17.命の恩人は


 (アル、逃げるんだ!)

 (どうか無事で……アル……)

 (死ね)


 「やめろぉぉぉ! お父さん! お母さん……!! くそ、なんで魔法が出ないんだ……!? 身体が動かないんだよ!! あ、ああ……」


 ぼんやりした視界の中、俺の目の前で黒い剣士が親父と母さんを切り伏せる。

 あの時のことだと頭では分かっていても、どうしようもないと知っていても、なにかをせずにはいられない。だけど、動けない。

 直後、血を流しながら倒れる二人――


 「お父さん!? おかあさーん!! くそ……くそくそくそ! 黒の剣士め……絶対……殺してやる……!」

 「おや、起きたようだね」

 「……え?」

 

 激怒しながらベッドから起き上がった俺は涙で顔をぐしゃぐしゃになっていた。

 そこへ女性の声がかかり、生返事を返しながら声が聞こえた方を向くと、


 「大丈夫かい? 爆発音がしたから駆けつけてみれば子供が襲われているとは思わなかったよ。あんたを踏みつけている男は殺して、もうひとりも瀕死だったからとどめを刺しておいたよ」

 「あ、あの時、盗賊の体が吹き飛んだのはお姉さんだったんですね。ありがとうございました。マナが尽きたからもうダメかと。わわ……?」

 「お礼が言えるとは、小さいのにいい子だねえ」


 俺が上半身を起こした状態で頭を下げると、美人女性は俺の頭に手を置き歯を見せて笑う。

 しかしすぐに真顔になってベッドの脇に座って口を開く。少し考えたがまともな人間のようだし情報を得るために話してみることにした。

 最初は神妙に聞いていたが、段々険しい顔に変わり、最後は俺を抱きしめていた

 

 「辛いことがあったんだね。よく生き延びたもんだ、運も強いだろうけど、そのメイドさんに感謝しないとね」

 「うん……マイヤも生きているといいんだけど……」

 「それにしてもライクベルン王国から来たのか……」

 「どうしたのお姉さん?」


 国の名前を口にした途端渋い顔で俺を見つめる美人に質問すると、目を瞑って首を振って困った顔で頭を撫でてきた。


 「……取り合えず自己紹介をしようか。あたしはカーネリア。カーネリア=フォドゥム」

 「僕はアルフェン=ゼグライトです。みんなはアルって呼びます」

 「ゼグライト……どこかで……? まあいいか。よろしくなアル」

 「うん! 助けてくれてありがとう」


 もう一度頭を下げると、カーネリアさんは顔を緩ませて俺に抱き着いてくる。


 「……可愛いっ!」

 「わぷ!?」

 「おっと、ごめんよ。それでアルはこれからどうするんだい?」

 「……僕は両親を殺したあの黒い剣士の女を探して殺すつもりです。まずはお爺ちゃんのところへ行って保護してもらえればと思ってます」


 俺がそういうと、カーネリアさんはまたしても渋い顔になる。小さい子供が、などと思っているのだろうか? だが、俺の予想は大幅に外れていた。


 「となるとライクベルンへ戻ることになるね。だけど、今は難しいね」

 「え!? ど、どうして?」

 「まず距離だ。ここはライクベルンから南にある‟イークベルン王国”だけど分かるかい?」

 「……!?」


 イークベルン王国だって!?

 南なんて簡単に言うけど、ライクベルンから国を二つまたいだ場所だ。

 

 「あ!? もしかしてここって大森林!?」

 「へえ、小さいのに良く知っているね、偉い偉い♪」

 「そ、そんなに流されたのか……だとしたら‟砂の墓場”を越えないといけないんだ……」


 この大森林から川を渡らないと砂の墓場に行けないんだが、そこはいわゆる砂漠で、越えるには相応の装備がなければ途中で干からびてしまうのは必至。


 それと――


 「そういうことさ。それと国が砂の墓場に棲む部族と最近やり合ったらしくてね、川を渡る橋が壊されたって話だ」


 そう、部族問題がある。

 砂塵族とかいう原住民なんだけど、好戦的だと本の歴史部分に書いてあった。


 「なら向こうの大陸に戻るのは……」

 「かなり難しいな。それに、この国もキナ臭いしな……」

 「?」


 そういうカーネリアさんの顔は美人が台無しになるくらい険しかった。

 正直、背筋が凍るほどの。


 「あ、あの……?」

 「ああ、ごめんごめん。そんなわけでアルみたいな子供がフラついていたらすぐに捕まって施設送りだ。最悪奴隷だな」

 「そ、そんな……冒険者になったりできないのかな」

 「まだ子供だからねえ……うーん」


 カーネリアさんが腕を組んで考えているが、それでも俺は諦めるわけにはいかない。


 「……大丈夫です、なんとかします」

 「あ、ちょっと待ちなって。その恰好でどこ行く気だい?」

 「え? ああ!?」


 言われて下をみれば全裸だった。

 俺は慌ててしゃがみ込むと、カーネリアさんが笑いながら俺を抱っこする。


 「そうだね。いい考えがあるよ」

 「いい考え?」

 「ああ、アル、あんたウチの子にならないかい?」

 「ええ!?」


 満面の笑みで言うその提案はあまりにも突飛なもので、俺はカーネリアさんの腕から転げ落ちそうになりながら驚愕していた。ど、どういうことだ……?

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