休業日
中国メーカーのクレームによる特急対応のおかげで、何とか現状を凌げる程度まで部品の改善は進んだ。寸法の測定を終え、部品を国際便で発送し、まもなく三日。丁度中国に到着し部品が評価される頃。その頃まで客先からクレームの再電話が出ないところを鑑みて、誠二はなんとかメーカーが満足する程度の部品には仕上げられたのだなと状況を察したのだった。
次回の試作は、事前連絡だと二ヶ月後。落下試験。高温評価。メーカー曰く、部品はパソコンに搭載されるそうだ。故に、CPUの高温を加味して高温化でも正常に動くのか、輸送の時を考慮し落下しても壊れないかを調べられるそうだ。
二ヶ月あれば、当面はメーカーからの文句の電話も無くなるだろう。であれば、しばらくの間はこの仕事は放置で良いと誠二は考えていた。
こうして、いつも通りギリギリの中で一つの仕事を終えたものの、誠二は行き着く暇もありはしないのだった。
海外メーカーの金型を一手に引き受けさせられている誠二には、似たような遅延気味の仕事は山のようにあった。
月曜日から金曜日。
一週間の終わりに、誠二を除く社員は土日休みへと入っていくのだった。
しかし誠二には、勿論休んでいる時間など、ありはしなかった。
土日といつも通りタイムカードを切らずに出社し、深夜帯に帰路に着く。そんなプライベートが一切ない時間を誠二は送ったのだった。
「おはよう」
翌朝、誠二は殊勝な心掛けを持つ少女の声で目を覚ました。
「うん」
このまま寝ていれたら、どれだけ良かっただろうか。
そんなことを考えながら、布団から出たのだった。
「布団、そのままで良いよ」
「ありがとう」
誠二が少女にこうしてお礼を言う機会も、最初に比べたら随分と増えていた。
少女は、とても生真面目な人だった。
あの日以来、少女は宣言通りに誠二より必ず早く目を覚まして、朝ごはんを振舞ってくれて、少女がいない間であれば乱れたままだった布団を整えてくれて、夜には誠二が帰ってくるまで起きているのだった。夕飯を振舞い、食べ終わった食器を洗って、眠りに付く。それが、この部屋に来て以降の少女の行動となっていた。
献身的な少女に、誠二はすっかりと心を許し始めていた。だからこそ、当初は自滅するために匿った少女を、自分の意図したことをしてくれない人とわかってからも匿っているのだった。
「今日は何時くらいに帰ってくるの?」
「わからない。まあいつも通りの時間だろ」
「そっか。何か食べたい物ある?」
「わからない。そもそもお腹空いているかも、わからない」
少女は、曖昧な返事を繰り返す誠二にそっかと言って苦笑した。
誠二としてはありのまま、思ったことをそのまま全て伝えていたが、言葉はあまりにも無責任で、いい加減だった。人によれば怒りを買ってもおかしくないようなそんな発言だった。
しかし少女は、苦笑するだけでそれを咎めるようなことはしないのだった。
だから誠二は、自分の異常さに気付けない。彼が自己を振り返れなくなったのは、多分今の職場に勤め始めてからだった。
それでも以前に比べて自分の生活が楽だと彼は思っていた。それは全て少女を匿ってからだと言うことは、さすがの誠二でも気付いているのだった。
仕事へと向かう電車に乗り込み、誠二は会社の最寄り駅に辿り着いた。
いつも通りの、悪夢のような辛い時間がまもなく始まろうとしていることに、少しばかり誠二は辟易としていた。
が、まもなく誠二は異変に気付いたのだった。
誠二の会社は、白色の家屋が手前に、奥に加工現場となるトタン屋根の家屋が二つ並んでいるような配置になっていた。白色の家屋の更に前には従業員や来客が止める駐車場が並び、入口には門扉がある。
いつもなら、その門扉が三交代制の守衛により開いているはずなのだ。
しかし今日は、その門扉が開いていることはなかった。
駐車場に車が停まっている気配はない。ただそれはいの一番に出社する誠二にしては見慣れた景色。しかし門扉が開いていないことを加味すると、早朝故に辺りが静まり返っていることも相まって、通い慣れた職場が異様な空間に包まれているような気がしてくるのだった。
試しに門扉を押したり引いたりしてみるが、開く気配はなかった。どうやらしっかりと施錠されているようだ。
しばらく誠二は考えた。
何か忘れていることがありはしないか、と。
「あ」
そして、思い出すのだった。
昨今、世界情勢は悪化の一途を辿っている。景気は悪くなるばかりだし、贅沢をする金もないと不満を漏らす社員だっている。
その世界情勢の影響を、誠二の会社はモロに受けていたのだ。
誠二の会社は、所謂BtoB企業。企業を相手取って商売をする会社だが、その上流に当たるBtoCの会社が不景気であれば、その影響を受けることは何も誠二の会社に限った話でもない。
そうして、受注してきた仕事が減ってきている状況を後押しするかのような慢性的な半導体不足。
誠二の会社は、今月から二度の休業日を設けることになったのだった。
そして今日は、まさしくその休業日。
休業日とは、有給休暇とは異なる。社員の営業日を減らすことで人件費を減らせて、かつこうして誰も入れないようにしてしまえば守衛も不要。諸々の機械も止めれて電気代だって減らせる。
その代わり、社員は営業日が減った中で休業日がないだけのパフォーマンスを示さないといけないわけだが、そんなこと管理者達はどうでも良いのだ。
「困ったな」
誠二の頭を真っ先に駆け巡ったのは、どうやって仕事をするか、と言うことだった。が、まもなく会社に入れないのであれば仕事をすることは不可能であることを悟らされるのであった。
「帰ろう」
渋々、誠二は帰路に着いた。
帰って何をするか。
誠二はそんなことを考えていた。
最近、少女を匿って以降、以前よりも随分と生活が楽になってきた。だから、折角の休みを部屋の掃除だけで終わらせるだなんて、そんなしょうもないことで終わることは今回はない。
ただ、そうであれば一体何をして時間を潰せば良いか。
この会社に勤めて以降、まともにプライベートな時間を取れていない誠二は、すぐにそれを見つけられずにいたのだった。
「そうだ」
ふと、誠二は一つの案を思いついた。
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