95.仕掛けと囮
さて、俺とグラディスはルイグラスの屋敷で世話になっていたが、それもそろそろ一週間。
お金は日当で支払ってくれるので、路銀は結構貯まったが、特に襲撃等はなにもないため少々心苦しい。
そんな昼下がりにルイグラスの母親からお茶に呼ばれてケーキを食べている時に、話が舞い込んできた。
というかルイサさん、俺を甘やかしたくて仕方がないみたいで、基本的には逃げている。
ただ、感心するのは魔人族の角を見てもグラディスを差別したりしないことだろう。
「アルフェン、大変だ。先日立ち寄った村が何者かに襲撃されたらしい」
「野盗かなにかかな……?」
「……結構な損害で、村人が数人連れて行かれたんだが……」
グラディスをチラチラと見ながら口ごもるのを見て、俺は大丈夫だと手で制してから返事をする。
「もしかして魔人族が居たのか?」
「……みたいだ。彼らの角は特徴があるから、間違いないと。攫われた人の中には村長さんの娘さんも居たとか」
「うーん、気になるところだけど、まあ今のツィアル国ならお互い様なところはあるからなあ」
「というと?」
ルイグラスが解せないといった顔をするので人差し指を立ててから第三者的な観点で話をすることにした。
「人間側が先にやったから報復でしょ? 黒幕がいるわけだけど、間違いなく魔人族を攫っているという事実がある。だから人族が攫われても文句は言えないんだよ」
「ま、まあ、そうだけど……」
「そのあたりの認識が甘いと思う。貴族は国からなにか言われているのかい?」
「そうだな……僕が受け継いでからそれほど経ってないから通達はないけど――」
ルイグラスが顎に手を当てて考えていると、ルイサさんが微笑みながら口を開く。
「そうねえ、町と村には自立を促すため口を出さないようにとか言ってましたよ。大臣のような人達が昔やって来た時に」
「それは本当かい……? いや、この辺りの税金は年々減っている。それは町や村を見てきたから分かるけど、野菜や家畜といった生産ができていないことが原因だ」
ルイグラスの言い分としては、援助をすべきところに援助をしない。
それを国がストップをかけていることがおかしいと主張する。
他の貴族は疑問を持たないのか? という質問を投げかけるが、そのあたりは父親が交流していたから自分ではあまり分からないのだという。
……だから消されたか?
ルイグラスの父親が他の貴族に良からぬことを吹き込むことを恐れたと考えるのが妥当だな。
しかし、解せないのはこの一連の流れは『国を破綻に導く』政策にしかならない。
国王はなにを考えているのだ?
宮廷魔術師のカーランが糸を引いていると考えても暴走しすぎだと思うのだが。
<アル様、オリィさん大丈夫ですかね……>
「おっと、そうだったな」
「なにがだい?」
「こっちの話。とりあえず村人を救出しないといけない、襲撃されたのは?」
俺が尋ねると、どうやら二日前のことだと返事があった。
ギルドへ依頼があり、ゲイツ的にはこの周辺を取り仕切るルイグラスへ話さなければと報せがあったとのこと。
『よし、グラディス行こう。時間がかかったけど、ここが正念場になるはずだ』
『ふむ、付き合おう』
「アルフェン?」
「護衛は終わりだ、俺達はこのまま王都へ行く。恐らくカーランの下に送られているはずだ」
確証を得ている言い方に眉をひそめるルイグラスに俺は言う。
「とりあえずこっちは俺達がなんとかするから、ルイグラスは他の貴族とコンタクトを取ってみてくれ。どこかで監視がついている可能性もあるから護衛は慎重に選んで」
「あ、ああ……君は一体? とても10歳には見えないんだけど」
「でも、この通りさ。ここからなら徒歩でも五日くらいだ行こう」
グラディスが頷くのを見て装備を手にすると、ルイグラスが肩を竦めて困った顔を向けてきた。
「はあ……君は面白いな。ウチの馬を貸そう。グラディスさんと二人で一頭あれば速く移動できるだろ」
「いいのか?」
「いいさ。ウチの管轄の村人救出の手助けだもの。ギルドには受領したと伝えておく。ゲイツさんって人なら分かってもらえるかな?」
「いや、探っているのがバレるのも面倒だから内緒でいいかな。後はこっちで詰めてみるよ」
そう告げて一緒に屋敷を出ると、ルイグラスに馬を借りて早々に出発。
道は分かりやすいので、今から飛ばせばほぼ同時に到着するか?
確証はもちろん『ブック・オブ・アカシック』の予測だ。
魔人族が攫っていないことは間違いないらしい。
頼むぜマジで……! ここで予測と外れられたらたまらないからな!
◆ ◇ ◆
――ツィアル国 王城――
「それで、お前はおめおめと魔人族にやられて戻って来た、と」
「か、勘弁してくれよ!? あんな化け物に狙われたら俺なんてたまったもんじゃねぇのは承知しているだろうが!」
「使えんやつめ……しかし私が出るわけにもいかんか、だが、あの子供、アルは欲しい。あれと魔人族の娘と子を作らせて研究を――」
薄暗い地下室で‟大将”が膝をついて命乞いをしていた。
目の前にはフードを被った男、ツィアル国宮廷魔術師のカーランがぶつぶつと神経質そうな声でなにかを呟いていた。
「な、なあ、もういいだろ? 呪いを解いてくれよ」
「ん? まだ居たのか。そうだな……もう一回チャンスをやろう。アル=フォーゲンバーグを掴まえて連れて来れば解いてやる」
「う、嘘だろ……魔人族に連れは皆殺しだ! で、出来るわきゃないだろ!」
「どちらでもいいぞ、今死ぬか、後で死ぬかの差しかないのだからな」
「ぐ……わ、わかった……」
フード下の目が怪しく光ると、大将は諦めて項垂れた。
そこで、カーランはまた独り言か、大将に言っているのか分からないことを話しだす。
「そういえばそろそろ人間が届くか。くく……人間と魔人族が争う中、私は実験が捗る……。シェリシンダもイークンベルもツィアル国と争えばいいのに動かんな……? 娘の命は惜しくないと言うのか? テロも効果がなかった……どうなっている?」
「カ、カーラン様……?」
「なんだ、まだ居たのか。早く行け!」
「は、はいいいいい!?」
大将が慌てふためく様子を見て、カーランはため息を吐き机に向かう。
「実験……寿命……ああ『ブック・オブ・アカシック』があればすぐに分かるものを――」
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