ディビジョンポイント

51.囲まれるアル


 「……なんで」

 「なぜ俺を見て嫌そうな顔をするんだ! 失礼じゃないか!」

 「そりゃ、ラッドのことは聞いていたけどお前のことは聞いてないからな」

 「なにおう……!」

 「まあまあ、一人も二人も変わらないよ! ミーア先生よろしくお願いします」

 「はい、またよろしくねラッド君。イワン君も」


 話し合いから数日。

 いわゆる新学期は始まっていたが、手続きやらなんやらで城でうける授業開始が遅れていた。

 

 ま、それはいいとしてまさかイワンまで一緒に居るとは思わなかった。

 あの時、ラッドを襲撃者から守ろうとした功績で我儘をひとつ聞いてもらった形らしい。


 ちなみに勉強は城の一部屋を使い、剣や魔法はゼルガイド父さん達、騎士が使う訓練場の一角を使うことになっている。

 

 「いやあ、またアルと勉強できて嬉しいよ」

 「なにがそんなに嬉しいんだよ、男同士で。」

 「お前、ラッド様に向かってその言い方はなんだ!」

 「あ? 魔法教えないぞ」

 「ぐぬぬ……」


 ま、飽きないのはいいかもな?

 そんなわけで昼は授業を行い、その日のカリキュラムが終わったら帰ってもいいし、自主訓練をしてもいい、という一日の流れが出来上がっていた。


 とりあえず初日を終え、訓練場で汗を拭いていると澄んだ声が聞こえて来る。


 「アル、お疲れ様」

 「エリベール様じゃないですか、もう戻って来たんですか?」

 

 声の主は小さな巨人……もとい小さな王女、エリベールだった。

 あれから一度大森林の向こうにあるという国へ戻ったのだが、どうやら戻ってきたようだ。


 「エ、エリベール様!! ご、機嫌麗しくぅぅ!」

 「来ていたんですね」

 

 目に見えて狼狽えているイワンに、余裕のラッド。対王族なら任せておこうと顔を拭っていると、俺の前に来てエリベールが口を開く。


 「ええ! 早くアルに会いたかったもの!」

 「ぶっ!?」


 「おお……ゼルガイド団長の息子、やるなあ……」

 「女王にあそこまで言わせるとは……子供のくせに……!」

 「玉の輿か。羨ましいな」


 エリベールのとんでも発言に少し離れていた騎士達がニヤニヤと笑いながら口をそろえてなにやら話していた。

 俺は口に含んだ水を噴きだしせき込んでいると、エリベールがサッと避ける。


 「きゃあ!? 汚いです!」

 「お前なに言いだしてるの!?」

 「お前こそエリベール様をお前呼ばわりとはどういう了見だ!?」

 「ええい、うっとうしい! てい!」

 「おうっ!?」


 とりあえず掴みかかって来たイワンを投げ捨ててやると、エリベールが首を傾げながら俺達に言う。


 「? アルとは本を読む約束をしていましたから、急がないとと思いまして」

 「あー、うん、そうだよな」

 「ぷぷ……」


 笑うなラッド。

 女王とはいえ、まだ12歳の子供だし、立場を考えても恋愛感情で言ったわけではないに決まっているのだ。

 だけど可愛い子に『早く会いたかった』など言われたらにんともかんとも……


 「訓練は終わりですか? それならお部屋に行きましょう」

 「汗臭いから近づくなって……」

 「気にしませんよ? みんなを守るために訓練をしているのでしょう、それは誇ることです」

 「……」


 みんなのため、か。

 どうだろうな。


 「ラッドは?」

 「僕は遠慮しておくね! お邪魔になりそうだし!」

 「いらん気を遣うな、いいぞ別に。その、なんだ、ラッドがエリベール様と結婚する可能性もあるだろうし」

 「敬語はいりませんわよ」

 「うーん、僕は他の貴族とかになるかな? 妹が娶るより、僕が国王になった方がいいでしょ、多分。だから婿にはなれないんだ」


 おのれラッド。こういう時はペラペラと口を開くんだな……。それにしても10歳で結構しっかり認識しているもんだなと、それはそれで感心する。


 しかし、二人きりというのも気まずいので、

 

 「イワンはどうだ? この後暇なら――」

 「恐れ多い……!! 失礼します!」

 「あ、おい!?」


 俺が最後まで言うのを聞かず、脱兎のごとく逃げ出した。

 あいつ、エリベールのこと好きそうなのに。

 うまく行ったら親父さん喜ぶと思うけどなあ……


 「それじゃラッド様、アルを借りますね」

 「うん! また!」

 「おおおおおい……」

 「~♪」


 俺はエリベールに引きずられて宛がわれている部屋へと向かう。

 とりあえず抗うのを止めてエリベールの横へ並んで歩くことにシフトチェンジした。


 「あら……」

 「流石に女の子に引っ張られるには恥ずかしいしな。……さて、なにかわかるといいけど」

 「……そうですわね。せめてお母様が亡くなる前にはなんとかしたいです」

 「いつエリベール様が死ぬか分からないってのが難儀だな。子供を作るには早いし」

 「こ、子供!? ……え、ええ、そうですわね」


 俺の袖をぎゅっと掴んで上ずった声を出す。

 不安なのだろう、いつ死ぬか分からないのであれば俺だって怖い。

 ちょっと言い過ぎたかと思っていると、リグレットの声が響いた。


 <アル様、エリベール様は無理かもしれませんが、お母様は再生の左腕セラフィムで助けられるのでは?>

 「あ!」

 「ひゃん!?」

 「あ、ごめん」


 確かに、ただの病気なら治せるか?

 母親が生存していても元の父親の血は残せていないので、そこは微妙なライン。

 だけど、エリベールは嬉しいだろう。実の母親が生き残るのは。


 ……俺は前世も今世も失くしてしまったから気持ちは痛いほどわかる。


 「よし」

 「どうしましたか?」

 「いや、なんでもない。その内エリベールの国へ行ってみたいと思って」

 「まあ、もちろんご招待しますわ! とりあえず今は『ブック・オブ・アカシック』を」

 「オッケー、それじゃ出すよ」


 俺は収納魔法から本を取り出し、エリベールの知りたい情報を聞くことにした。

 

 

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