お出掛け
「……あれ?」
扉を開けると、少女の間抜けな声が聞こえてきた。
「ただいま」
靴を脱いで、リビングへと誠二は向かった。
パタパタと、誠二を出迎える足音がやって来た。
「おかえり。早かったね」
少女だった。
「うん。会社、休みだったんだ」
「え……創業記念日?」
「いや、休業日」
「……へえ」
休業日が何か、少女はイマイチ見当がついていないようだった。しかしそれに気付いていない誠二は、それが何かを少女に教えることはしなかった。
いつもの会社用のリュックサックを部屋の隅に置き、誠二は久しぶりにクローゼットを開けた。衣替えの時以外、誠二は洗濯した服を部屋干ししたままにしていたから、それを着回すだけで、クローゼットにお世話になることがなかった。だから、ここを開けるのも誠二は久々だった。
クローゼットの中は、少女の手が入っていた。衣装箱に丁寧に畳まれ仕舞われている衣類。衣装箱の上に並べられた、誠二の鞄類。そして誠二は、ハンガーにかけられたスーツがないことに気が付いた。
「スーツは?」
「あれ、着るの?」
「……いや、なかったから気になっただけ」
誠二はそう言ってから、ここまで部屋をキチンと整理してくれた少女に対して、疑いをかけたようなことを言ってしまったことを悔いた。
「クリーニングに出してるの。コート類もまとめて」
「……ああ」
言われてみれば、ダウンジャケット、大学時代に着ていたダッフルコート、Pコートもそこにはなかった。
「そうなんだ。ありがとう」
「いいえ」
一瞬、思考が明後日の方向に向かっていることに、誠二は気が付いた。元々誠二がクローゼットを開けたのは、スーツを着るためでもコートを着るためでもない。
誠二がクローゼットを開けたのは、お出掛け用のトートバッグを取り出すためだった。
「その鞄可愛いよね。ちっちゃめで」
薄ベージュ色のトートバッグを見て、クローゼットを整理した時に見ていたであろう少女からお褒めの言葉を頂いた。
少しだけ、誠二は照れくさいような感情を抱いた。
しかし、首を振ってそれを制した。
「出掛けよう」
「え」
突拍子もない誠二の提案に、少女は驚いた様子だった。
「今日、休みだからさ」
「……折角の休みなら、寝ていた方が良いんじゃない?」
日頃誠二の睡眠時間を知る少女からそんな提案が出るのは、至極当然。
「いや大丈夫。一度起きたら夜まで眠くないんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
それは、職場にいる時に感じていた誠二の本音。
「……でも」
しかし、それを聞いても尚少女は誠二の提案を頷こうとはしなかった。
「……いつまでも部屋着と制服だけってわけにはいかないだろう」
そして誠二は、少女を指さしてそう言った。
少女の格好は、誠二から譲られた男用のTシャツとスウェットのズボン。突発的な家出だったのか、少女は制服以外の衣類は持ち合わせてはいなかったのだ。だから誠二から借りた衣服を着回しているのだ。
「あたしは大丈夫だよ?」
少女は、自分のために外に出ようと言ってくれている誠二に少し驚いて、そして委縮しながらそう言った。
「良いから」
中々譲らない少女に、誠二は続けた。
「日頃部屋の整理を買って出てくれているお礼だよ。服くらい買わせてくれ」
そう言うと、しばらく少女は逡巡した。
少女は、上目遣いに誠二を見ていた。まるで探っているようだった。
「わかった」
しばらくして、少女は言った。
「着替えるから、少し良い?」
「ああ……下で待ってるよ」
誠二は、部屋の外を指さして言った。
「わかった。着替え終わったら行くね」
「うん。鍵閉めてきてくれ」
「うん」
逡巡していたものの、すっかりと少女はお出掛けを楽しみにしているようだった。そう思わせる微笑みに、誠二は提案した甲斐があったと、そう思わされるのだった。
鞄を持って、外に出た。
出社日なら、そろそろ部屋を出ないと始業時間に間に合わない。数人、この時間に会社に向かう社員がいることを誠二は知っていた。しかし、エントランスで待っていても、社員寮から社員が出掛ける様子はない。今日は本当に休業日のようだ。
いつ振りかの休みに、誠二は少しだけ感慨深い気持ちになっていた。
「お待たせ」
しかし、しばらくして出て来た少女に、その気持ちも薄らいだ。
「……何だ、その帽子は」
思わず、呆れ声が出た。
少女の出で立ちは、いつの日か出会った時の制服に。
マスク。
赤色のフレームの伊達眼鏡。
そして、黒の帽子。
マスク。眼鏡までなら許容出来たし、なんとなくそれを身に纏った理由も頷ける。少女は家出をしている身。恐らく、どこで誰と会うかわからないから、変装をしているのだろう。
少女は、いきなり誠二に結婚を迫るような突飛な少女だ。そんな突飛な行動に出なければいけないくらい、少女は何かから逃げ出したかったのだと誠二は時たま思っていた。だから、何かから逃げるために変装をする意図は理解できる。
「あ」
ひょい、と誠二は少女から帽子を取り上げた。
途端、これまでおっとりとしていた少女が、頬を膨らませて抗議の視線を誠二に送ってきた。
「女子の制服に帽子は、逆に目立つだろ」
言われて、少女は確かにと納得したようだった。
「被ってみて?」
そして、少女は楽しそうに誠二にそう提案してきた。
言われてそのままに、誠二は少女の帽子を頭に被せるが、女性用の帽子は小さくて、日頃の頭痛に加えて圧迫痛が誠二を襲った。
「アハハ。似合わない」
「余計なお世話だ」
誠二は、持参したトートバッグに帽子を閉まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます