76.疑問


 『残念! 君の物語はここで終わってしまった!』


 ぼんやりとした意識の中で、俺はイルネースの声を聞いた。

 物凄く嬉しそうな声だったこともあり、意識が完全に覚醒し、目の前に立つイルネースへ声を荒げた。


 「うるさいぞ、役立たず神!」

 『僕に出来ることはないし……。まあ、人間諦めが肝心だよ。僕は神だけど』

 「……というかここに居るってことは俺はやっぱ死んだのか」


 どこの誰かは分からないが、誘拐の目的が身代金でなければ事件の黒幕であるクソエルフの手の者と見るべきだ。

 

 ……正直な話、どこかで監視役が居てもおかしくないとは思っていた。だからこそこの二か月、警戒をしていたわけだ。

 しかし、どこか気が抜けていたのだろう。

 それと白昼にそんなことをするとは考えてなかったのが失敗の要因と言える。


 「あ、ルークとルーナはどうなったか分かるか!」

 『ああ、あの可愛い双子は大丈夫。きちんと保護されたよ、良かったね』

 「はあ……なら良かった。で、俺は今度こそ死ぬんだな?」


 あの二人が助かったなら言うことは無い。

 ただ、エリベールのことは残念だと胸中で謝罪をしながら俺はイルネースへ問う。


 『え? いや、まだ死んでいないよ? 深い、ふかーい眠りについていたからちょっと精神だけ呼んだんだよ。体をよく見てごらんよ』

 「お……」


 言われて見れば手足の感覚がなく、視線と呼んでいいか分からないが下を向くと足は無かった。幽霊はこういう感覚なのだろうかとちょっと思ってしまう。


 「リグレットは……」

 『アレは居ないよ。あくまでも肉体にくっついているナビみたいなもんだ。君が車ならアレはカーナビ』

 「こんなところで現代機器の名前を聞くことになると思わなかったな。で、どういうことだ?」


 精神を呼んだという理由を聞かせてもらおうと質問を投げかける俺。

 すると、イルネースは手を顎に当てて口を開く。


 『いや、君にいくつか注意をしておく必要があると思ってね。まず、あの本『ブック・オブ・アカシック』は有益であると同時に、非常に怪しい』

 「かゆいところに届かない役立たずな本だけどな?」

 『そう見えるのは和人君がきちんと使いこなせていないだけだからだと思う。それと同時にあやふやな答えを出している点が謎だ』


 確かに『分からない』とはっきり書いてくるあたり謎もいいところだ。

 そこで気づいたことを聞いてみる。

 

 「ってことはあれはお前がくれた訳じゃないんだな?」

 『そうだね。あの世界の産物だよ。僕はスキルを二つ、渡しただけだね!』


 得意気に笑うイルネースを殴りたいと思うが、手足が無いのでそれは叶わない。

 

 『で、もう一つだけど、どうも世界の流れがおかしい気がする。僕は世界を認識しているけど少しずれているというか、そんな感じだね。違和感と言ってもいい』

 「へえ、創造した神なのにか?」

 『出来てしまった世界はその時点で『観測対象』になるんだ、だから内側からなにか手を加えることはできない。だけど、和人君を送り込んだ時のように外から干渉するのは可能なんだ』


 イルネースはそこまで言うと、一息ついてから俺をじっと見つめて再度続ける。


 『……それがいけなかったのかもしれないけど、こんなことは今まで無かった。だから君があの世界に産まれたことでなにか生じたのかもしれないね? いやあ、すでに波乱万丈になっているからその可能性の方が高いんだけどさ』

 「ぶ、ぶん殴りたい……それで両親が死んだんだぞ……」

 『ああ、確かにそうだね。前世と今世のことを考えると少し軽率だったよ、申し訳ない』


 胸に手を当ててうやうやしく頭を下げるイルネース。

 一応、配慮はしてくれているらしいが、こいつ自身が軽いせいでそう思えないが神のくせに頭を下げるのは好感がもてる。


 「まあいいけどな。で、俺はまだ生きているんだな?」

 『ああ、状況はあまり良くないからすぐにここへ来ることになるかもしれないけどね! ははは』

 「このクソ神が……!」


 前言撤回だ。

 そう思っていると、神妙な顔で俺に近づいてくる。


 『まあ、頑張ってみてよ。僕はこの不遇な状況で君がどう生きていくか、楽しみに見ているよ。次にここへ来るのはいつになるか――』

 「結局なんだったんだよ……」

 『神は気まぐれだからね。たまには話し相手が欲しくなるんだよ、それじゃまた』


 ――その言葉を最後に、俺は白い光に包まれて意識を飛ばす。

 

 警告のつもりだったのだろうが、逆によく分からない話だったような……?

 まあ、それよりも起きた時が修羅場だろうな……




 ◆ ◇ ◆




 「――きろ」

 「ん……」

 「起きろってんだよ」

 「ぶあ!? な、なんだ!?」


 どうやら水をぶっかけられたらしく、急激な冷たさに目を覚ますと、ごついおっさんが俺を見下ろしていた。

 腰にある剣と装備からして冒険者ってところか。


 <アル様、良かった……もし死んだら私も消えちゃうところでした>

 

 自身を案じていたポンコツはさておき、俺は体を動かすが手足が動かない。

 もちろん縛られているからだ。


 「俺に縛られる趣味は無いんだ、外してくれないか?」

 「ほう、この状況で軽口を叩けるとは驚いたな。ガキの癖に妙にきれるとは聞いていたが、本当のようだな」

 

 聞いていた、か。

 となると雇われだな? 俺をさらった連中と顔が違うので、誘拐と移送は別の人間がやってもおかしくはない。

 向こうの世界でもそういうことはあったからだ。


 「それに強いらしいな? まあ、足くらいは外してやってもいいが妙な真似をしたらその足は亡くなると思え」

 「わかったよ。で、ここはどこだい?」


 俺の後ろに手下がいたらしく、そいつが足のロープを外してくれた。胡坐をかいて尋ねると、ごついおっさんは俺の襟首を掴んで部屋の外へ。


 「……おお」

 「もう、お家にゃ帰れねえ。諦めな」


 そこは船の上だった。

 視界の先は青一色。どれほど眠っていたのか分からないが、すでに航海は始まっていたらしい。


 状況は最悪、か。

 だが、命があるだけマシだと、俺はおっさんに問いかける――

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