94.何もかも知っているが、何も教えない
「初めまして、ヘープ家のルイサ=ヘープです。……まあ」
「どうしましたか? 初めまして、アルフェンと申します。こっちはグラディス。二人で冒険者をしています」
「……」
グラディスは立ち上がると、俺と同じく右手を胸に当ててお辞儀をする。
これは利き手をさらすことで『攻撃の意思無し』と宣言している仕草で、初対面にはこうするのが冒険者の挨拶なのだとか。
日本でも前に手を組んで立っているアレも『利き手を抑えているんで敵意はありません』という意味なので、それと似たようなものだろう。
それにしても……母親の俺を見る目が輝いているのはなぜだろうな?
まあいいかと思っていると、ルイグラスに座るよう促され話を始める。
「……さて、アルフェン。君は誘拐されてきたと言っていたが、冒険者に心当たりは無いと言っていた。それは本当かな?」
「誘拐……!? ああ、こんな可愛い子を……なんて恐ろしい……」
「どういう意味だ? もしそうだとして、それを知ってどうする?」
「それは――」
「あ、でも可愛い子だから狙われたのかもしれないわね! そう思わない、ルイグラス?」
「母上、出番があるまでちょっと静かにしてもらえると嬉しいよ」
母親のルイサは天然なのか、独り言のように俺を見ながら色々呟いていた。さすがのルイグラスも無視できなかったのか、眉を顰めて窘めるように言う。
しかし、彼女は気にした風もなく立ち上がり、俺を抱っこして膝に座らせた。
「冒険者なんて危険なことを子供がしたらダメですよ。ウチの子にします」
「ええー……?!」
「それはダメだよ、母上。アルフェンには目的がある、そうだろ?」
ルイグラスがハッキリと確信した様子で、隣に連れてこられた俺の目をじっと見つめてそう言った。
それが分かれば俺達になにかを伝えたいといった様子だが、ここも本により回答は決まっている。
「……それなんだけど――」
後はいつもどおり。
一応、護衛の人間が聞こえないことを条件に話をする。グラディスにも魔人語で説明をすると、少し面食らっていた。
イークンベルのこと、エリベールの【呪い】のことまでは話していなかったしな。
しかし、ここで全てを話すことが良いと本に浮かんだので目的と俺自身のことを全て話す。
実のところ、ルイグラスは父親を殺されて国を相手に探りを入れている貴族。狩猟というのは口実で、自領地で情報を集めているのが真実だ。
実際、寂れているわ魔物は多いわでこのままではまずいと父親が漏らしていた。
それを上申しに行った矢先に帰らぬ人となったので、国に不審を持ったという。
とまあ、とりあえずめちゃくちゃ詳しく書いてくれていたので俺は安心して打ち明けるのであった、まる
「それは……凄いな……それにしてもカーランの名は知っているよ。宮廷魔術師で長いことツィアル国を支えていると聞いたことがある。いや、魔人と一緒にいるから何かあると思っていたけど、まさかそこまでとは……」
「エリベール様、可哀想ねえ……なんとかならないかしら……」
「苦しい、苦しいですルイサさん!?」
『俺も驚いたぞ』
グラディスが呆れた目を俺に向け、俺は肩を竦める。
『まあ、話す理由が無かったからね。早く話せばグラディスのことだ、魔人族を総動員して攻めるだろ? 戦争は避けたい。魔人族が誘拐されている気持ちはわかるから、ここで教えたんだ。ルイグラスは協力してくれるよ』
『ふう……おかしなやつだなアルフェンは。まあ、考えがあるようだから力は貸す』
グラディスの言葉に頷く俺。
この後、非常に重要なイベントが起こるのだが、それは今、話せないのでこの後の流れだけ口にする。
「とりあえず、俺とグラディスを護衛に雇ってくれると助かる。で、昨日の裏切者から情報を聞いておこう。とは言ってもカーランの名前が出て来るだけだ」
「ふむ、信じがたいけど……アルフェンの話は真実味がある。子供の冗談にしてはね。僕から聞いておいてなんだけど、様子を見させて欲しい」
「いいよ、俺のことも含めて流石にすぐに信じてもらうのも難しいと思っている」
「とりあえず雇うのはオッケーだから、この屋敷で過ごして貰って構わない。さて、忙しくなるかな?」
「アルフェン君、夜はなにが食べたい?」
「あ、お構いなく……」
というわけで、ルイグラスとの会話は終了して俺達は寝る場所と食事を手にすることができた。
メイドに案内された部屋は二人の客間って感じで、並んだベッドに座るとグラディスが声をかけてきた。
「ふむ、金を使わなくていいのは助かるな。これからどうするんだ?」
「しばらくルイグラスの調査が進むまでゆっくりでいいかな? 丘の下の町へ出て情報を集めるのも意味ないし」
「意味がない? 何故だ?」
「ああ、いや、ルイグラスが調査するでしょ」
「ああ」
グラディスが納得してくれ俺は安堵する。
この後、オリィが誘拐されてギルドに依頼が来て、彼女を知っているルイグラスが誘拐事件について登城するなんて口が裂けても言えない。頭がおかしいやつ扱いだ。
<本の存在は明かさないって決めたからもどかしいですね>
まあ、今回は役に立っているし間違えなければ有用だ。
それから数日、俺達は屋敷で世話になることになる。
「きゅ、宮廷魔術師だ……カーランとかいう奴があんたを消せば金と国外へ逃がしてくれるって言うからよう……」
「カーランはどんなやつだ?」
「し、知らねえ……顔はフードに隠れていて表情すら読めないんだよ……」
裏切者は金を掴まされて依頼されただけだったので、捨て駒みたいなものだろう。
三分の一を握らせて、上手く行けば残り。実際に前払いでいくらか金を渡されれば実行に移すだろうな。向こうでもチンピラがそういうことをよくやっていた。
「はい、アルフェン、あーん」
「じ、自分で食べれますから……」
「はは、母上には敵わないかい? ところで、イークンベルに戻らなくて大丈夫? 僕がツテを使って帰すことはできるけど」
「あー……」
ありがたいことだが、『ブック・オブ・アカシック』がここは残ること一択らしいので拒否する。
そういえばこの母親、旦那が亡くなったのに悲しそうなそぶりも見せないな?
強い人なのか、そのせいでおかしくなってしまったのか……ルイグラスには聞きにくい。
そんなこんなで数日。
俺はとあるよる、グラディスが先に寝たことを確認して『ブック・オブ・アカシック』を開く。
ずっと後回しになっていたマイヤの居場所が分からないかというものだ。
「……どうだ?」
流石に無理だろうか?
しばらく何も浮かび上がらなかったが、やがてじんわりと、インクが滲むように浮かび上がる。
‟大きくなればいつか会える……はずだ。それは恐らく叶う。だが、期待はするな”
「……」
やけに歯切れの悪い文章が浮かび上がって来た。
期待はするな、か。
遺体と対面、ってことだったら寂しいと思いながら、俺は本を閉じた。
そして、運命とも言うべきオリィの誘拐が俺達の耳に飛び込んでくる。
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