9.家族の団欒とお爺ちゃん


 「北方のルグムルブグ国はいかがでしたか?」

 「今のところ問題はないな、友好国としての『形』はしっかり取っている」

 「お父様のお仕事はなんだったのです?」

 「フッ、流石に娘のお前にも言えんよ」

 

 見上げると目は鋭いが、娘である母さんを見る表情は優しかった。親父と話す時も穏やかなので駆け落ちしたということは無さそうだ。


 「……まあ、気を付けるとすれば西方のキンドレイト王国だろうな。あそこは国王が変わってからいい話を聞かん。今回の遠征で立ち寄ったのだが、物々しい雰囲気だった。よもや戦争を仕掛けてくるとは思えんが……」

 「怖いですね……お義父さんは最前線に居ることが多いからお気をつけて」

 「ふん、お前に心配されるほど弱ってはおらんよ。それに可愛い孫の手前、活躍を目に焼き付けてもらわんとな」

 「わ!?」


 爺ちゃんは俺に頭をぐりぐりと撫でながら歯を見せて笑う。前世の爺ちゃんとは仲が悪かったから少し新鮮で複雑な気分だ。

 

 「あ、将軍ってことはおじいちゃんって強いんだよね! 剣の扱いとか見てみたいな」

 「お、おお、構わんぞ。……というかマルチナよ、この子は三歳じゃなかったか?」

 「ええ、そうですよ。アルは賢いんですよ、歩き始めたのは数か月で、物語の本はもう完璧に読めるんです」

 「ほう……!」

 「魔法の本もさっき読もうとしていたんですよ。なあ、アル」

 「うん! これ!」


 俺が本を見せると、ぱらぱらとめくって口元に笑みを浮かべながら俺の頭に手を乗せる。

 

 「これが読めるのか?」

 「う、うん」

 「ライアス、マルチナ、この子は天才かもしれんな! 将来が楽しみだ!」

 「ええ、ゆっくり育てていきますわ」

 「この辺も魔物が増えてきたから、剣は教えてやりたいのう」

 「お父様、アルを騎士にしようとしていません?」

 「おおう……怖い顔をするなマルチナ……」


 母さんがやんわりと笑うと、親父と爺さんも笑い和やかなムードになる。

 その後は婆さんの話や、俺を連れてライクベルンの王都へ行こうなど大盛り上がり。

 俺はずっと爺さんの膝の上から降ろしてもらえず、苦笑するしかなかったけど、仲の良い家族というのは気持ちがいい。


 「今日は泊って行かれるのでしょう?」

 「うむ、アルともう少し一緒に居たいから部隊は宿に待たせている」

 「連れていただいても良かったんですけど……」

 「家族の団欒を邪魔したくないと、イーデルンが申し出てくれたのだ」

 「ああ、あの方なら言いそうですわ。それではごゆっくり休んでください。イリーナかマイヤに部屋を用意させますわ」


 母さんがそう言って部屋から出ると、今度は爺さんが俺を肩に乗せて立ち上がる。

 

 「おじいちゃん?」

 「どれ、長居もできんしアルにワシの剣を見せてやるとしようか」

 「いいの?」

 「はは、お爺ちゃんはこの国で一、二を争う騎士なんだよ。まだアルには凄さが分からないと思うけど」


 困った顔で笑う親父に、言い出したら聞かないし付き合ってあげようと暗に言っているような感じがして俺は胸中で笑う。

 俺も剣は使っていたから、興味はある。……ま、俺は褒められたものじゃないだろうけど。


 そんな気持ちをよそに、爺さんは軽い足取りで庭に出る俺達。親父も仕事が終わったからか、一緒に居る。

 この屋敷は町の中に位置していて、外に出たことはないけど門から見た景色はキレイな町だったと記憶している。

 ただ、三歳の俺はまだここだけで十分な世界だけどな。


 「あ、マイヤだ。おーい!」

 

 洗濯ものを干しているマイヤが目に入り爺さんの肩で手を振ると、こちらに気づいたマイヤが近づいてくる。


 「アル様! お部屋でご本を読むんじゃなかったんですか? アルベール様、お久しぶりでございます」

 「本は持っているよ」


 俺が本を見せるとマイヤは笑い、スカートをつまんで爺さんにお辞儀をする。

 

 「うむ、少し大きくなったな」

 「ありがとうございます。わたしも十五になりますので」

 「そうか、そうだな。アルをよろしく頼むぞ」

 「はい! やんちゃでちょっと目を離すとどこかへ行っちゃうのでこまってますけどね!」


 俺に目を細めながらにやりと笑うマイヤにぎょっとして片手を振って否定する。

 むう、マイヤのくせに生意気な……追いかけっこで掴まえられなかったことを根に持っているな。


 「や、やめてよマイヤ」

 「ふぁっはっは! 男の子は元気なのが一番だ! よし、アルを頼む」

 「はい。よっと、まだまだ軽いですね」

 「むー、えい」

 「ひゃん!? む、胸を触りました!?」

 「むね?」

 「う、可愛い……、まあ、三歳にそんな知識はないですよね」


 まだまだ胸は成長していないな、お互い様だ。とりあえず可愛い顔で誤魔化して溜飲を下げていると、いつの間にかどこかへ行っていた親父が、棒に藁を括り付けた、いわゆる巻き藁のようなものを持ってきた。


 「やあ、倉庫にありましたよ」

 「お前……たまには剣の稽古もしておけよ? 駐留兵は居るが家族を守るのは家長の役目ぞ」

 「あ、あはは……やぶへびだったかなあ……」

 「お父さんも剣を使えるの?」

 「うーん、僕は剣がそんなに好きじゃないからね。アルと一緒で本を読む方がいいかなあ」

 「後で少し見てやる。……その前に、アルにワシの雄姿を見せねばな!」

 「わー!」


 俺がマイヤの腕の中で拍手をすると、爺さんは俄然張り切って剣を抜き、巻き藁の前に立つ。


 「……!」


 その瞬間、周囲の空気が張り詰め温度が下がった気がする。この人は、ヤバイぞ……


 そして気合一閃――

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