74.様子見
シェリシンダ国から戻ってから早一か月。
向こうの出方を伺うと割り切って様子見をしていたが、ツィアル国からの襲撃や通達も無ければ、クソエルフの動きもまるで見られない。
<ヤキモチしますね>
このとおり、リグレットも壊れてしまうくらいなにもない。
苛立ちとまではいかないが、もやっとした気分は晴れないまま毎日を過ごしている。
ちなみに一度だけエリベールから手紙が届き、向こうも特に動きは無いらしいとのこと。あっちに関してはこのままなにも手を出さないでもらいたいものだ。
で、確かに日常へと戻ったのだが変更点がいくつかあった。
一つは、双子が授業に参加してくることが増えた。
カーネリア母さんが教師として城へ来るの五日授業があるうち概ね二日程度だが、その際、双子は屋敷においておけないので適当な部屋や庭で遊ばせていた。
しかし、俺が帰ってこない事件(ルーナからすれば)以降はさらにべったりで、置いていこうとすると頬を膨らませ、無言で首を振るようになった。
泣き叫ぶと強制的に連れて行かれるので、子供なりになにか学習したのかもしれない……
「飽きたら部屋に帰るんだぞ、二人とも。あと、邪魔をしたら連れて行くからな」
「「はーい!」」
返事だけはいい……というわけではなく、授業中は大人しく積み木や本を読んで過ごしている。俺が視界に入っていれば安心するらしい。
「ルーク君、ルーナちゃん、遊びましょ」
「あ、ライラちゃんだー!」
「遊ぶー」
それともう一つ。その双子を愛でるラッドの妹も乱入してくることがある。
名前はライラ。
薄紫の髪と目が母親の王妃に似ている10歳女児である。
彼女も学校に通っていたが、先日の騒ぎで登校が出来なくなり城でミーア先生とカーネリア母さんの交代で授業を行っているというわけ。
今は休憩時間なので教室兼休憩室にやってきたライラ。
彼女が俺に近づき、口に手を当ててにやにやと笑いながら話しかけてくる。
「アルお兄様、エリベール様とはどれくらいになりましたの? ちゅーくらいはしましたか?」
「してないよ、あぶり出しの為に偽の婚約者を演じていただけだ。後、俺はライラの兄じゃない。こっちが本物だろ」
「にいちゃは僕のにいちゃだよ」
何故か俺をアルお兄様と呼ぶライラの前にラッドを差し出す。
この子はルークがお気に入りでよく抱っこしているのを見かける。
「あはは、エリベール様がダメだったらライラを貰ってくれたら兄弟だよね」
「そのつもりもないから安心しろ」
「アルにいちゃ、抱っこ!」
「はいはい……お前はぶれないなルーナ」
「ちゅー!」
「あら、ルーナちゃんがちゅーしますのね♪」
「羨ましいヤツめ……!」
イワンが俺の隣に座る、ライラと膝によじ登ってくるルーナを見て悔しそうな顔で見てくる。
「なんだ、モテたいのか?」
「まあ……」
俺のどストレートな質問に口ごもるイワン。
親父は少々陰気な顔立ちだが、こいつはそれなりに整った顔立ちをしているので、モテそうなものだが。
「お前、学校にいれば良かったのに。そしたら好きになってくれる子は居たと思うぞ」
「言いにくいことをズバズバ言うよなアルって……。今はラッド様をお守りできる力が欲しいから、略式詠唱と無詠唱が使えるお前の近くがいいんだよ。剣は父上が教えてくれるけど、魔法は得意じゃないからな。母上は生粋のお嬢様だから戦いみたいなのはからっきしだ」
らしい。
向上心があるので、父親とは違うプライドがあるようだ。最初の印象は良くないが、きちんと俺に頼むことができるのでいい奴だと思う。
「はい、休憩は終わりですよ。ライラはカーネリアのところへ戻りなさい。今から訓練場で魔法の授業だからね。ルーナちゃんとルーク君もママのところへね」
「うー……はーい……」
「いこうルーナ」
「我儘を言う子は……怖い魔人に連れて行ってもらいますからねぇ」
「行きましょう双子ちゃん達」
ライラが嬉しそうに双子の手を引いて自分が授業を受ける部屋へと戻って行った。
ミーア先生の言うことは聞く双子。
先生はやはり先生なので、我儘は許してくれず、前にもふくれっ面をしたルーナはお尻を叩かれていたりする。
さらにあんまり我儘を言うと『怖い魔人にみんなが居ないところへ連れて行かれる』と脅しをかけているので、先生を見ると言うことを聞かざるを得ない。
なお、『魔人に連れて行かれる』というのはこの国でよく幼児を躾けるときに使うらしい。
躾は俺を含めて家族が甘いなと痛感した次第だが、ようやく授かった子供を溺愛してもしょうがないなと思っている。
まあミーア先生も魔法以外の授業は一緒に居るようにしてくれるので、めちゃくちゃ強く叱ったりしない。
外で元気に遊ぶのも子供の仕事だと棒切れを振り回す双子には寛容なのだ。
まあ、平和なので双子にはこのまま分別のある大人に育って欲しいものだ。
もうちょっと厳しくしたいけど、もうちょっと……五歳くらいまではこのままでもいいか。
◆ ◇ ◆
「では、今日の授業は混合魔法の応用をします」
「「「はーい」」」
さて、双子が去った後、体操着に着替えた俺達は訓練場へ。
兵士や騎士達が研鑽を積んでいるのを横目に、ミーア先生の授業が始まると、その人たちが興味津々で遠巻きに見てくるのが解る。
「合成魔法は三人とも使えるようになりました。本来、もう少しかかるのだけれど、これはアルのおかげね」
「うんうん。でも俺はアクアストームにロックブレイクどころかボルケイノとウインドフレイムを使えるようになってるからな」
『ミドル』クラスの魔法である合成魔法だが、俺は『ハイ』クラスの魔法まで扱えるようになっている。
違いは用途と威力くらいのものだが、操作が難しいのでランク分けされている。
「アルの自慢はいいとして、今までの合成魔法は風と水や火と土といった相反しない属性で行ってきました。今日からは相反する属性の合成魔法の練習をしてもらいます」
「はい」
「なにかしらイワン」
「えっと、相反する属性だと互いを打ち消し合って効果が無くなると思うんですけど……」
イワンの言うことはもっともだ。
魔法はマナの質と自然の力をイメージしたものになるため、火と水なら消えてしまうことが考えられる。
だが、ミーア先生は不敵に笑うと右手と左手を的に向けてかざし、そのまま魔法を放った。
「『猛き炎は水を飲み込み、その全てを吹き飛ばす力の収束をここに! <ファイアスプレッド>!」
ミーア先生の使った魔法は炎の水……溶岩流のような粘性のある炎。
それが的に着弾すると、静かに、しかし確実に溶かしていく。
「怖い!?」
「凄いね! アルはあれできる?」
「うーん、どうだろう……原理がよく分からないとなあ」
「さすがにアルでも難しいかねえ。授業のし甲斐があるよ、始めようか」
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