71.イークンベルへの帰還


 「それではお世話になりました」

 「ふふ、それはこちらのセリフよ、アル。助けてくれてありがとう」

 「元々それが目的だったから良かったです」


 さて、出発の前に見送りに来てくれたディアンネス様が微笑みながらそう言ってくれ、俺は頬を掻く。

 ヴィクソン家の件はついでだが、ガーゴイルやドラゴンの彫像とクソエルフに繋がるイベントをこなせたのは良かったと思うことにする。


 エリベールの【呪い】解放をするためだが、その本人が居なかったりするが。

 ま、これは『ブック・オブ・アカシック』の指示でもあるし、あの美人幼女が死ぬのは忍びないから、もう会うことが無かったとしても助けてやりたいと思う。


 「また来いよ、アル殿は面白い」

 「ヒュードル、ありがとう。斧さばき見事だったよ」

 「まあ、姫様の婿だすぐ来るだろうよ。なあ?」


 それはどうかは分からないけどなグシルス。

 ヴィクソン家をあぶり出すためなのでこの話はそもそもフェイク。

 次に来る時は協力要請か、エリベールの【呪い】が解けてパーティでも開いた時かもしれないな。


 「僕からもお礼を言わせてくれ。家族を守ってくれてありがとう」

 「エドワウさんに罪は無いけど、これからディアンネス様達を助けていくことで、ご先祖様の罪滅ぼしになると思う。ケアリ、元気でな」

 「うんー! また遊ぼうね!」

 「なにかお礼をしたかったのだけど……」

 「次来た時にでも、ということでどうですか?


 俺がそう言うと、ミスミーさんは困った顔で微笑み、頷いた。

 まだ油断はできないとディアンネス様に伝えているが、頑張って欲しいものだ。


 「それではそろそろ行きます」

 「エリベールがまだだけど……」

 「なんか、不機嫌そうでしたし、このまま行きますよ」

 「待って、すぐ来ると思うから」


 ディアンネス様が慌てて俺を引き留め、チラチラと城の方に視線を合わせる。

 夕食の様子だと、出てこないような気がするが、もう少しだけ待ってみるか。


 と、思ったところで。


 「……本当に帰っちゃうんだ」

 「うわ!? びっくりした!? 馬車の横に隠れていたのかよエリベール」


 妙なところから出てきて正直、めちゃくちゃ驚いた。

 俺が肩を竦めながらエリベールの正面に向きなおると、半泣きの顔にぎょっとする。


 「お、おい、永遠に会えないわけじゃないんだから泣くなよ」

 「だって、私はこんなに好きなのにアルはあっさり帰っちゃうんだもん……」

 「う、うーん。あ、ディアンネス様、みんなどこ行くんだ!?」

 「あとは若い二人でね」

 「訳が分からない!?」


 俺の叫びは無視され、場には俺とエリベールだけが残された。

 するとエリベールは俺に正面から抱き着いてきて、顔を胸に埋めたまま、言う。


 「また、来てくれる?」

 「……ああ」

 「遊びに行ってもいい?」

 「もちろんだ」

 「結婚、してくれる?」

 「ああ……って、あれは演技だろ。それに、俺にはやることがある。お前とは結婚できるような人間じゃないよ」

 「……それでも、復讐いつか終わったら」

 

 エリベールが上目遣いで俺を見る。

 可愛い、よなあ。勿体ないとは思う。


 なので――


 「ま、いつかそういう時が来ればあるいは」

 「……! うん!」


 このままでは離してくれそうにないので、承諾しておく。

 なに、まだ12歳だ。その内いい縁談とかあるだろう。

 そのためには、


 「【呪い】については調査して、必ずなんとかして見せる。待っていてくれ」

 「分かったわ! それじゃ、これ」

 「ん?」


 エリベールがポケットから取り出したものを俺の手に握らせる。

 それは宝石のようだった。

 薄紫の石を太陽にすかすと、虹色にも見えるきれいなものだ。

 

 「フェアリナイトで作ったペンダントよ。これでいつでも私を思い出してもらえるかなって。ちょっとしたおまじないもかけてあるの」

 「マジか。呪いじゃないだろうな?」

 「そんなわけないでしょ!?」

 「はは、冗談だって! 姫様からのプレゼント、ありがたく承りましたよっと」


 そう言って俺は馬車へ乗り込む。


 <照れてます?>

 「うるさいぞ。すみません、出してもらっていいです」

 「そうですか? ……では」


 そこでゆっくりと馬車が動き出す。

 エリベールもゆっくりと歩き、ついてくる。


 「危ないぞ、見送りはここまででいい」

 「ううん、もう少し……もし呪いが解けなくても、誕生日には毎年来てね、今年はもう終わっちゃったけど、来年は!」

 「ああ! その時は是非!」


 速度が上がり、エリベールが走る。


 「きっと……きっとよ!」

 「次に会う時まで元気でな! ……またな」


 涙でぐしゃぐしゃの顔をしたエリベールが立ち止まり手を一生懸命振る。

 姿が見えなくなるまで、ずっと。

 俺も顔を出し、手を振ってやり、やがて見えなくなった――



 ◆ ◇ ◆


 私は見えなくなった馬車の方角をずっと見つめていた。

 アルは、一人イークンベルへ帰っていく。

 涙を拭きながら、ぽつりと呟く。


 「……行っちゃった。本当にもう、オンナゴコロが分からないんだから……」

 「仕方がないわよ」

 「お母様」


 気づけばお母様や騎士、エドワウさん達が立っていた。

 

 「仕方がない?」

 「アルは見ているものが違うのよ。多分、なにも無ければ良かったんだと思うわ。だけど――」

 「僕のことや、エリベール様の呪い、そしてなにかを目的にしているね彼は。それを終わらせるまで腰を落ち着けることはないのかもしれない」

 

 お母様の言葉の続きは意外なことにエドワウさんが言った。

 復讐のことまでは聞いていないみたいだけど、確かにアルは誰かのために動くことが多いと話を聞いているとそう思う。


 「まあ、だから魅力的なのかもしれないけどね。うわべだけの言葉ならエリベールも惚れなかったでしょうし」

 「も、もう、お母様!」

 「豪胆な王になると思えば、仕えるのは面白そうではありますな。……さて、それじゃ戻りましょうか。どこで敵さんが見ているか分かりませんからね」


 グシルスの言葉で私たちは頷き、城へ戻る。

 

 だけど、一度だけ振り返り、年下の私の騎士を想う。


 「……絶対また来なさいよ」


 だけど、それが叶うのは先の話――

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