60.役立たずの本
というわけで、ディアンネス様はあっという間に快復し、元気に歩き回れるどころか騎士と手合わせをして感触を確かめるくらいに。
……今、まったく必要ない情報だが彼女の剣ランクは63とのこと。
亡くなった父さんより強いのは驚いた。
元々、騎士の家系の娘さんらしいので鍛えていたのだとか。
ただ、病気が発覚してから思うように体が動かなくなり、ストレスに拍車がかかっていた。
体が段々衰弱していく病気で、この世界独特な名称で‟スライム病”と呼ばれているものだったが、恐らく筋萎縮性側索硬化症(ALS)のようなものだと思う。
治療法が確立されていないのでこのまま亡くなるのは間違いなかった、俺が治療できたのは不幸中の幸いだろう。
なので、城に居る全員から大変感謝されたのだが――
「~♪」
「お母様! アルを降ろしてください!」
「いいじゃないですか、男の子も欲しかったのです。もう少し抱っこさせて」
「うー!」
――特にディアンネス様に気に入られ俺はずっと膝の上で抱き枕のようになっていたりする。エリベールも大きくなればこんな美人になるのだろう。
体力が落ちていたので丸三日ほどこんな状態が続いていたが、このままでは話もできないのでそろそろ終わりにしようと俺はやんわりと手をほどいて床に着地する。
決していい匂いがするとか胸が大きいからとかで甘んじていたわけではない。体力が回復するのを待っていたのだ。
「アル♪」
「あら、残念」
「くっつくなって……」
母から逃れたら娘にくっつかれ、俺は逃げるように振りほどく。
不満気なエリベールだが、あまり懐かれても困る。
恩は結構売れたはずだし、この辺りで問題ないはず。むしろここからさらに売れる可能性もある。
「えっと、先日お伝えしましたけどヴィクソン家がエリベール様の【呪い】に関して関わっているのは間違いありません。この呪いがいつから始まっているのか、ご存じではないですか?」
「そうね。あの末席であるヴィクソン家がというのは信じられないけど……レオナルド……あ、亡くなった国王ね。彼が言うには200年くらい続いているらしいわ」
「200……!?」
精々二世代、悪くて三世代くらいだと思っていたけど結構長く続いているのか……。
ちなみにこれは『ブック・オブ・アカシック』で得られなかった情報で、『俺が知りたかった』にも拘わらず『不明』との回答だった。
変な話だがこの本、どうやら万能ではないらしい。
というのも、呪いの件もそうだったが知りたい情報は『曖昧』な点が多い。ハッキリと答えてくれるものもあるけどな。
で、今回いよいよ『知らない』と返って来た。
元々知り得ないものものなのでそれは構わないが、あてにしすぎるのも良くないと判断した次第だ。それでも聞けばわかるものもあるので、使わない手はないけど。
「まあ、証拠を掴まないといけないから迂闊に呼びつけたりはできないのよね」
「そうですね。ツィアルの宮廷魔術師との関係を確実なものにしなければ、尻尾切りをする可能性が高いので、今はまだ情報収集の段階かと思います。『ブック・オブ・アカシック』で一応調べておきましょうか」
ディアンネス様の言葉に提案を促すと、エリベールが笑顔で頷く。
俺にべったりなんだけど、なんかマズイ気がするなあ。
「アルの本ならある程度分かるし、早速見てみましょう。後エリベール『様』は止めてね?」
「むう……流石にディアンネス様の前だと恐れ多いんだけど」
「うふふ、私は構わないわよ? ほら、お義母さんって呼んでいいし」
なんか色々とこの親子に関わらない方がいい気もしてきたが、ここは乗り掛かった舟。最後まで面倒を見なければ。
俺は収納魔法から『ブック・オブ・アカシック』を取り出してページをめくる。
「……ヴィクセン家とツィアル国の繋がりが分かる証拠はどこで手に入る?」
俺が目を瞑ってそう呟くと、白いページに文字が浮かび上がる。
‟密約を交わしている証書があると聞いたことがある。手に入れられる可能性は限りなく低い”
「マジか……」
「これは難しいわね……エリベールが亡くなるまで後4年……それまでに押さえておきたいけど……」
「なら、こういうのはどうかしら? 私を救う方法は無いか? とか」
「ああ、ダイレクトだけどいいかもしれないな。よし」
俺はもう一度念じてみる。すると――
‟不明。ディアンネス様が助かったことで予測不能。エリベールが16歳になる前にヴィクソン家が行動を起こす可能性が高くなった。注意せよ”
「……なんて曖昧な……具体的に教えろよ! ヴィクソン家がディアンネス様の治療が終わっていることを知ったらどうなるんだ? もしくは知らせない場合は?」
‟報せた場合は不明。知らせなかった場合は、救う手立てがないので予定通りエリベールが16歳で亡くなる”
そしてそれ以上ページが更新されることは無かった。
なんだこいつ!
「変ですね。お母様が助かったことでなにか他に不都合が生じることがあったんでしょうか?」
「心当たりが無いわけじゃないけど、向こうの出方次第かしら」
「難しいですね、ディアンネス様が治ったことで不確定に繋がるのだとしたら、それを伝えることでメリットとデメリットが競合します」
「うん。教えればヴィクソン家が動くけど、そうしなかった場合は予定通り無くなる、と」
予測不能の一か八かでヴィクソン家を動かすかどうか、だな。
俺が決めていいことか分からないが一応提案をしてみるとしよう。
「……直近で親族が集まる日はありますか?」
「今のところ全員が集まることはないわね。あ、でも、お見舞いには誰かしらやってくるわ」
ふむ、使えるか?
舌の根も乾かないうちに言うが、役に立たない本のせいでややこしいことになったような……? いや、でもなにも知らなかったらここに来ることも無かったのか。
どうするかな――
◆ ◇ ◆
「まーま、アルにいちゃ遅い」
「ん? んんー……アルは今日お泊りだって。ラッド王子と色々話すみたいで帰ってこないわ」
「……!!」
アルが旅立った日の夕方。
帰ってこないアルのことを尋ねにルーナが袖を引っ張って来た。
あたしは咄嗟に嘘をついた。
するとルーナは頭の後ろに『ガーン!』と出ているように見えるくらい物凄い顔でよろけた。我が娘ながら可愛い。
「なんでぇ……アルにいちゃ帰ってこないのぉ……ルーナお城に行く……」
「こらこら、ダメよ。アルが困るでしょ」
「だってぇぇぇ!! あああああああん!」
なるほど、確かにアルの言う通りこれは我慢させることを覚えさせないといけないかもしれないねえ。
もうすぐ三歳になるから、直るとは思うんだけど……
あたしは駄々をこねるルーナを後ろから抱きしめて肩を竦めるのだった。
ルークもアルが好きだけど、今は首を傾げてルーナの剣幕に目を丸くしているだけ。同性と異性の差なのかしら?
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