98.張り付いた笑顔


 「ふあ……」

 「体調は良さそうだな」

 「ああ、昨日ゆっくり休ませてもらったからね。さて、今日は町を見て回ろう」

 「町をか? ギルドじゃなくていいのか?」

 「ちょっと様子見をしておかないと、隠れる場所とか万が一の逃走経路、住民……色々と後で必要になるもんなんだ」

 「ふむ、賢いな」


 前世の裏稼業も似たようなもんだったしな。

 鉄砲玉なんてのは流行らず、綿密な計画できっちり逃げるところまでがカチ込みだったからな。

 俺は関わったことは無いが、事務所に出入りしていた時期にそういう話を聞いたことがある。


 まあ、それはともかく町の散策は重要なので、ジョニーに朝ごはんをやった後、このままウロつくことにする。

 宿はそれなりの値段だったから期間によっては稼いでおかないと野宿になりそうだが。


 「フードはいいのか?」

 「このままでいい」

 <どうしてですか?>

 「怪しまれにくいからだよ」


 顔はあえて隠さない。

 下手に隠していると怪しまれる確率の方が高いし、俺の顔を知っている人間の方がはるかに少ないので警戒すべきはカロールと大将の二人。

 

 だがカロールとは面識がないためそこまで気にする必要はないだろう。大将は俺を知っている上に逃げられているので、こちらは遭遇すると面倒になるかもしれない。

 まあ俺の隣にはグラディスという頼もしい魔人族が居るので手は出して来ないはずだ。


 「活気があるな……」

 「ここに来るのは二度目だが、前もこんな感じだったぞ」

 「他の町を寂れさせて、どういうつもりなのか本当に気になるな」


 そんな感じで適当にふらつき、住宅街や商店街、広場に見回りの兵士がいる詰所などを見て回る。

 とはいえ、現時点では平和そのものと言っていい町に怪しい点は見当たらない。

 しかし、どこか違和感を感じる。


 他の領地も見てみたいが――


 「危ない、アルフェン!」

 「わ!?」


 後は城も見ておくかと大通りを歩いていると、グラディスに引っ張られて尻もちをつく俺。

 何事かと頭を上げると、猛スピードで遠くなっていく馬車が見えた。

 ……嫌な予感と勘が脳裏をよぎり、俺はすぐに立ち上がるとグラディスに耳打ちをする。


 「あの馬車、オリィが捕まっているんじゃないか? 少しずれたけど、時期的に合う」

 「うむ。俺もそう思っていたところだ、行くか?」

 「様子だけでも知っておきたいし、こっそり観察できないかな」


 そそくさとその場を立ち去り、馬車の向かった方角へと慎重に進む。大将のやつがまたリーダーだったら面倒だな……


 さりげなく露店で食べ物を買ったり、商店を覗きながら少しずつ城へ。

 間に合わないかと思ったが、まだ門でやり取りをしていたので、遠巻きに様子を伺う。


 「くそ、城の周りには何もないのか……隠れる場所がないのはキツイ」

 「仕方あるまい。……よし、アルフェン肩車だ」

 「え? なんでさ」

 「散歩しているということでどうだ?」


 見ればグラディスはバンダナを取り出して角を隠していた。真面目な顔で親指を立てて俺を見るので噴きだしそうになったが、折角の提案だ採用してみることにした。


 「……」

 「……」


 俺がパンを口に咥えたまま散歩感を出し、グラディスは俺を抱えたまま門に近づいていく。


 「……なんだ、ありゃ?」

 「分からん……でけえな……魔人族か? なんで人族の子供を連れているんだ……?」


 速攻でバレていた。

 まあ、悪さをしなければ特に問題もないだろう。ここまで来たら少し情報を貰わないと損かと思い、門番に声をかけた。


 「すみません、門番さん。猛スピードで走って行った馬車を知らない? こっちに来たと思うんだけど」

 「お? おお、馬車か? それなら城の中に入っていったぜ、どうした?」

 「いやあ、さっき轢かれかけてさ。転んでケガをしたから文句を言おうと思って。あ、俺達は冒険者なんだ」


 俺ははねられかけたことに抗議したい、という体で話を進めることにした。

 もちろんマジで謝罪されるとは思っていないが、少しくらいなら話を聞いてくれるだろうという打算を持っていた。


 「そりゃ、災難だったな。だけど、見た感じ大けがじゃねえし、あんまりガタガタ騒がん方がいい。こうなるぞ」

 「ふむ」


 門番が首を掻っ切る仕草をして、割と物騒な結果になることを示唆してきた。

 小声だということはあまり聞かれたくないらしい。


 が、そういうことを初対面に話すってことはなんらかの不満はもっていそうだな?


 「それは怖いね。ならここは大人しく退散するかな。しかし、あんなに急いでなにを運んでいたんだろ? おじさん、知ってる? お偉いさんとか」

 

 俺が首を長くして門の向こうを覗こうとしたところで槍を向けられる。


 「そいつは知らねえし、知っていても坊主には教えられねえよ。ここは見なかったことにしてやるが……この町で活動をするなら気をつけろよ。陛下は平穏を乱す輩を許さないからな。死にたくなきゃ迂闊な真似はすんな」


 門番は二人ともそう言って肩を竦めて持ち場に戻り、あっちへ行けと手で追い払われ、俺達はその場を離れる。


 「なにを話していたんだ?」

 「ちょっとね。……とりあえず、遠目だったけど、馬車から数人降ろされているのが見えた。恐らく村人だと思う。オリィは見えなかったけど」

 「ふむ、となると急がねばならんな」


 どういう仕打ちを受けるのか分からないけど、グラディスの言う通りだ。

 それとこの町、違和感があると思ったけど平和すぎるのだろう。

 裕福に見えるが、その実、監視されているのかもしれない。


 少しでも悪さをすれば即、死に繋がる町、か。


 「……それじゃ今日のところは最後にギルドへ行って終わりだな」

 「依頼はいいのか?」

 「とりあえず、受けられそうなものがあればってことで」


 『ブック・オブ・アカシック』は依頼について示唆してこなかった。

 なんでもいいということだろうと思いたいが、謁見を受けられるような大きな依頼都合よくあるものだろうか?

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