75.さらば、アル
さらに、ひと月が過ぎた。
エリベールからの手紙は三度来たが、いずれも元気で最後には必ず『早く会いに来なさい』で〆られている以外は特に騒動は起きていないようだった。
あれからトータルで二か月弱。
ヴィクソン家も城で匿っているため手は出せないと踏んだのか、これっぽっちも動きが無い。それはイークベルン王国も同じだが。
調査はすると言ったものの、ラッドが言うにはツィアル国に送った斥候からも大した情報は無かったらしい。
ただ、以前よりも荒廃しているとのこと。城下町だけキレイで、他の村や町にはホームレスや強盗みたいなのが横行しまるでスラムのようだったと。
まあ、国の状態がどうだろうがクソエルフのカーランを倒すための策を講じて貰えればいいのだが……
「やっぱ無理だな」
<アル様?>
「もうすぐ十一歳だけど、それでもまだ成人とは程遠い。ツィアル国へ乗り込んでやりたいが、俺一人で出来ることには限りがある。この一年で強くなったけど、あくまでもそれなりだ」
<あれ使いましょう【
「軽々しいねお前は……」
まだ撃ったことがないが、【
そんな訳で俺は平静を装いながらも、ずっとそんなことを考えつつ、リグレットの茶々にツッコミを入れていた。
「……後、四年か。上手くいけば二年後には学校を卒業して旅に出る。そこで、ツィアル国を探ってみるのもアリか」
<……双子ちゃんとお別れは寂しいですけどね>
「言うなよ。エリベールだって本気で俺を好きっぽいし、色々と勿体ないけど、俺はここに居るべきじゃない。ライクベルンの爺さんと婆ちゃんに送った手紙も帰ってこないのもなにか理由があるはず……」
実はこっちもずっと気になっていた。
両親とは仲が良かったし、俺も凄く可愛がってくれていたので手紙が届いていれば迎えを寄こすはず。
要因はいくつか考えられるが――
「アル、悪いんだけどちょっとケーキを取りに行ってくれるかしら?」
「ん、いいよ。ルーナとルークは?」
と、不意にカーネリア母さんに声をかけられて俺は即座に思考を切って返事をする。
そういえばちょっと前にお世話になったケーキ屋さんに注文したと言っていたか。
今まで2.5歳だと紹介していたルーナとルークだが、今日でいよいよ三歳になる。
なのでカーネリア母さんが朝からパーティの準備に奔走していた。
ラッドやライラ、イワンにミーア先生も呼んでいるので昨年までと違い賑やかになりそうなことである。
とりあえず双子が行くかどうかを確認してみると、案の定な返事だった。
「もう着替えて待ってるわよ」
「そっか。昼寝でもしていてくれたら助かったんだけど……」
「軽く散歩ってことでお願い。それにあたし達は誕生日プレゼントを用意したけど、アルは?」
「あ、そういや買ってない」
「ラッド王子達はいいものを持ってくるから、アルも負けられないわね?」
「お小遣いはあんまり使ってないから大丈夫だよ……多分……」
結構な額を毎月もらっているが、ラッドには勝てないんじゃないかとは思う。
まあ、こういうのは気持ちが問題だと俺は着替えて双子を両脇に連れて町へと繰り出した。
「ふんふふ~ん♪」
「ご機嫌だなルーナ。ルークも」
「にいちゃとお散歩だもん!」
ルークが手を上げてにこっと笑う。
「パパとママにもちゃんと好きって言えよお前達」
「「うん! ママはよく一緒にいるから言ってるー」」
ま、俺が好きすぎて両親が嫌いってわけじゃないからいいけどな。
途中で見つけた犬や猫に構いながらケーキ屋に到着し、注文品を受け取った。
「仲がいいわね相変わらず」
「おかげさまで。あの時からここのケーキが好きみたいで」
「嬉しいわねえ。お誕生日おめでとう」
「「ありがとー!!」」
双子がはもると、ケーキ屋のおばさんがしゃがみこんで両頬を擦りつける。
「もう、可愛い!」
「「きゃー♪」」
「はは、それじゃまた来ます」
「あいよ! よろしくね」
「ばいばーい!」
なんか妙にでかいケーキの箱を手にし、再び商店街へ。
そこで、適当な雑貨屋に寄ってみることにした。
「二人とも、なにか欲しいのがあったら買ってあげるよ」
「ほんと!?」
「わーい!!」
「転ぶなよ!」
ここならぬいぐるみから文具まで色々と揃っているからなにかしらこれと言ったモノを見つけてくるだろう。
目を輝かせて物色しているので、それはすぐに終わりそうだが。
やがてルーナはクマのぬいぐるみと珍しい色をした木剣。ルークは青っぽい宝石がついた魔法の杖と、木彫りの馬を手にして戻ってくる。
「二個……。ええい、俺も兄だ、買ってやるよ!」
「やったぁ!」
ハイタッチする双子に苦笑しながら会計を済ませて今度こそ帰路につく。
「えへへー。アルにいちゃのおたんじょーびはルーナがけっこんしてあげるね!」
「おうおう、ませたことを言う子には……こうだ!」
「あはははは!」
「にいちゃ、僕も僕も!」
ケーキに気を遣いつつ、じゃれ合いながら道を歩いている時に、それは、起きた。
屋敷は商店街から少し離れたところにあり、住宅街のように家が並んでいるわけではないので、デッドスペースみたいに人通りが少ない場所を通る。
「……」
「おっと、人にぶつかるから大人しく歩こうな。ごめんごめん」
そんな場所で人とすれ違うのは珍しいなと思っていると。
「アル=フォーゲンバーグ君だね」
「……!?」
俺がぎくりとして身を強張らせた瞬間、並んで歩いていた二人が俺とルークの顔に布を突き付けてきた。
「むぐ……!?」
「ひゃあ!?」
「アルにいちゃ、にいちゃ!」
「道を聞きたいって訳じゃなさそうだな! <ファ……>」
俺が魔法を使おうとした瞬間、強烈な眠気に襲われて膝をつく。
なんだこいつら……!?
<アル様! ルーク君とルーナちゃんが!>
「ぐ……」
「おい、早くしろ!」
「お、前ら……何者だ……! くらえ!」
「うお!? まだ動けるのか!?」
俺を抱きかかえようとした男を蹴り、ふらつきながら倒れたルークを奪取している男の下へ。
「逃げられると思うな……!」
「くそ、クラクラする……<ブリーズ>!」
「アルにいちゃ!!」
俺は咄嗟に風の魔法を使い、ルーナとルークを遠くへ飛ばす。
ルークが心配だが、この距離ならルーナの足でも屋敷につく方が早い。
「……ルーナ! ママを呼んでこい!」
「アルにいちゃぁぁぁ!」
「行け! 俺……に、構うな!」
「……!」
ルーナは鼻水と涙で顔をべたべたにしながら、頷くと振り返って走り出した。
「追いかけるか?」
「いや、この坊主だけでいい。こいつの両親は騎士団長に名うての冒険者だった魔法使いだ、逃げないと後がまずい」
「目的はなん――」
薄れゆく意識の中、最後に見えた光景は倒れたルークに、散らばったプレゼント。
そして、無残にも潰れた、ケーキの箱だった――
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