52.エリベール様


 「これが……」

 「ああ、『ブック・オブ・アカシック』だ。読んでみるか?」

 「は、はい……ちょっと怖いですけど」


 不幸を呼ぶ本だなんて呼ばれている代物なのでエリベールは恐る恐る手に取る。

 ちなみにここは俺が寝泊まりする部屋。

 その隔離された空間で美少女と二人きりなシチュエーションに、不幸だとは思えないと一瞬考えてしまう。


 ……ま、両親を惨殺されているからそれ以上の不幸ってのが考えにくいというだけだが。


 そんなことを考えていると、エリベールはパラパラとめくっていく。

 俺から見えるのは魔法の応用編といった当たり障りのない知識ばかり。


 「……普通の本ですね」

 「だと思うだろ? でも例えばこのページを……」


 さして特筆すべき点もない、ビギナークラスの魔法を記したページを開き、俺は本を掴んだまま思い浮かべる。


 すると――


 「あ!? イエーナ鳥のオレンジソテーのレシピと作り方が出てきました!?」

 「と、まあこんな感じで俺が欲しいと思った情報に書き換わるんだ。後半は白紙ばかりだからそこを使おうと思う」

 「すごいです!」

 「ちょ、近いって」


 いきなり抱き着いてきたので俺は慌ててベッドの端へ寄る。

 きょとんとした顔のエリベールが一瞬首を傾げた後、にやりと笑い、スッと迫ってきた。


 「ふふ、照れているんですかー?」

 「違う。女王に対して恐れ多いだけ」

 「えー、そうですか? じゃあこうしたらどうです!」

 「うわあ!?」


 何が楽しいのか、エリベールは俺をベッドに転がし上に乗って来た。

 勝ち誇ったような顔で腰に手を当てて俺に言う。


 「ほら、ドキドキしませんか?」

 「違う意味でドキドキするよ……ほら、早く降りてくれ。女王様がはしたないよ」

 「むう」


 なにかが不満らしいお姫様。

 力づくで対処するのは簡単だけど、どうしようか考えていると……


 「アル、授業終わったみたいだな。一緒に帰――」

 「「……」」

 「すまん、気が利かない父さんで……俺は応援しているからな!」

 「ま、待ってゼルガイド父さん! 誤解だ! エリベールを止めてくれ!」

 「カーネリアに報告だ……!!」


 俺の叫びは届かず、不穏な言葉を残してゼルガイド父さんは扉を閉めた。

 いや、息子が襲われていたら助けるか、恐れ多いとか言って拳骨ものだろう!?

 

 しかし俺はそこで見てしまう。


 「……あ!」


 扉が、閉じる、瞬間、向こう側に、居たのは、ラッド、だった……


 なんかサウンドノベルゲームの犯人を見つけた時みたいな言葉が脳裏をよぎり、俺はエリベールをベッドに転がす。


 「あいつ……!」

 「あん!? アル、どうしたんですか?」

 「ラッドをとっちめる!」

 「ええ? ……どこにもいませんけど」

 「逃げ足は速いな相変わらず……」


 扉を開けてエリベールと廊下を見渡すがそこには誰もいなかった。

 

 「くそ、後で問い詰めてやる……」

 「ふふ、仲がいいんですね」

 「そういう訳じゃないよ。それより、早いところ情報を引き出せるか試してみよう」

 「そうですね、ごめんなさい。同年代の子と話す機会がないのではしゃいでしまいましたわ」

 「……まあ、いいけどさ」


 笑顔で舌を出すエリベールから目を背け本を手に椅子へ座る。

 いつ死ぬか分からないとは思えないほど元気だし、それが逆に不安でもある。


 それを見せないように振舞っているのか、と。

 前世で俺をサポートしてくれた怜香。

 あいつも最後の最後で病気に犯されていることを告白したが、それまでは微塵もそんな様子は無かったのに。


 ……それを覆すため、俺は本を開く。


 「情報は」

 「この異常ともいえる短命の理由。それを」

 「わかった」


 目を瞑り、本を持つ手に集中する。

 その時、俺のそでをギュッと、エリベールが掴む。

 震えているな。

 

 ……できれば、なんとかしてやりたいが。


 そんな俺の願いに応えるように、白紙のページが埋まっていく――



 ◆ ◇ ◆


 「いい雰囲気でしたね!」

 「ですね、ラッド王子のおかげでいいシーンが見られました」

 「はい! これで二人がくっつけば、少なくともこの大陸にしばらくは残ってくれるでしょう。それでは僕はこれで!」

 「……だと、いいんですがね」


 ラッド王子に促されてアルの様子を見に行ったところ、エリベール王女と仲良くやっているのを見ることができた。


 王子としてはアルは凄いやつで、傍に置いておきたい人間の一人だという。もしエリベール王女と結婚、もしくは婚約でもしてくれればと思い世話を焼きたいらしい。

 

 確かにそうすればアルはこの大陸から動けなくなるだろう。

 俺だってそうしてもらいたい。


 直接言ったことはないが、あいつは本当に俺の息子と思っている。

 一生このまま暮らしてもらっても構わないし、ルーナが懐いているので血が繋がっていないアルと結婚させてもいいとすらとも。


 だけどアルはどこか一歩引いていて、俺やカーネリアは名前を言ってからの『父さん』『母さん』だ。

 もちろん、俺達夫婦を尊敬しているし言うこともよく聞いてくれる。

 だが、今後のことを考えてか一生懸命大人であろうとしている気がしてならない。


 強さはあの年にしてはかなりのもので、魔法を交えた戦いなら無詠唱で撃ってくるアル相手は稀にひやっとすることもある。

 

 強いことはいいことだ。守りたいものを守ることができるし、仕事も取りやすい。

 だけどアルはあくまでも復讐のために強くなりたい。


 これはかなり危ういのだ。

 特に比較対象が少ない今、自分はかなり強いと思い込んで無茶をするからな……。

 

 そういう調子に乗ったヤツが死んだり、生涯寝たきりになったという例を俺は知っている。


 「……なんとかならんもんか」


 俺は屋敷に帰ってカーネリアにも相談するかと家路を急いだ――

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