73.不服を露わにするアル


 馬車は使わず徒歩で城を目指す一家。

 さっきまで死にそうな顔をしたルーナがにこにこ顔で俺の手をぶんぶん振りながら鼻歌を歌っていた。


 「ふんふふ~ん♪」

 「ご機嫌ねえ」

 「アル、どうやら逆効果だったみたいだぞ」

 「みたいだね……もうちょっと大きくなって、分別がつくようになってから考えようか」

 「まあ、そこまでしなくてもいいかもしれないけどね」


 カーネリア母さんが苦笑しながら肩を竦めてそんなことを言う。

 それに俺は首を振って答える。


 「ま、アレだよ。年頃になると兄妹も普通になるはずさ。異性だと特にそうなると思う。血が繋がってないなんて、間違っても言わないでくれよ」

 「まあ、言う機会も無さそうだけどね。本当の兄妹みたいに育ったしね」


 前世では妹とは仲が良かった方だが、あいつが中学生くらいの時は毛嫌いされていたものだ。思春期特有の異性兄妹にはあり得ることなので仕方がない。

 ルーナもきっとそういう風になると思う。

 その時が来たら少し寂しいかもしれないが。


 そんな感じで歩いていると、ケーキ屋の前に差し掛かったところで声をかけられた。


 「あら、ルーナちゃんとルーク君、ご家族でお散歩?」

 「こんちあー!」

 「こんにちゃー!」

 「こんにちは、この前はご迷惑をおかけしました」

 「あはは、いいですよ。お兄ちゃん帰って来たんだねー」

 「うん!」

 

 ケーキ屋のおばさんが元気よく返事をするルーナの頭を撫でた後、俺に目を向けて笑う。


 「この子達、お兄ちゃんに会いたいって二人で町に出てたんだよ。帰って来たなら甘やかしてやりなよ」

 「え!? 二人で!?」

 「ああ、そうそう、屋敷を抜け出したんだよ。さすがにあたしも驚いたね」


 カーネリア母さんが困った顔で笑い、双子の頭を撫でる。

 うーん、これは判断が難しいな……まあ、今は双子よりツィアル国だと進んでいく。


 ……あのテロで戦った場所に差し掛かり当時のことを思い出す。

 死者が居たかどうかは知らされていないので分からないが、あの爆発で大けがや部位欠損はあってもおかしくない状況だったと思う。


 ルーナも一歩間違えば危なかった。

 ツィアル国は早くなんとかして欲しいものだと思いながら到着した城の門をくぐる。

 

 通された俺達は応接間で待つように言われ一家そろってソファに座る。


 「そう言えばゼルガイド父さんは仕事じゃなかったの?」

 「ん? ああ、ルーナがあの状態だっただろ? 休ませてもらったんだ。魔物もこの前の遠征で沈静化したし、テロの警戒はグノシスの隊とジェイルの隊が常に徘徊している」

 

 ジェイルは三番隊の隊長のことで、一回だけ話したことがある。

 確かにあのルーナを放っておいて仕事には行きにくいのはわかるけどな。


 「すまない、待たせた」

 「いえ、ご足労いただき申し訳ございません」

 「先ほど戻りました」


 俺達が立ち上がり膝をついて頭を下げると、国王は楽にしてくれと言いながら座り、こちらもそれに倣う形で座る。

 隣にはもちろんラッドも居る。


 「やあ、シェリシンダ国の次期国王様」

 「その未来はないから安心してくれ」

 「えー、年上だけどお似合いじゃないか!」


 開口一番、とんでもないことを口にしながらくすくすと笑うラッドに俺は冷静に返す。すると、国王がラッドの頭に手を置いて諫めた。


 「ラッド、静かにしなさい。アルの情報を聞かなければ」

 「あ、そうですね」

 「では、シェリシンダでの話を聞こう。ある程度は同行していたウェンツから聞いてはいるがな」

 「それなら話は早いですね」


 指をくわえて船をこぎ始めたルーナを固定し、家で話したことをもう一度国王とラッドへ話すことに。

 最初は興味深げに聞いていたが、ツィアル国の宮廷魔術師が黒幕であることとエリベールの呪いを解くにはそいつを何とかしないといけない話になったあたりで険しい顔になっていた。


 「――ということなので、カーランというエルフをなんとかしないといけません」

 「うむ……しかしよりによって城の内部に入り込んでいる者とは、面倒なことになったな」

 「それは?」

 「アルも知っての通りツィアル国はキナ臭い。国だけでもそんな状態なのに、宮廷魔術師が怪しいから引き渡せといって応じるとは思えんのだ」

 「しかし、シェリシンダには直筆の契約書があります。それを材料にすれば良いと思います」


 ゼルガイド父さんが決意した表情でそう言うと、国王は少し考えた後に口を開く。

 

 「……確かにそうなのだが」

 「父上、なにを迷っているのですか? 先日の襲撃、エリベール様の【呪い】にヴィクソン家への脅迫。詰めるには十分かと」

 「それは分かる。だが、一国を相手にするとなると即断はできん。もう少し待ってくれ。まだ四年ある、準備は念入りにな」

 「……承知しました」

 「ともあれ、ディアンネス殿の命を救ったことはこの国にとっても喜ばしいことだ。ツィアル国を倒すには二国の協力は絶対に必要だ、アルには後ほど報酬を送ろう」

 

 と、国王はそれで話を終えて応接間を出て行った。

 残された俺達も帰るかと、ルーナをカーネリア母さんに渡し、ソファを立つ。

 そこでラッドが口を開いた。


 「アル、怖い顔になっているよ」

 「そうか? いつも通りだぞ」

 「不服そうって顔が言っているって感じかな?」

 

 そんなに分かりやすかっただろうか?

 俺が目を細めてラッドを見ると肩を竦めていた。カーネリア母さん達は先に行くと出て行き、それを見送ったあとに話し出す。


 「まあ、迂闊に手を出せないってことだから、もう少し待とうよ。一応、戦争を考慮しているんだけど、こちらから攻めるのに難色を示しているんだ」

 「……なるほど」


 ツィアル国は隣の大陸なので、船か橋を使わなければならない。

 最悪の状況を想定しろとはよく言うが、こちらの騎士が橋を渡る際に爆破されて一網打尽、もしくは渡り切った後に爆破されて孤立。


 船なら上陸前に沈められるというデメリットが多いことに気づく。

 確かにこの状況でゴーは出しづらいかと顎に手を当てて考える。


 「斥候は?」

 「戻って無いね。だから慎重にならざるを得ないってことだよ」

 「そうか……」

 「それじゃまた授業で」


 俺が落胆した様子だと思ったのか、ラッドは話を打ち切り見送ってくれた。

 

 「女の子の命がかかってるんだ。こくお……陛下だって、自分の娘がそう言う目に合えば動くだろうに。いや、国を背負っているんだ迂闊なことができないのはその通り、か」


 全てが上手く回らないのはどこの世界でも同じだな。

 俺は少々不満に感じながら、両親を追いかけるのだった。


 しかし、クソエルフを野放しにはできない。

 どうしたものか――

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