56.旅へ


 「大森林か、久しぶりだなあ」

 「あら、行ったことがあるんですか?」

 「俺は川に流されてこの国に漂着したんだ、その時大森林の端だったんだよ。で、カーネリア母さんに拾われてイークンベルへ来た」

 「そうなんですね」


 と、馬車の向かいに居るエリベールとそんな話をしながら移動していく。


 予定通り、屋敷に帰ってゼルガイド父さんに話をした後、双子が寝静まった後に俺は部屋を抜け出して準備を進めた。

 とはいえ、収納魔法に詰めていくだけなので楽なものだけどな。

 

 着替えと食料、本とマチェット。一応、宿題も出されたので暇なときにやろうと思う……。


 というわけで、俺は大森林の街道をひた走っているわけだが、早朝出発には理由があった。

 ここから大森林を抜けて中間の町に到着するには7,8時間かかるらしくあまり遅く出発すると日が暮れてしまうせいだとのこと。


 暗くなると野盗が出没しやすくなるからそれは仕方ないだろう。

 俺はここに辿り着いた時に襲撃にあったことを思い出して身震いする。

 

 そういう意味では『ブック・オブ・アカシック』は不幸を呼ぶと言っても過言ではないと思う。

 

 ……さて、その『ブック・オブ・アカシック』でエリベールの【呪い】についてを調べてみたのだが、どうにも煮え切らないというかあやふやなことしか浮かび上がってこなかった。


 ‟【呪い】とは現象であり事象。人から人への憎悪。または先天的なものと様々あり、それを『理解』することは難しい。

 エリベールに関して言えば後天的なものと言えるが、遺伝子を書き換えているわけではない。あくまでも人為的なもの。

 しかし、寿命を短くするということについて『どうしている』のかはかけた本人にしかわからない。故に事象であり現象なのだ”


 とのこと。

 これはエリベールに教えていない。

 逆に混乱しそうだし、俺にもよく分からないからだ。

 先天的なものじゃないこと、首謀者を倒す。

 その二つを遂行すればエリベールは助かるのだからシンプルに考えよう。


 ……まあ、首謀者がツィアル国に居るわけだから、そいつをなんとかするのが一番難しいんだがな。

 策はないこともないが、子供の体じゃちょっと難しいか?

 風景を見ながら色々考えていると、エリベールが声をかけてきた。


 「アルはいつかライクベルンへ?」

 「え? ああ、そうだな。もう四年経ったけど、爺ちゃんと婆ちゃんは心配しているだろうし、早く顔を見せたいと思ってるよ」

 「そっか、お爺さんは存命しているのね」

 「うん。……母さんの両親なんだ、ショックだと思う」

 「そうよね……私も父様が亡くなった時は凄く悲しかったし、今度は母様が亡くなったらと思うと……」


 そう言って顔を伏せるエリベール。

 恩を売っておく、か。

 どういうつもりか分からないが、元気づけておくとしよう。


 「ま、そのために俺が行くんだ。エリベールは16歳になるまでに、ヴィクソン家をなんとかしないとな」

 「そうですね……」

 「で、できることは手伝うから、そう落ち込むなって」

 「本当……?」

 「ああ、俺にできることならな」

 「……うん! ありがとう」


 ふう……なんとか笑ってくれたか。

 沈んだ女の子と一緒ってのは気まずいからなあ。


 そんなこんなで大森林を抜けて町へ到着。

 流石に騎士達が並走している馬車を昼間っから襲ってくるアホは居なかったようでなによりだ。

 で、とりあえず一泊。


 「おおお……なんだこれ……」

 「ふふふ、驚きすぎですよアル?」


 いわゆるスゥィーートルームとやらに入り、俺はちょっと興奮した。

 ベッドも羊毛をふんだんに使ったものらしく、ふかふか。

 さらに部屋についている風呂、ドレッサーなどなど豪華すぎる内容だった。

 某テレビゲームにもあるけど、泊まると歳を取るのは恐らくここから出たくないからだろう……


 それはともかく、別室かと思ったら同室でさらに驚き、騎士達の生暖かい目を受けながら一晩過ごす。


 もちろんなにもしてないからな?


 <緊張しっぱなしで寝不足ですね>

 

 うるさい。

 

 まあここまでは良かったんだが、翌日に事件は起きた。

 

 「ぐあ!?」

 「矢だと!? 姫様しっかり掴まってください賊のようです!」

 「なんですって!?」

 「エリベール、顔を出すな!」


 俺が慌ててエリベールを中に引っ込めると、出窓の近くで矢が刺さる音が聞こえ、ゾッとする。明らかに狙っている。


 「……!」


 直後、背後で叫び声や怒号が聞こえてきて戦いが始まり、剣撃や魔法の爆発音が。

 俺は収納魔法からマチェットを取り出し、エリベールを庇うように息を潜める。

 

 ……どういうことだ?

 エリベールが狙われる理由が見当たらない。


 ヴィクソン家やツィアル国に『ブック・オブ・アカシック』のことが知られていたら襲われるかもしれないが、可能性は限りなく低い。

 もしそうであればどこかに裏切者がいるはずだが、話を聞いているのはウチの家族と国王、ラッド、ミーア先生くらいだ。

 

 裏切りそうな人間は居ない。


 「ひっ!?」

 「狙いが正確だな、これはまずいか……?」


 窓から入って来た矢が壁に突き刺さり、俺が呟いた瞬間――


 「うおおお!? 姫様、身構えてください!」

 「チッ、エリベール!」


 馬を打ち抜かれたのか、馬車がひっくり返った。

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