38.剣術の授業を


 「あれ? 先生も軽装だね」

 「それはそうですよ。一応、動くんですから」


 ミーア先生は美婆さんというやつで、若いころはさぞ美人だったと思われる容姿である。

 そんな彼女が乗馬をするような格好で現れたので、俺は素直に疑問を口にし、あっさりと当然の答えを返され口をつぐむ。

 その様子に満足したのか先生は笑みを浮かべて言う。


 「さて、剣術の授業ですけど、剣術にはランクがあることを知っていますか?」

 「んー、僕は知らないや」

 「俺は知ってますよ。ランクが1からあって、数字が大きくなるほど強いって証なんだよね。ゼルガイド父さんはランク78だったかな? 英雄ラヴィーネ=アレルタが今までの最高ランクで97だ」


 小さいころにアルバート爺さんから聞いたお伽話を話す。

 ミーア先生はその言葉に頷いた。


 「よく知っていましたね、アル。そうです、ランクは数字が高い方が強いというのが基本です」

 「凄いやアル!」

 「うわ!? いちいち腕を掴まなくていいから……」

 「分かりやすい指標としては間違いないのだけど、あくまで剣のランク。それ以外の技能があれば個人の技量で左右されるから過信しすぎないことが大切ですよ調子に乗ると手痛い返しを受けるわ」

 「そ、そうなんだ」


 何故俺を見て笑う。


 「では僕も頑張れば英雄と同じくらいになれますか?」

 「男の子はそういうの好きだから気持ちはわかるけど、ラヴィーネ=アレルタまで行くには才能とセンスが必要さね。陛下がランク30だから、まずはそこを目指すといいわね」

 「30……」

 「俺は小さいころから剣も習ってたからちょっとは使えるよ。確かゼルガイド父さんの見立てだと、ランク8かな?」

 「へえ、凄いねそれは!」


 先生が拍手をして、つられてラッドも手を叩く。

 珍しくべた褒めムードだが、9歳の平均はよくて4くらいらしいので、倍ある俺は才能アリだとか。


 知識は別世界だが35年分あるし、吸収力は9歳の体が柔軟に対応してくれるので力がつきやすい環境にあるのも功を奏している。


 「とりあえずラッド君には剣を教えないといけないけど……アル、基礎はあなたが教えなさいな」

 「ええー……俺、自分の訓練がしたいんだけど……」

 「つべこべ言わない。先生がやれと言ったらやるのですよ? でなければ――」

 「い!?」


 いつの間にか手にしていた槍斧ハルバードを棒切れみたいに振り回して木偶人形を切り倒していた。


 「は、速いね……!」

 「あの長さをものともしないなんて……」


 速さも重要だけど、先生の細腕であれだけ振り回せるとは驚いた。

 魔法使いっぽい雰囲気だけど武器を扱う方が得意なのか?


 「剣術は剣術として、弓や槍にもランクはあります。アルは強くなりたいようですからこの辺りも教えてあげたいのですが……ああ、ラッド君の剣術を教えられないなら私が教えるしかありませんねえ」

 「くっ……わかったよ、やればいいんだろ……!」

 「わーい、アルが教えてくれるんだ!」


 技術というのはあればあるだけ有利になる。

 使うかどうかはさておきこの世界において魔物と人間、両方と戦える力は不可欠だしな。


 そしてなにが嬉しいのか、ラッドはまたしても輝いた瞳を俺に向けていた。

  

 「それじゃ、やるか……」

 「わくわく」

 

 ラッドのランクが上がるくらいに鍛えればじっと俺の動向を見てくる。

 

 「はああ……!」

 

 上段、中段、下段。

 木剣を握った俺は人に見立てた木偶人形を叩いていく。

 ある程度『決まった動き』という型のようなものがあるので、それを見せて繰り返しというのが初心者のラッドにはうってつけだろ思う。


 「わあ、すごいすごい!」

 「おや」

 「ふう……どうだ、大事なのは急所を狙うこと……って先生?」

 <どうしたんですかね>

 

 喜ぶラッドを尻目にミーア先生が俺に近づき目をじっと見つめてくる。

 なんだ?

 

 「……アル、あなたライクベルン王国に行ったことがあるのかしら?」

 「え? ど、どうしてそう思う……んですか?」

 

 俺はぎくりとして目を逸らす。

 ライクベルンのことはゼルガイド父さんが他の人に言っていないと聞いている。

 

 「アルの型、初撃がイークベルン式じゃないわ」

 「……あ」


 しまった……

 俺は無意識でそっちを使っていたのか……


 剣術も国ごとに色々ある。

 ゼルガイド父さんの剣をこの三年教えて貰っていたけど、型よりは実戦での打ち合いが多かったからつい慣れている方を使ってしまったらしい。


 「そういえばアルはどうして『ゼルガイド父さん』と呼ぶのかしらね?」

 「あー……」


 笑顔を近づけてくるミーア先生に俺は目を逸らす。

 嘘をついても仕方ないし、知られて困る……らしいんだよな、特にラッドから国王に伝わるのは。


 「黙秘で。ラッドが居ない時に先生にだけ話しますよ」

 「えー! 親友の僕にも教えてよ!」

 「いつの間に格上げしてるんだよ!? ラッド、今日のことは忘れてくれ。頼む」

 「う、うん……わかったよ……」


 肩に手を置き、真剣な顔でラッドに言う。

 俺の気配を察したのか、ラッドは少しシュンとなって頷いてくれた。ここは子供らしくていいな。


 「それじゃアルはイークベルン式の型をお願いね。ラッド君はアルの動きをよく見ておくこと」

 「はーい……」

 「それじゃ見ててくれよ」

 <少し可哀想ですかね>

 「……仕方ないだろ」


 見るからに落ち込むラッドを尻目に、俺はもう一度木剣を振るのだった。

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