57.すれ違いの予兆

 「くっ、おっさん大丈夫か!」

 「あ、ああ、俺は平気だ! 姫様は?」

 「こっちも大丈夫……だよな?」

 「ええ、アルが庇ってくれたので。敵は?」

 「……わらわら出てきましたぜ。そこにいろよ坊主、間違いなく狙いは姫様だ!」


 御者をしていた騎士が馬車内の俺達の無事を確認し、剣を抜いて戦いへ躍り出ていく。

 耳をすませば大立ち回りをしている様子が目に浮かぶ。

 俺も戦えなくはないが、エリベールを守る人間が居なくなるのでここは動きがあるまで護衛に徹しよう。


 「……こんなこと今まで無かったのに……」

 「そうなのか?」

 「うん。野盗もイークベルン王国とウチから騎士団が出て牽制しているから、王族の馬車を襲ってくることはほとんどないの。逃げ足だけは早いって団長が言っていたくらいだし……」


 とエリベールが言う。

 なので今まで往復を何度かしていることがあっても強襲されたことはないのだそうだ。

 それでも護衛の騎士は数十人連れているので、はた目から見ても。そうだな、俺から見ても問題はないと思う。


 それなら何故『今』なのか? 


 金が欲しいなら今まででも襲えば良かっただろう。

 だが、それは無かったとエリベールは言う。


 とすればなにかきっかけがあったと見るべきだが――


 「うおお!」

 「ぐあ!?」


 「シュエリンダの騎士を甘く見るなよ、薄汚い野盗どもが!」

 「チィ!? つ、つええ……!」


 「もっと人数を回せ!」

 「だ、ダメだ、俺は一抜けさせてもらうぜ!?」

 「逃がすか……!」

 「ぎゃあああ!?」


 「馬車だ! 馬車を狙え! 火をつけろ!」

 「おおおおお!」

 

 <アル様、これはまずいですよ!>

 

 おいおいマジか!?

 リグレットに言われるまでも無くこの中に居たら火だるまだ。

 アクアフォームで身を守ることもできるが、どうする……!


 しかし無常にも火矢は馬車に刺さり、煙を放つ。

 考えている余裕はなさそうだ、俺だけなら火を消せる。なら!


 「アルどこへ!?」

 「外に出る、大丈夫お前を火だるまにさせたりはしねえよ!」


 俺は御者台の方から素早く出ると、目の前に死んだ野盗の遺体や焼けた草花、木が現れる。


 「出てきたぞ!」

 「いや、ガキだがありゃ男だぞ!」

 「分からねえが全部殺せばいい!」


 物騒なことこの上ないな。

 とりあえず馬車の火を消さないと。


 「<ウォーターレイン>!」


 ちょっと強めに雨を降らすかと、空に手をかざしてミドルクラスの魔法を使う。

 このクラスだとまだ無詠唱よりはイメージしやすいほぼ詠唱無しの方が安定して魔法が出しやすい。


 「おお、いいぞ坊主!」

 「こっちはいいから早く野盗を!」

 「任せとけ……!! 一気に叩くぞ、フォーメーションウルフだ!」

 「おお!」


 騎士団らしく、陣形を取って突撃する騎士達。

 盾を構えた騎士の後ろに別の騎士が付き、盾で身を守りながら突っ込んだ後、後ろの二人が左右に展開し、薙ぎ払う。

 どこぞのロボットアニメを彷彿とさせる動きだけど、集団戦と考えればこういうのはポピュラーなものなのかもしれない。


 「くそ、直接馬車に火薬を――」

 「……!? 馬鹿野郎!」

 

 そんな中、野盗の一人が血だらけになりながら突っ込んできた。

 右手には袋があり、それを投げつけてくる。


 「<ウインド>!」

 「なに!? うおあ!?」


 咄嗟に風で袋を押し返してやると、口が開いた袋から黒い粉がばらまかれる。

 原始的な黒色火薬のようだが、十分脅威だ。


 「<アクアフォーム>!」

 「ああああ!? ダメになっちま……ぎゃあああ!?」


 それでも火をつけようとしたので水で濡らしとりあえずの応急処置。その間に騎士が男をバッサリ斬ってくれた。

 

 「……うん、自分が死んだ時を思い出すからあまり良くないな、血は……」

 <血まみれでしたっけ?>

 「銃で撃たれたんだよ……あのクソ」


 火薬の臭いはそれで頭が痛くなるのかもしれないが。

 ま、まあ、それはともかく、野盗達が散っていくのを見て、俺は一息つく。


 「うーん……」

 <どうしましたアル様?>

 「いや、火薬を持っていたのは恐らくツィアル国の依頼かヴィクソン家あたりの依頼で襲ってきたんだろうと思うんだけど……」


 謎の違和感がある。

 俺は……いや、俺達はなにか間違えている気がする……


 「アル!」

 「うわああ!?」

 「良かった、無事ね……!」

 「もちろんだよ。騎士さん達が頑張ってくれたしね」


 俺がエリベールの肩を抱いて騎士達に目を向けると、御者だったおっさん騎士が歯を見せながら笑い、近づいてくる。


 「おう、坊主も凄かったぞ。ちうか魔法、詠唱してなくない?」

 「あはは」

 「姫様、お怪我は」

 「いえ、問題ありません。馬達の治療をします、アル、一緒に」

 「ええ? 俺は必要ないだろ?」

 「一緒です!」


 とりあえず集まって来た騎士達が俺とエリベールの護衛につき、負傷者と馬の治療に奔走。

 こちら側は重傷は居たものの死者はゼロ。日頃の鍛錬の賜物だと思う。

 対して野盗達は十五人ほどの遺体が転がっていた。


 騎士達は冥福を祈り、埋めていく。

 捕まえて黒幕を吐いて欲しかったが、そこまでうまい話はないか。


 その後、馬も回復して復帰し、シェリシンダの城下町へと到着する。

 はあ、たった二日だったのに疲れたなあ……

 


 ◆ ◇ ◆


 ――フォーゲンバーグ家――


 「あはよーございます……」

 「おはようございます!」

 「はい、おはようルーク、ルーナ。お顔は洗った?」

 「まだー! アルにいちゃに抱っこしてもらうのー」

 「……ママが手伝ってあげるからねー」

 「アルにいちゃ、もうがっこういったの?」

 「うーん、まあそんな感じね。ほら、お顔洗ってご飯食べるよ」

 「むー……はーい」


 もうむくれてる……

 アルはルーナとルーク、特にルーナのためだと言っていたけど、逆効果じゃないかねえ……


 「……まあ、赤ん坊のころから世話しているから親と同じくらいの愛情は与えていたしアルに懐くのは仕方ない。……もうちょっとパパに甘えて欲しいけど」

 「パパも好きー! でもにいちゃも好きー!」

 「とほほ……」


 アルが居ないと分かったら……あたしはルーナの頭を撫でながらちょっと心配になるのだった……

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