バレバレ

 複雑な依頼をしているわけでもないので、散髪は順調に行われていった。チョキチョキと髪を切り、髪をすいて、ボサボサで伸びっぱなしだった誠二の髪は清潔感を取り戻す程度には短くなったのだった。場所を移動しシャンプーをしてもらい、ドライヤーで乾かし、合計で三十分くらいで散髪は終了するのだった。


「ありがとうございます。おかげでかなりすっきりした」


「どういたしまして」


 そう言われながら、髪が短くなったことで、誠二は少しだけ鬱屈していた気持ちが改善したような気がしたのだった。


「すいませんでしたね。営業時間前なのに」


「いいえ、そこの子相手にはしょっちゅうだったから」


 粟飯原が指さしていたのは、少女だった。

 第三者として話を聞いている限りでも、粟飯原と少女が仲睦まじい様子なのはわかったが、どうやら少女はこの美容室、もしくは粟飯原にVIP待遇をされるような子らしい。そう思うと、二人の仲の良さがより伝わって、誠二は思わずほっこりしてしまうのだった。


「じゃあ、お会計をお願いします」


 誠二は言った。

 髪もさっぱりして。後はあそこで寝ている少女を起こして、遊びに繰り出すだけだと思っていた。


「お代は良いですよ」


 しかし、粟飯原がそんなことを言い出すのだった。


 唐突な申し出に、誠二は戸惑った。


「いいえ、そんなわけにはいきません。髪だけでなく、つまらない話まで聞いてもらったわけですし」


 誠二は頑とした。

 ブラック企業勤めで薄給だと言われているようで、少しだけ癪だった。


「大丈夫ですよ。そのつまらない話をしてくれたお礼です」


「むむ」


 そんなつもりでつまらない話をしたわけではない。誠二は、どう言って粟飯原を丸めこもうか、考えようとしていた。


「……じゃあ」


 そんな中、折衷案を申し出ようとしてきたのは、粟飯原の方だった。


「また、そのつまらない話をしに来てください」


 それはつまり、このお店の常連になってくれ、と言う意味。


 誠二はしばらく不服そうにして、まもなく苦笑した。


「わかりました。そうします」


 そんな一連のやり取りを終えて、誠二は粟飯原に一つ会釈をした。お礼と今後の挨拶のつもりだった。


 粟飯原は、微笑んでいた。


 誠二はお出掛けを再開するため、少女に近寄った。少女は、長椅子に深く座りながらすっかりと熟睡しているようだった。

 なんだかここで起こすのが少し可哀そうだと思うくらいの熟睡ぶりだったが、誠二は長居するわけにもいかないから少女を揺すって起こすのだった。


「んあ……」


 しばらくして、少女が虚ろな瞳で目を覚ました。


「終わったぞ」


「……誰?」


「誰って」


 誠二は苦笑した。


「あんたのお兄ちゃんでしょうに」


 粟飯原も、呆れたように言った。


「お兄ちゃん?」


 虚ろな瞳で、少女は続けた。


「あたしにお兄ちゃんなんていな……っ」


 パチン、と音が鳴るくらい、勢いよく誠二は少女の口を塞いでいた。

 背中に冷たい汗が伝っていた。手には、少女が寝ている内に垂らしていた涎が付着した。


 聞かれたか。

 聞かれちゃいけないやつ、聞かれたか。


 誠二は、恐る恐る粟飯原を見た。


 粟飯原は目を丸めていた。




「……ま、随分と見違えたよね」




 ……どうやら明後日の方向に自己解釈してくれたようで、誠二はホッと肩を下ろした。


「……あー。あ、お兄ちゃん。おはよう」


 事情を思い出したらしい少女が、笑顔を引きつらせながら言った。


「うん。おはよう。随分と見違えただろう? じゃあ、行こうか」


 このままここにいてはボロが出る。そう思った誠二は、捲し立てて少女を急いで立たせるのだった。


「じゃあ、粟飯原さん。今日はありがとう。また来ますっ」


 誠二は、少女の手を引きさっさと店を後にした。


「あ、ちょっと……」


 残された粟飯原は、脱走を企てる逃走者のように足早に店を後にする二人に、成す術はなかった。


 先ほどまでの。

 営業時間外にも関わらず、騒がしかった店内が急に静まり返っていた。


 しばらくして、聞き慣れた静かなBGMが粟飯原の耳を突いた。このお店は、美容師として数年のキャリアを詰んだ粟飯原が個人で営む美容室。知る人ぞ知る美容室だが、常連客が多く支出で困ったことは一度もなかった。

 そんなお店故、雇われの美容師はこのお店には存在しない。全ては一人。粟飯原の裁量でこのお店は賄われている。


 まもなくに迫った営業時間。

 完全予約制のこのお店で、今日何人の何時にお客がやってくるのか、は粟飯原は全てをインプットしていた。

 まもなく、今日最初のお客がやってくる時間。


 いや、今日最初のお客は、誠二だったか。


 ……粟飯原は、営業時間に差し掛かる直前。今日最初のお客となったあの二人組のことを、思い出していた。


「まったく」


 そして粟飯原は、腕を組んでため息を吐いた。




「兄妹とは、下手な嘘を付くもんだ」

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