、一件落着ってところかな?」
「……それで済むとは思えないけどねえ」
「どうして?」
母さんが困った顔で俺を抱き上げてきたので、顔を見ながら意図を尋ねるとこんな回答があった。
「あんたはエリベール様の……いいや、ウトゥルン家の呪いを解いた英雄なんだよ。嘘だったとはいえ向こうはそう思っていないはずだから、結婚まっしぐらになるんじゃないかしら」
「え!?」
「そのために彼を遣わしたんだろう、心配だったのは痛いほど分かる」
父さんの視線の先には柱に背を預けているグシルスの姿があり、今度は彼が片手を上げて話しかけてくる。
「魔人族の男はいっちまったか、お前を助けてくれたみたいだから礼の一つも言いたかったんだが、あいにく言葉がわかんねえんだよな」
「まあ、俺も苦労したし。グシルスはやっぱりエリベールから頼まれたのかい?」
「それもあるが、俺もアルを捜索したいと思ったからだな。お前はやっぱりおもしれえ。折角だし、エリベール様と結婚して王になったらどういう国になるかなってな」
「最悪すぎる」
いや、助けに来てくれたのは嬉しいけどさ。
にしても、シェリシンダは俺を本気でエリベールと結婚させるつもりなのか……?
しかし、そこはウチの両親も黙ってはいない。
「それはそちらだけで決めることではありませんからねえ。アルの意思というのもありますし」
うんうん、流石は母さんだ。俺にも都合というものがある。
エリベールはめちゃくちゃ可愛いけど、いずれ帰るのだ。国王になるのは難しい。
そこを考慮してくれたのかとおもっていると――
「なんせウチの娘もアルが大好きだからな、今は養子だが婿として迎えるつもりもあるのだ、エリベール様が悪いわけではないが、ウチも娘が可愛い」
「ぶっ!?」
そっちの心配だったのかよ!?
「いやいや、ルーナのあれは子供特有のものだから将来、俺と結婚したいと思うかはわからないだろ? まだ三歳だ」
「しかし……」
「くっく、まあ、そこは後日ということでいきましょうか。とりあえず、俺はヘベル大臣からのお達しを伝えに来たんで、ご一緒にと思いましてね」
「お達し?」
「カーランのやつと話をする機会を設けてもらったってことでさぁね。行きましょう」
グシルスがニヤリと笑って踵を返し、俺達も後をついていく。
やがて案内の兵士と合流して地下牢に到着するが、カーランはさらに奥にある凶悪な犯罪者を閉じ込める部屋へ入れられているそうだ。
「来たか」
「国王様もご一緒で?」
「ああ、色々と聞きたいことがあるからな。アルフェン君はなにを聞くつもりなのだ?」
「ま、呪いについてですかね。これで本当に終わっているのかどうか、それを聞かないと帰れなくて。一応、そうであろう物品は破壊しましたけどね」
「なるほど。では、入るとしよう」
そういった国王の言葉を受けて、ヘベル大臣が扉を開く。
中へ足を踏み入れると、睨みつけながら不敵に笑うという不可思議な表情をしたカーランが椅子に縛り付けられたまま、こちらを見ていた。
「やあ、アル。私の『英雄』よ」
「俺は英雄なんかじゃないが……お前をこうやって捕らえることができてほっとしているよ」
「くっく……まあ、お互い様というヤツだろう。私はここで終わりだが、私の意思は君に継いでもらおうかな」
「意味が分からないことを言うな。とりあえず、俺の知りたいことを吐いてもらうぞ」
さて、大人しく吐くとは思えないがどうだろうな?
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