70.勘と帰還


 ――ドラゴンの彫像。

 

 『ブック・オブ・アカシック』が示したそれは、あの事件から五日ほど経ってようやく宝物庫から探し当てることに成功。

 それほど大きくなく、だいたい向こうの世界なら7000円くらいのそれなりに精巧なフィギュアみたいなのがあったと報告があり、それを今、俺が手にしている。


 ガーゴイルの件があるため、万が一を考えて庭にでているのだが――


 「どうするの? 壊す?」

 「うーん……」

 「早い方がいいんじゃないか、アル殿? ドラゴンが出ても、ウチの騎士団総出でやれば、グリーンドラゴンクラスなら余裕だぜ?」

 「グリーンドラゴンがどれくらい強いか分からないんだけど」

 「中型のドラゴンだな。10体で最強種のブラックドラゴンと対等って感じか」

 「やっぱり分からない……」


 あの時、一緒に着いて来た騎士達とエリベールが興味津々といった感じで彫像を取り囲みながら思い思いの感想を言う。

 

 ガーゴイルの時より自信があるのは数を揃えられるからだろう。

 即座に破壊、と言いたいところだが俺はどうにもその気になれない。


 確かに宝物庫に入れておけば気づかれにくいと思う。

 だけど、これがどこかに贈呈される可能性が無いとは言えないのにこんな方法を取るだろうか?

 

 付け加えるなら、防衛システムとしては欠陥が多い。

 ガーゴイルはそれなりに強かったが、制圧できないほどではなかった。どちらかと言えば毒を散布する方が目的の要素が強い。

 あのままにしていたらヴィクソン家は全滅。駒として使えなくなるリスクがある。


 それを踏まえてこの彫像のなにがキナ臭いかと言うと、これ見よがしすぎるのだ。

 ドラゴンが顕現すれば倒す、当然のことだ。

 確かに強いかもしれないが、それで【呪い】が解けるだろうかと考えている。


 「相手は200年も前からこんなことをやっていたヤツだ、それだけで終わるとは思えない、か」

 「アル?」

 「ん、なんでもない。悪いけど、こいつは俺が預かっていいかな? なんとなく……嫌な予感がする」

 「おいおい、嫁さんの命がかかってるんだぞ? ディアンネス様がなんていうか――」

 「もう、グシルスったら本当のことを……」

 「嫁じゃないよ!? ……ただの勘だけど、壊したらとんでもないことになる。そんな気がするんだ」


 俺が深刻な顔でそう言うと、騎士達は顔を見合わせて渋い顔をする。

 戦力がどうの、ではなく、もっと違うなにかが起こると脳内が警鐘を鳴らしていた。

 

 <カーンカーン>

 

 うるさいぞリグレット。

 脳内の居候がつまらないことをしていると、エリベールも神妙な顔で騎士達に告げる。


 「ここはアルの言うことを聞きましょう。彼には幾度も助けられていますし、信用できると思います」

 「姫様がいいなら……」

 「うーん、大丈夫かな……」

 「なにもしなかった場合は16歳までは生きれると『ブック・オブ・アカシック』で示されていました。最善ではないかもしれませんが、今はいいでしょう」

 「ならこれは俺が預かっておくよ」


 収納魔法で彫像を片付けると、騎士達は不満気な表情を見せていたが、エリベールの鶴の一声で解散することになった。


 「もし違ってたらご免」

 「いいわよ。もしアルが居なかったらなにもしないで死ぬところだったんだし」

 「そう言ってくれると助かるよ」

 

 結局、手探りでやるしかないのでなにかあったらと思うと申し訳ない気持ちになる。するとエリベールがクスリと笑いながら口を開いた。


 「アルならいい王様になれるわねきっと」

 「急にどうしたんだ?」

 「ううん、私もそうだけど、ヴィクソン家もアルには関係ないじゃない? そこまでしてくれるのは優しいからよ。そういう人は向いていると思うわ。それに強いし」

 「まあ、強くありたいとは思うよ」


 ……復讐のためには絶対に必要だからな。


 エリベールの好意は嬉しいが、このまま腰を落ち着けるわけにはいかない。

 俺にはライクベルンへ戻って爺さんに会い、黒い剣士であるあの女をこの手で殺す。今の生はそのためにある。


 役立たずに『エリベールに恩を売れ』とあった。

 それがどういう効果をもたらすかわからないが、曖昧ではないことについては合っていたので【呪い】を解くために尽力しよう。


 それはすでにここでは出来ないことだと、俺は夕食時にディアンネス様へ打診をする。


 「まあ、イークンベルへ帰るのですか……?」

 「アル、どうして?」

 「……ドラゴンの彫像を見つけてから二日。ヴィクソン家の騒動から数えて七日経ちました。動くにはちょっと短いですが、帰って報告をすべきかと」

 「フォルネリオ様にですね? 確かに、私の病気を治すために来たのだから目的は達していると言っていいでしょう」

 「ええ、なので一度戻ろうかと考えています」

 

 俺が頷いて答えると、エリベールが憤慨しながら口を開く。

 ちょっと半泣きだ。


 「書状でもいいじゃない! アルは私の婚約者だから戻らなくても……!」

 「それは演技だ、本当の話じゃない。大丈夫、また来るよ」

 「本当……?」

 「ああ【呪い】を解くのが先だ。そのためにはイークンベルとシェリシンダが協力する必要がある。不安が取り除かれた方がいいだろ?」


 そういうとエリベールが俯きながら頷く。

 俺より二つ年上だけあって、物分かりがいいのはありがたい。


 「寂しくなりますが、仕方ありません。こちらからも使者を出しましょう。いつ発つのです?」

 「できれば明日にでも」

 「わかりました、手配しましょう」

 「……ごちそうさま」


 エリベールは酷く落ち込んだ様子で食事を終え自室へと戻った。

 

 彼女と一緒に過ごし、神の魔法ベルクリフを教わっていた日々は楽しかったので、俺も惜しいと思う。

 あ、ちなみに素質はすこーしあるようで、簡単な傷なら治せることが分かった。

 もっと覚えたかったが、今はクソエルフをボコる方法を考えよう。

 

 そこからエリベールと顔を合わせることなく、翌日になった。

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