18.大森林の魔女


 「ウチの子って……」

 「まあ聞きなって。アルは復讐って言っているけど、さっきも言った通りこの国から出るのは至難の業。爺ちゃんというツテも国を出られなければ意味を成さない」

 「それは――」


 その通りだ。

 盗賊相手も厳しい俺は砂漠を越えるのなんて死にに行くようなもの、というのは分かる。


 「それと子供になることに関係があるの?」

 「ああ。あたしの子……養子になればこの国の住人として生きていけるから、チャンスができるよ? 大きくなってから爺ちゃんに会いに帰ればいいさ。今のままじゃ野垂れ死ぬのがオチだ、折角助けたのに死なれるのはしのびないからね」

 

 カーネリアさんは悲しそうに笑って俺を強く抱きしめてくれた。

 ここで我儘を通す必要はないか……確かに肉親である爺さんと婆さんには会いたいが、死んでしまえば元も子もない。

 カーネリアさんの案を受け入れるのが現時点だと最良の選択と考えよう。前世で何度も危険な目に合ってきたが、幸い俺は選択を誤ったことが意外と少ない。


 「……うん。お父さんとお母さんが死んで悲しいけど……なるよ、カーネリアさんの子供に」

 「……! うんうん、いい子だねアルは。そうだよ、死んだらなんにもならないんだからね」

 「く、苦しいよ……」

 「ああ、ごめんごめん!」


 しかし、拾った俺をいきなり養子にしたいだなんて急な話もあったもんだな。


 「それにしてもどうして僕を子供にしたいって思ったの?」

 「んー? そうだね……子供が迷っていて、このままじゃ死ぬのを見過ごせなかった。それに、アルを見た瞬間可愛かったからねえ」

 「僕、男なんだけど」

 「あはは、いっちょ前に言うね! あたしは子供が出来なかったんだ。そしたら誕生日に子供を拾った。神様が授けてくれたんだと思ったのさ」

 「誕生日なんだ! ……えっと、そういえば今っていつなんだろ……」


 あれから一日は経っていない、と思い呟くと、カーネリアさんは俺にシャツを着せながら口を開く。


 「今かい? 竜の月で二十三日だよ」

 「二十三日!?」


 この世界は月に竜や狼と言った呼称がつくんだけど、確かに今月は竜の月だった。

 だけど問題は日にちであの夜は確か二十一日だったはず……夜に流されたとして、一日半あの川と川辺で過ごしたことになる。

 よく無事だったな……そして、もう一つ。


 「明後日は僕の誕生日だ……お母さんがケーキを焼くって……」

 「あたしと誕生日が近かったなんて運命を感じるよ、お母さんもアルに助かって欲しいって思ったのかもしれないね。よし! あたしがケーキを作ってやるよ!」

 「……うん」


 気を遣ってくれている。

 油断はしないが、優しい人で信用できそうだと感じた。


 「そういえばここって大森林なんだよね? どうしてこんなところに住んでいるの?」

 「あー、元旦那と喧嘩してね。それからずっとここに住んでいるの」

 「喧嘩……?」

 「うんうん。まあ、でもアルを学校に通わせたいし、町に戻ろうかね」

 「学校!? 行かせてくれるの!?」

 「もちろんだよ? 帰るならちゃんと勉強しないとね! 夢だったんだよ、学校に行かせるの」


 うーん、だいぶはっちゃけてるな……俺は嬉しいけど、お金とか大丈夫なんだろうか?


 「お金がかかるから無理しなくても……」

 「無理なんかしてないよ? あたしはこれでもこの国じゃ結構な魔法使いなんだよ? アルにも教えようと思ったんだけど?」

 「ほ、本当に!? 教えて!」

 「わ!? あはは、無理しないならね」

 「分かった」

 「さて、それじゃ明日から町へ戻る準備をしようか」


 そう言ってウインクをするカーネリアさんはとりあえずの母親になった。

 使えるものは使う精神だけど、他人の子供をここまで愛してくれるのはやはり嬉しいと思う。……爺さんには手紙でも書いて無事を知らせるか。


 そう思いながらカーネリア母さんの手伝いを始めるのだった。



 ◆ ◇ ◆


 「……」

 「将軍……」

 「一体誰がこんなことを……!!」


 夜の惨劇からしばらくして、アルフェンの祖父であるアルバートが屋敷に到着していた。

 変わり果てた娘と婿を見下ろしながら肩を震わせて呟くその姿は、怒りと悲しみ、両方の感情だ。


 「アルバート様、ダメです。生存者はいません……」

 「……遺体をこちらに運んでくれ、丁重に葬りたい」

 「ハッ」


 アルバートの指示に騎士達が屋敷の離れである使用人のいた場所へと駆け足で去っていく。それを見送っていると、傍にいた騎士が口を開いた。


 「金品の強奪は無し、荒らされているのは全て本棚とのことでした。一体なにが目的だったのでしょうか……」

 「賊の考えることなどわからん。見つけたら殺す、それだけだ」

 「そうですね。この心優しいお二人にまさかこんな凶刃が向けられるとは……」

 「町に被害がないことから狙いは最初からここだったのだろう。ワシが居れば……」


 アルバートが唇を噛み、血を流すと遺体が運ばれてくる。

 しかしそこには――


 「アルの……孫の遺体は無かったのか?」

 「子供の遺体はありませんでした」

 「そ、そうか! そういえばイリーナの遺体も――」

 「アルバート様!! 生存者……! 生存者です!」

 「なに!? お、おお、イリーナ!!」


 遅れてきた騎士が抱きかかえていたのはイリーナだった。

 アルフェンだと期待したが、違ったことに少々気を落とすが、それでも知っている顔が無事なことに安堵するアルバート。


 「イリーナ、イリーナ!」

 「う……」

 「アルバート様、落ち着いてください。まだ話が出来る状態では……」

 「……そうか、そうだな。アルとマイヤの遺体は無い、か。まだ希望はある、悪いが手分けして探してくれ」

 「「了解!」」


 騎士達は一度だけ王都に来たアルフェンを思い出しながら散開する。

 

 だが――


 「アル、マイヤ、一体どこへ……賊に攫われたのか……?」


 アルバートはアルフェン達を見つけることなく屋敷を立ち去ることになってしまうのだった――

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