10.剣と魔法


 「たぁぁ!!」

 「うわあ!?」

 

 爺さんが剣に力を込めて振り抜くと少し間をおいて巻き藁がずるりと斜めに落ちた。


 「す、すごい……」

 「あは、アル様が目を真ん丸にして驚いていますよアルベール様」

 「ふわぁっはっは! どうだアル、爺ちゃんの剣の腕は!」

 「カッコいい!」


 ……一言、凄いしかない。

 俺もトレーニングの一環でやったことがあるけど日本の居合で使う巻き藁は青竹に濡れたござを巻いたものがポピュラーで、確かに重いし斬りにくいが芯は青竹なので今のように真っ二つにすることは可能。


 だけど今、爺さんが斬ったのは、棒と言っても丸太のような木にただ藁をロープで巻いただけのものなので、剣が食い込まず真っ二つというのは相当切れる剣と技量、どちらか、もしくはどちらとも必要なのだ。


 「相変わらず凄いですねお義父さん。剣のランクは今いくつなんですか?」

 「うむ、先月ランク93となった」

 「はー……93……伝説までもう少し……」

 

 俺を抱っこしたマイヤがため息交じりに気になることを言ったのでさりげなく胸を押さえながら尋ねると、あっけに取られていたマイヤがハッとして俺に顔を近づけてから笑う。


 「アルバート様はこのライクベルン王国の将軍であると同時に最強の剣士でもあるんですよ! 旧時代に居た英雄のラヴィーネ=アレルタ様がランク97で歴代最強だったので、あと少しなんです!」

 「はっはっは、まだアルには分からんだろう。とりあえず強そうだと思ってもらえたらいい」

 「とても凄いよ爺ちゃん!」

 「アルにいいところ見せようと張り切ってるから、お義父さんを褒めたらお小遣いをもらえるかもしれないね」


 親父が苦笑しながらそんなことを小声で言うと、それが聞こえていたらしく爺さんはぴくぴくと頬を引きつらせながら木剣を差し出して来た。


 「……ライアス、久しぶりに腕を見てやろう」

 「ひぇ!? あ、あの……」

 「つべこべ言わん!!」

 「あーあ」

 「旦那様はお婿さんですけど、アルバート様と仲がいいんですよね」

 

 マイヤが苦笑しながら俺に言うと同時に戦いが開始された……のだが……

 

 「腰が引けておる! 視線を逸らすな!」

 「ひえええ、勘弁してくださいよ!? おおおお!?」

 

 まあ、当然というか一方的に打ち付けられる親父であった。とはいえ、きちんと防御をしている時もあるし反撃をしていないわけではない。

 立ち位置、身のかわし方、体重移動といった動作が凄いのだ。地味な部分だけど、基礎の積み重ねがいざ大胆な動きをする礎になるのだ。


 ……要するにただ単に爺さんが強すぎる。


 「ねえマイヤ、お父さんのランクって知ってる?」

 「ええ、存じておりますよ。確か、ランク48だったはずですよ」

 「そうなんだ! 普通どれくらいあればいいのかな」


 平均値から親父の強さを見極めようと聞いてみたところ――


 「そうですね、平均的な冒険者は35から40程度かな? なので旦那様は決して弱いわけではないんですよね」

 「そっか! お父さん頑張れー!」

 

 大きくなった時に親父に剣を教えて貰うのもアリだなと俺は心の中でほくそ笑む。

 ……人を殺すために武器を振っていたけど、剣術となれば話は別だ。


 「ハッ!? アルの声援! たああああ!」

 「む、アル、ワシもだ!」

 「あはは、お爺ちゃんも頑張ってー!」

 「うおおおお!」


 ヒートアップする二人を俺とマイヤが困った顔で観戦。すると今度は母さんとイリーナも庭にやってきた。


 「あら、稽古?」

 「奥様にお母さん! はい、アル様にいいところを見せようと」

 「仕方ないわねえ。そういえばアルは本を読むんじゃなかったかしら?」

 

 あの二人の戦いも興味深いけど、魔法の本を思い出させてくれたのでそちらに意識を集中しよう。


 「そうだった、マイヤ降ろして。これを読もうと思ってたんだ」

 「また難しそうな本を持ってますね」

 「うん、魔法が載っているからこれにしたんだよイリーナ」

 「三歳で魔法に興味があるんですか? 誰か使いましたっけ?」

 「あ、うん、ルックが水魔法を……」

 「あー」

 「なるほどね。アル、いらっしゃい」


 庭師のルックが水やりで霧状の魔法を使っていたことがあるので誤魔化しておく。

 すると母さんが庭に設置している木の長椅子に腰かけて膝を叩いて俺を呼ぶ。

 どうやら膝を貸してくれるらしい。


 「ありがとうお母さん」

 「はいはい。それじゃ読みましょうか」

 「はーい」


 俺は本を開き、詠唱と基本魔法の項目をなんとなく読み進める。

 やっぱり詠唱がネックになるか……魔法はそこそこにして剣を覚えるのが面白いかなと思いつつ、ふと母さんに尋ねてみる。


 「そういえばお母さんは魔法を使えるんだっけ?」

 「え? そうね、少しなら使えるわよ。見せてあげましょうか」

 「うん!」

 「イリーナもどう?」

 「え、えっと……よろしいのでしょうか」

 「見たい見たい!」


 俺がイリーナのスカートを引っ張ると、仕方ないといった感じで微笑み、さっきの巻き藁の残骸を目標に見立てて手をかざす。


 「『激なる火の鼓動、目の前の障害を破壊せよ』<ファイアーボール>!」

 「『水よ、そのささやかなる力を我に』<アクアフォーム>」

 「おお!!」


 母さんとイリーナが魔法を使った瞬間、手のひらに魔力? が収束し、詠唱の間それぞれの魔法を形どっていく。

 イリーナのファイアーボールが巻き藁にヒットすると、爆発を起こし燃え上がる。 

 そこへ母さんの水魔法で出来た大きな泡が包み込んで消化する。


 「……!!」

 「どうだったアル? あら、震えているの? ごめんね怖かったかしら」

 

 母さんが心配そうに俺の頭を撫でるが、そうじゃない。興奮しているのだ。


 「めちゃくちゃ凄かった! 僕も魔法を使いたい!」

 「あらら、全然怖がってない……奥様、アル様は好奇心の塊ですね」

 「元気で育ってくれればなんでもいいわよ。それじゃ使えるようにお勉強しましょうね。……アル?」


 俺は巻き藁に向かって手を向け、イリーナの真似をしてみる。


 「えっと……こうして……『火の鼓動』<ファイアーボール>!」

 「え?」

 「え”!?」

 「ええー!?」

 「あ、あれ!?」


 マイヤの声がひときわ響く。

 驚くのも無理はない、俺も驚いている……なんせ発動できた上に、ぶっとんだのはイリーナが出した野球ボール程度のものではなく、サッカーボールくらいあったからだ――

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