68.次の一手へ


 「ぐっ……!? 返されただと……」


 ――薄暗い地下室で、エルフの男が裂けた左手を押さえながら驚愕の声を上げる。

 長い耳、短めに切りそろえた金髪をした彼はエルフだと分かる。

 

 「四代目……エドワウだったか? 冴えない男だと思ったが、裏切る準備はしっかりしていたな。騎士はともかくあの子供、誰だかわからんがかなりの実力と魔力を持っていたな」


 エルフの男、カーランは訝し気な顔をして出血を止めると独り言を続ける。

 

 「賢そうな顔には見えなかったが、あれは使えるか……? まあ、それよりも呪いが返されたということはヴィクソン家の連中は生き残ったということ。別に生きようが死のうが構わんが駒が使えなくなったのは面倒だな。それに私のことが公になる可能性が高いか」


 そう呟きながら壁に面した机に並べられた土くれの人形に目を向ける。


 「まあ、ツィアルの王も私の手の内。身元引渡しはするまい……誰だって死にたくはないからなあ。ククク……。シェリシンダの子もすぐ亡くなるだろう。【呪い】の解き方は私しか知らない、そしてここは敵地。研究はまだ、続けられそうだな」


 ほくそ笑みながらグラスを手にし、椅子に腰かけ呟く。

 ガーゴイルを通して見ていたアルのことを思い出しながら。


 「そういえば……あの女が子供に『ブック・オブ・アカシック』について聞いていたような……? ふむ――」


 

 ◆ ◇ ◆



 「落ち着きましたか?」

 「あ、ああ……すまない、客人のおもてなしもせず、ベッドで寝込んでいるとは情けないよ」

 「いえ、あなた方は勇気があったと思います。何年も、何百年もずっと続いていた、それこそ【呪い】ともいえるエルフとの縁を断ち切ったんですから」

 「そう言ってもらえると助かるよ……」


 エドワウはそのまま目を閉じて眠りに落ちた。

 時間は深夜帯を回ったところで、ヴィクソン家の三人はひとまず峠は越えたらしい。

 流石に代替わりして呪いの効果が下がっているのか、別の呪いをかけたのか分からないがミスミーの言うように即死することが無かったのは幸いだ。


 「アル殿、これからどうする?」

 「とりあえず三人とも目を覚ましたら城へ連れて行こう。この屋敷に敵の罠が無いとも限らないし」

 「なるほど、まだなにかあると考えているのですね」

 「うん。まだエリベールの呪いが解けた訳じゃない。手はまだ持っているはずさ」

 「はっはっは、次期国王候補は積極的でいらっしゃる! エリベール様も良い方を選んだものだ」

 「強いですしね」


 勝手に盛り上がる騎士達に呆れながら、俺はソファに座って考える。

 呪いのことを、だ。


 問題はエリベールの呪いの解き方だ。

 呪いについては『ブック・オブ・アカシック』で調べることが出来たが、これがかなり怪しい。情報がではなく【呪い】そのものがだな。

 

 向こうの世界でも眉唾なやり方は色々あったが、こっちはさらに魔法的なもののおかげでさらに濃い。

 先天的な呪いもあるが、エリベールはツィアル国の宮廷魔術師にかけられているので後天的なもの。


 やり方は様々で、薬を使ったもの、血と魔法を使った呪術的なもの、動物や魔物を贄に使ったものと『ブック・オブ・アカシック』は色々と教えてくれた。

 こういう歴史や技術についてはかなり強い。


 うーむ、よく考えるとここ最近は未来予測のような情報を求めていたけど、俺という人間の立ち位置で敵味方が変わったりするから、予測しにくいのかもしれない。

 

 本に怒っても仕方が無いので、これからは書いてあることを受け入れようと思う。

 

 ……忘れもしないあの黒い剣士については‟知らない”とのことだったが。


 そんな緊迫した夜を過ごし、屋敷中をひっくり返させてもらったが特になにか起こることは無く一夜が明けた。

 

 「申し訳ない、おかげですっかり良くなった。息子もこの通りだ」

 「おにーちゃんありがとう!!」

 「良かったなケヤリ。では、先ほどお伝えした通り一家で城へ行くと言うことで?」

 「ええ、それで構いません。……ですがわたくしたちは良くとも、エリベールは……」

 「そこは帰って考えましょう。あ、そうだ契約書は?」

 「そうだ、取ってくるよ」


 そんわけで俺達はとんぼ返りで城を目指すことになるが、片道三時間程度だから屋敷に戻りたければ帰れるのが幸いだ。

 一応、着替えやらおもちゃやらを持ち、屋敷は使用人だけに。なにかあれば伝達するように伝えて屋敷を発つ。


 「これからどうなるのか……」

 「俺はディアンネス様とエリベールに挨拶をしたら、イークンベルへ手紙を出すつもりなんだ。ツィアル国の宮廷魔術師、元凶をなんとかしないとエリベールが助からない」

 「そうですよね……結婚してもすぐ亡くなられたら苦しいですもの……」

 「あ、結婚は置いといてですね――」


 どこで誰が聞いているか分からないのでとりあえず誤魔化しておく。

 外が明るいので城へ戻るまで魔物と出会うことは無く、行きよりも早く帰りつくことができた。


 <なにもないのが逆に不気味ですね>

 「……」


 リグレットの言う通り俺もそれは感じていた。

 【呪い】という陰湿な手段を使うし、タイプ的に先手を打ちそうな感じもしたがそうでもないってことか?


 ツィアル国なあ……どうにかしてクソエルフを懲らしめたいんだが、妙案がない。

 侵入するには大陸を渡らないといけないらしいし、通行許可が出ないだろう。


 そんなことを考えながら馬車から降り、騎士達と一緒に城へ戻ると―― 


 「あ! アル様、お帰りになられましたか!」

 「ええ、ちょっと野暮用で……なにかありましたか?」

 「エリベール様が!」

 「え!? まさか……。エリベールはどこに!?」

 「今はお部屋でディアンネス様とお話をされております」

 「くっ……」

 「アル君!」


 エドワウの言葉を無視して俺はエリベールの部屋へ走る。

 頭の中にあったのは『腹いせに呪いを進行させた』のではという考えだ。

 まだ主導権は向こうにある。迂闊だとは思わないが、あり得ることだと焦った。


 「エリベール!」

 「もうもうもう! 私に黙って出て行くなんて! お母様も止めてくださいよ! 一緒に行ったのに!」

 「落ち着いてエリベール。ワイルドバッファローみたいになっているわよ。ほら、帰って来たわ」

 

 焦ったのは杞憂で、彼女は頬を膨らませて母親に食って掛かっていた。

 うん、まあ、元気なのはいいことだ……

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