第2話 カツ丼(カツ2切れのみ)

 クローゼットの中から出てきた女の人は僕と同じぐらいの背で髪はセミロング、目がパープルというとても印象的な美人さんだった。


 お互い目の前で呆然と立ち尽くしているが、彼女の目もまんまるで本当に驚いているのがわかる。だかイケメン男と違い彼女はどうやら直情型だったようだ…いきなり僕に殴りかかってきた。


「この泥棒めが! 我の部屋に勝手に侵入しよおって!」

 彼女がいきなり右ストレートを繰り出してきた。僕はとっさに顔を守ろうと防御の姿勢をとったが間に合わない。殴られ…


バチチチチチ


「な、物理障壁だと! くそ、こしゃくな。」

 彼女のパンチは僕の手前の見えない壁によって防がれたようだ。物理障壁って何? 現代日本では聞きなれない単語だけど。


「それならば、貴様を消し炭にしてやるぞ! インフェルノ!」

 パンチが効かないと悟った彼女は憎々しげな表情で手を差し出し何か呪文名を叫んだ。何が何だかわからないが僕はまた目をつむり防御の姿勢をとるが、一向に何も起こる気配はない。


 恐る恐る目を彼女に向けると彼女は両手を見つめ、わなわなしている。


「なんだ…と、完全魔法遮断なんて事がありうるのか…。」

 完全魔法遮断って何? 現代日本ではまず聞いたことない単語だけど…。謎が謎を呼んで謎まくりの今現在、男の謎もままならぬままに、いきなり現れた女の謎もままならない状態に…言ってる本人も何がなんだかわけがわからないままに。

 

 …謎多すぎね? このまま謎が解明されず事件は迷宮入りするか、ちびっ子名探偵に託す二択しかないと思案中の僕の沈黙をやぶったのは…


「おい、女。どうやらこの異世界では魔素が極端に少ないみたいだ。だから俺達の世界の魔法は発動しにくい状態みたいだな。あと、この部屋では人を傷つける行為のみに物理障壁がかかるらしい。」

女はその発言によって初めて僕以外の人間を認識したようで…


「異世界だと、俺達とは…貴様も我と同じ世界から来たのか?」

「ああ、たぶんそうだ。お前がさっき使おうとした魔法インフェルノが俺の知っている第8界火魔法の構築式だったからな。」


 …おい! そんなヤヴァ目な魔法をこの狭い1DKの部屋でぶっ放そうとするなよな。この部屋のみならず、マンションごとまとめて炎上しちゃうだろうがよ。


「何だと! では我の最大最高の火力、第10界火魔法デフォルノスフィアではどうだ!」

「威力の問題じゃあ無さそうだぜ。魔法だけじゃなく俺の最高の物理攻撃である必殺大撃波烈斬剣アルファでも傷一つつかないだろうぜ。」


 …その技名くっそダサくね? 異世界ではかっこいいのかな?


 二人が僕をそっちのけで議論を交わしてるとまた僕のくぅぅぅ〜とお腹が鳴った。さっきから常識を逸する出来事ばかりで忘れていたが夕食を食べようと思ってから1時間以上経っている。イケメンにけるぶんのカツ丼をもう一度温め直す途中だったので二人を余所に、カツ丼を持ちキッチンへと移動しようとしたら…


「何だそのうまそうな匂いの食べ物は?」

 女はカツ丼にくっつきそうなぐらい顔を近づけてガン見した。


「えっ僕の夕ご飯なんだけど…あなたも『食べたいぞ!』食べたい?」

 女は僕が食べたいのかと聞く前に答えた。


 …しょうがない。


「このカツ丼を三人で分ける事になるから量は少ししか分けれないからね。」

 と僕は一応二人に了承を得た。まあ例え嫌だとゴネてもじゃあ分けて上げないという選択しか無くなってしまうのだけれども。あくまでもこのカツ丼の所有権は僕にあるのだから。


 僕はカツと卵とじの部分を再度鍋に戻し、卵と玉ねぎを追加して温め直す。ご飯も冷凍してあったご飯をチンして追加した。カツは増やせないからそれ以外で傘ましをしないとこのままでは全然足りないしね、僕自身も。


 僕は温め直している間、横目でチラッと男と女を盗み見する。ガン見ではなくあくまでもチラ見だ。先ほどまではバタバタして考えるどころではなかったが、こうやって改まって見ると二人ともものすごい美男美女だ。まるで…まるで…ごめん、全く例えが思い浮かばなかった。まるで宝石箱や〜ぐらいしか思い浮かばなかった。とにかく美男美女だ。


…ボキャラブラリーが貧相ですまん。


 異世界人っていうのももちろん突拍子もないのだが、あの二人を観察しているとあながち嘘ではないような気がする。ありえないくらい整った容姿もそうだが、彼らの身にまとっている装備品などがなんというか現実離れしていて普通ではないのだ。


 チープじゃ無いと言ったほうがいいのか、即席で作られたコスプレなどとは全然違う。高級感溢れる素材、おろし立ての新品ではなく使いこまれている適度な使用感などが信ぴょう性を増している要因の1つでもあった。


 平凡な僕を驚かせる為だけに、何時間もベランダやクローゼットの中で美男美女が待機していたと考えるほうが不自然だろう。まあ、それが本当だったらそれはそれで面白いから有りなのだが。


 などと考えていたらいい具合に温まったので3つの器にご飯を敷き、カツを三等分(まあ1人2切れぐらいしかないんですけどね。)して2人が待つ小さなテーブルの上に置いた。


「じゃあ、いただき…って箸使える?」

二人同時に首を横に振るので、フォークとスプーンを出して食べてもらう。


「じゃあ、いただき…」

 僕が手を合わせている間にもう二人は食べまくっている。はやっ! そんなにお腹空いてたの? 二人に遅れて僕はゆっくり食べ進めた。ん、あそこのスーパーの惣菜は安いのにうまい! このカツも見切り品で夕方30%OFFだったが卵に閉じられてしっとり肉柔らかだ。


 でも僕はそんなメインの肉よりも玉ねぎの方が好きだったりする。この甘辛い出汁に浸したシャキシャキの新玉ねぎの甘み、むしろカツ丼カツ抜きでもいいぐらいに僕は玉ねぎが好きだ〜〜〜。


 なんて思いながら食べていたが、静かな二人に気づきふとカツ丼から視線を戻すと…


 二人はじっと僕を凝視していた。いや、正確には僕の食べかけのカツ丼を凝視していた。


「何これ? めっちゃうまい。こんな料理食べた事ない…。」

「はっ、いつの間にか無くなっていたのだ。食べた記憶がないのだぞ!」

 二人ともご飯粒を顔につけたままで美男美女が台無し〜〜〜!

 

「いや、あげませんよ。これは僕の夕ご飯なんですから! 今日はこれだけしか無いんですから!」

 二人揃ってあからさまに落ち込んだ様子を見せる。


「全然足りないなぁ…ひもじいなぁ…」

イケメン男がめっちゃチラチラっと上目づかいで可愛く言ってくる。うぜ〜〜! あとイケメンは許さん。


「おかわりを所望するぞ! 断固として譲らんぞ!」

美女はなぜか上から目線の強気発言。まあ美人だから許すけども。


はあああああああああ、僕は大きくため息をついた。



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