77.情のかけらも持たない者


 「聞いてもいいかい?」

 「なんだ? 答えられることなら答えてやる」

 「依頼主は……ツィアル国のカーランってヤツ?」

 「……どっかの変態貴族だ」


 回れ右をして船室へ戻ると適当に投げ捨てられて俺は悶絶する。

 さて、明らかに顔色が変わったのは分かったので依頼主は間違いなさそうだ。


 ただ、こいつらみたいなゴロツキに理由まで話しているとは思えないので、これ以上聞く必要もないかと寝転がる。


 「……ふあ」

 「図太いガキだな、あくびをするのかよ」

 「俺を殺すと報酬が減るって感じがするしね。現時点で生かされているのがその証拠だ」

 「生意気すぎんだろ」


 ごついおっさんが呆れたような口調でため息を吐くと、暗がりの中で別の声が聞こえてくる。


 「はは、大将がそんなことを言うとは珍しいや。俺ぁこういうやつ嫌いじゃねえけどな」

 「誘拐犯に好かれても嬉しくないけどな。どれくらいで向こうに着くんだ?」

 「マジで可愛くねえな……ま、後丸一日くらいだな」

 「気絶してからどれくらい立っているんだ?」

 「半日ってとこだな。ガキはよく眠ってくれるから助かるぜ、はっはっは!」


 半日か、……陸路はすでに抑えているだろうけど、海路は抑えられないからゼルガイド父さん達の助けを期待するのは無理。


 なら、このままこいつらに連れられて黒幕のところへ行くのが楽でいい。

 が、懸念点はやはり【呪い】だ。


 カーランを殺すか倒すかして解除できれば御の字だが、ことはそう上手くいくとは思えない。なんで俺を攫ったか分からないが、そのあたりのことなどを聞き出す努力はしよう。


 「食事はあるのかな?」

 「ふてぶてしい奴だな……あんまり調子に乗ってんじゃねえぞ?」

 「ごふ!?」


 ごついおっさんが寝転がっている俺の腹に蹴りを入れ、痛みでくの字に曲がる。

 おっさんは鼻を鳴らして俺を隅に蹴飛ばすと、仲間と共に酒盛りを始めた。


 <……大変なことになっちゃいましたね。大丈夫ですか?>

 「げほ……骨は折れてないし、それなりに手加減したみたいだ。痛かったけどな」


 ――そこからは特になにも無く航海は続き、一応の飯とトイレは保証してくれた。

 

 トイレの際に手の縄を外してもらったんだが、反撃する素振りを見せず、付き従っていたところいちいち手を縛るのが面倒になったのか放置された。

 

 暴れるわけがない。

 なんせ黒幕への片道切符なのだ、このままツィアル国へ行った方が早期解決を図れるかもしれん。


 「大将、陸が見えてきましたよ」

 「おう」

 「ここからカーランのところまではどれくらいなんだ?」

 「ふん、馬車で三日ってところだな。その前にやることがあるからもう少し時間がかかる。お友達を増やすチャンスだぜ? その気がありゃ、女を覚えさせてやろうか」


 嫌らしい笑いを浮かべた‟大将”の言葉の意図が読めず、首を傾げる俺を素早くロープで拘束する男たち。

 

 「港町……この大陸に港はいくつあるんだろ」

 「あん? 変なことをを気にするガキだなぁ。ここは北の港で、後は南にもう一つあるぜ。南の方は別の国へ行くための船が出ているんだが、今は使えねぇ」

 「そうなんだ? 通行止めにしているのかい?」

 「それはツィアル国のお偉いさんにしかわかんねえよ。おら、仕事をするからついてこい」

 「うわ!?」


 ロープを乱暴に引かれて下船すると、樽の中に押し込まれて運ばれることに。

 大人ならパンパンだろうけど、子供の俺ならすっぽりと入り隙間もあるので、


 「……<ウインドカッター>」


 指先で魔法を使い、樽に目出し穴をあけて外の様子を伺ってみることにした。


 船は何隻かあり、商人らしい人間達が行きかうのが見える。

 俺の乗ってきた船はどちらかと言えば小型で、旅行や貨物を乗せて移動するタイプの船ではない。

 もちろん、このままでは密入国ができてしまうので――


 「お前等、身分証は?」

 「ギルドカードがあるって旦那。ほら」

 「……ふん、問題ないな。通れ」

 「へいへい。行くぞお前等」


 大将の合図で移動を始めるごろつきたちだが、こいつら冒険者だったのかと驚いた。カーネリア母さんが冒険者だったころは悪事に手を染めている人間は剥奪や追放をされるのが普通だったらしい。


 「国のお抱えでやっているとかなら有り得るか? っと、こりゃ酷いな」


 町の様子が隙間から見て取れるが、明らかに寂れていると言って過言ではないほど、雰囲気が暗い。

 人間も歩いていたりするが、陰気で希望もクソも無いって顔をしているのだ。

 こういう土地は観光地で賑わってそうなんだが、ここはどうもそういう場所ではないらしい。


 しばらく無言で歩いていき、家屋が並ぶ場所が宿でも取るのかと思ったのだが、次の瞬間、先ほどの言葉の意味を知る。


 「へっ、くせぇ場所だぜ相変わらず。……おい、やれ」

 「おじさんたちだあれ? ご飯くれるの?」

 「お、俺にもくれよ……!」

 「ああ、後でたっぷりとな」

 「きゃあ!?」

 「うわ!? ひ、ひとさら――」


 そこからは分かりやすかった。

 ここはスラムのような場所で、ホームレスみたいな恰好をした人間がごろごろ居て、‟大将”達は子供をさらいにきたのだ。


 「おい、止めろよ! 痛っ!?」

 「うるせえぞ! こいつらも持っていけば報酬に色がつく。若い実験材料が欲しいって言ってたからな」

 「お前等……!!」


 暴れるか……?

 しかし、その後が問題だ。どこに城があるかもわからない上、金も無い。

 連れて行くというのであれば、殺されはしないだろうから今は耐えるしかない……。

 

 それに、周りには大人も居るのに助ける気配は微塵もない。

 ここはそういう場所……いや、国なのだと胸中に嫌なものが込み上げてくる。


 「国自体が腐っているのか。そりゃ、クソエルフみたいなのを宮廷魔術師にするわけだぜ……」


 目の前で袋に詰められている子供たちを見て歯噛みしながら、俺は耐えるしかなかった。

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