エピローグは彩やかに賑やかに幸せに

「ただいまー、戻ってきたよー!」


 文書を渡り歩き、リリアーナとリエラの名前を消して書き換え。リエラに繋がりそうな文は違和感のないように消去して。それを余計な魔力を流さないように、狂わせないように慎重に、慎重に。

 そしてようやく現実の世界へと降り立った。


「リエラ様おかえりなさい」

「うん! ただいま」


 待っていてくれたキースに微笑む。


「全部終わったよ。ぜーんぶ書き換えたよ!」

「お疲れ様でした」


 晴れやかに微笑んだ。


「これで帰れますね」

「ホントだね! 王宮の暮らしは豪華だったけど肩凝っちゃった。やっぱり私はあの屋敷で暮らしてる方が合ってるよ」


 肩をほぐす仕草をすればキースはくすくすと笑った。


「……でも、キース本当にいいの?」

「もちろんですよ。リエラ様の側にいるって言いましたよね」

「うん、ありがとう」


 リエラはキースに最終確認をした。リエラにはやりたいことがある。キースはそれに付き合ってくれるのだ。

 目を閉じて微笑んだ。

 ――ここから新しく始まるんだ。


「最後に王宮を出る前に挨拶してきたい人がいるの」






「ルイーシャ!」

「まあ、リエラ」


 お茶の時間を見計らってルイーシャに会いに行く。

 王宮にいる間は度々会ってはお茶をしていたのだ。

 ルイーシャに会うときは屋敷にいるような感じだった。いつものように取り留めもない話をしてとても楽しかった。


「今日ね、全てが終わったから挨拶に来たの。私、帰るね」

「そう……。寂しくなるわね」

「うん……」


 きっとルイーシャにはほとんど会えなくなってしまうだろう。ルイーシャはこれから王太子妃としての生活が待っているのだ。

 これまでの日々に思いを馳せる。

 ルイーシャと過ごした日々はとても楽しいものだった。

 会えなくなっても友達だ。友達の幸せは例え遠くからでも祈りたい。


「ルイーシャのこと応援してるね! きっとルイーシャなら素敵なお妃様になれるよ」

「ありがとう。わたくしもリエラのことを応援してるわ。困ったことがあったら助けますからなんでもおっしゃいな。絶対に駆けつけますわ」

「ありがとう! 私もだよ! ルイーシャに困ったことがあったら絶対に駆けつける」


 二人は目を合わせると微笑みあった。


「あ、そうだ。王太子様にもお礼言っといてくれるかな。国王様とあれだけ円滑に話し合いできたのは王太子様のおかげだろうから」


 きっとリエラだけだったら話を聞いてもくれなかったのではないだろうか。

 影で動いてくれたであろうローウェンに感謝をする。


「分かったわ。伝えておくわね」


 ルイーシャはにこやかに頷いた。


「わたくしもあなたにお礼が言いたいの」

「お礼?」

「ええ、街へ行ったとき、あなたは迷っていたわたくしに発破をかけてくださったでしょ? ほしいものがあるなら自分から取りに行かなきゃって。わたくし、それで目覚めましたのよ。今ここにいれるのはリエラのおかげなんです。……だからありがとう」

「ルイーシャ……」


 まさか自分の言葉で人を変えることができるとは思わなかった。ルイーシャのその言葉にリエラの心は温かくなった。


「うん、どういたしまして」


 リエラは名残惜しむように席を立った。これ以上いたら帰りたくなくなってしまう。


「……それじゃあ、私、行くね」

「ええ。……さよならは言わないわ。きっといつか会いにいきますから」

「うん! またね! ルイーシャ」


 二人は最後に抱擁をすると満面の笑みで別れを告げた。


「ええ、また。あなたの行く先に幸多からんことを、この王宮から祈っていますわ」







「あ、ランベルトいた!」


 王宮の外れの騎士の宿舎の練習場でランベルトを見つけた。


「……リエラ」

「会えなくてずっと探してたんだよー。なんでこんなところにいるの?」


 王宮の端だ。国王の親衛隊というなら中央にいると思ったのに。


「……任務に失敗しまくってるからな。少し鍛え直せってしばらくの間、別部署に配属になったんだよ」

「あ、あはは……」


 任務とはリエラの暗殺のことだろう。思えば十年以上逃げ切っているということは裏を返せば暗殺者が失敗しまくっているということだ。ランベルトたちは国王に罰を与えられたのだろう。

 謹慎で済んで本当によかった。


「でも会えてよかったよ! ここまで探して正解だった」


 最後に会ったのは玉座の間でだ。それも声を交わすこともなく目を合わせることもなかった。それでは寂しいからどうにかひと目でも会いたかったのだ。


「……あのなあ、俺はリエラが会いたくないだろうと思って避けまくったんだよ。嫌だろ? 長年命を狙ってた奴に会うのは」


 ランベルトは呆れたように言う。


「うーん、確かにそうなんだけど、でもランベルトはたくさん助けてくれたし。本当はとても優しいのは知ってるから」

「そうかよ」


 屋敷での日々、ランベルトは何度もリエラを助けてくれた。任務のためだったとはいえ周りに気を配り常に賑やかに盛り上げてくれた。

 その優しさは嘘ではないと思った。例え嘘だったのだとしてもリエラはランベルトに感謝したことだろう。本当に優しい人だということを知ってしまったから。

 きっと恨み続けることはできないのだ。


「私ね、全てが終わったから帰るね」

「そうか」


 ランベルトは気まずそうに首を掻くとリエラに目を合わせた。


「ホント、俺が言えた義理じゃねえってのは分かってんだけどな」

「ん?」

「幸せになれよ。今まで辛かった分、世界一幸せになってやれ」

「ランベルト……」


 伝えてくれた言葉に目を開く。幸せを祈ってくれたランベルトに笑いかけた。


「うん! 絶対幸せになるね!」


 にこやかにリエラが頷けばランベルトは表情を弛めた。


「ランベルト、今までありがとう!」


 晴れやかに笑って伝えればランベルトは目を見開く。そして柔らかく表情を変えると爽やかに笑った。


「ああ。元気でな!」







 カタリと旅行鞄を置いた。


「ただいまぁ。帰ってこれたねぇ」

「とても久しぶりな気がしますね」


 二人は屋敷へと戻ってきた。

 ひと月ほど屋敷を開けただけだったが静かなここはどこかよそよそしく感じる。


「思ったより時間かかっちゃったから能力が消えちゃいそうで焦ったよ。あとひとつくらいしか入れないかも」


 リエラの髪と瞳はほとんど茶色く変わっている。

 綴り手の能力はほとんどなくなってしまっているようだ。リエラはもうすぐなんの魔力も持たなくなるだろう。


「最後にね、入りたい本があるの」


 リエラとキースは図書室に移動すると一冊の本を取り出した。


「これね、アリストがくれたんだ。父様の日記だって。ダリウス皇家にあったものを渡してくれたの」


 ダリウス帝国の王宮で所蔵されていたものらしい。ここにあるより娘のリエラが持っていた方がいいだろうとロンに預けたのだ。

 信書を持ってきたロンはこの日記も渡してくれた。


「父様は話には聞いたことあっても顔を見たことなかったから。どんな人だったのか会ってみたい」

「そうでしたか」


 キースは微笑む。


「いってらっしゃい。ベルンハルト様は素敵な方ですよ」

「うん! いってきます」


 リエラは最後の本へと向き合った。

 魔力の制御はもう完璧だ。最後の力を振り絞って題名に指を添えた。


『ベルンハルト』


 パラパラとページが開きリエラは父の軌跡へと入っていった。





 色とりどりの花が咲き乱れる。

 花の香りが濃くなった。リエラは花畑の少し外れた場所で佇んでいた。


「困ったわ。どうしましょう」


 声がした方を向けば花畑の中心にある木の上で一人の女性がおろおろしながら下を見下ろしていた。


(あれは、……母様?)


 若き日のリリアーナだ。

 リリアーナの手には子猫が抱かれていた。


「どうかしましたか?」


 そこに一人の青年がやってきてリリアーナに声をかける。


「あ、子猫が木から降りられなくなっていたので登ってみたのですが、今度はわたくしが降りれなくなってしまって……」


 恥ずかしそうに真っ赤になって説明するリリアーナに青年はふふ、と微笑むと両手を差し出した。


「でしたら、僕が受け止めますので飛び降りてください。絶対に受け止めますから」

「そ、そうですか? でしたら……えいっ」


 リリアーナが思い切って飛び降りると青年は頼もしく抱きとめた。

 二人はしばらくの間見つめ合う。はたと気付いたようにリリアーナは慌てて青年から降りた。

 その拍子に子猫はリリアーナの手から降りて逃げ去っていった。


「あ、あああの。ありがとうございます。ごめんなさい、重かったですよね」

「ふふ、いいえ。まったく。どこかの天使が舞い降りてきたのかと思いました」

「も、もう! からかわないでくださいな」


 リリアーナは真っ赤な顔を隠すように両手を頬に添えると、ちらりと青年を見た。


「わたくしはリリアーナと申します。あなたは?」

「僕は――ベルンハルトです」


 ベルンハルトは優しく微笑む。

 金色の髪に空色の瞳。目元はリエラそっくりで、とても優しそうな青年だ。


(父様……)


 リエラは幸せそうに目を閉じた。

 そこに一陣の風が吹くと花びらを舞いあげた。





 ――爽やかな風が白いレースカーテンを揺らす。


 日記から出てきたリエラはその勢いのままキースに抱きついた。


「ただいま!」

「わっ!」


 キースはその勢いにリエラを抱きとめたまま倒れた。


「おかえりなさい。お会いできましたか?」

「うん。声はかけなかったけどとても優しそうだった」

「そうでしたか」

「私、あんなに素敵な人たちの子どもとして生まれてとっても幸せよ!」


 リエラはにこやかに言う。

 幸せだ。ベルンハルトとリリアーナの子として生まれて。そして、こんなにたくさんの人と出会えたのだから。

 幸せそうに笑うリエラをキースは愛おしそうに見つめた。


「ねえ、キース」

「はい?」

「大好き!」


 キースは目を開いて驚いた。


「ずっと大好きだったの。ただのリエラになったら伝えようって思ってたんだ」

「リエラ様……」


 キースはリエラの頬に手を添えた。


「私も好きです。ずっとずっと。最初の本の中で出会ってから好きでした」

「ふふ、やっぱり覚えていたんだね」

「黙っていてすいません。あなたと過ごす日々の中でその想いはどんどんと募ったのですが、あなたは主でありベルンハルト様の大事なお子様だと思うと、想いを告げる訳にはいかないと思っていました。……ですが、ただのリエラになったのなら。想いを告げてよいでしょうか」

「もちろんだよ! キースの気持ち教えて?」


 図書室の床に座り込んだキースはリエラをそっと抱き寄せた。


「愛しています。ずっとリエラと一緒にいたい」


 二人は見つめ合うと照れくさそうに額を合わせた。そしてじっと見つめると目を閉じる。

 爽やかな風の入る図書室で二人の影はそっと重なった。






「キースー! 準備できたー?」


 リエラは別室にいたキースに声をかけた。

 今日は旅立ちの日だ。

 リエラの夢だった色んなところでたくさんの経験をするために旅に出るのだ。

 もちろんキースも一緒。

 リエラは身だしなみを整えるとカバンを持った。


「もう出発できますよ」

「じゃあ行こっか」


 リエラは今まで暮らしてきた屋敷を見上げる。

 ベルンハルトが用意してくれた屋敷は確かにリエラを守ってくれた。

 とても賑やかで楽しくて、だんだんと人がいなくなった屋敷。

 今日、最後に残った二人も屋敷を旅立つ。


 いつかオレリア王国に戻ってくるだろう。

 ただ、いつになるかは分からない。

 そのときまで束の間のお別れだ。


 狂いの図書は図書室にそのままにしてある。

 最後の綴り手がいなくなり狂いの図書が増えることはもうない。

 図書室にある本たちも時間の経過とともに魔力は薄れ、いつかは消えて普通の本に戻るのだろう。

 それまで誰もいなくなったこの屋敷でその時を待つのだ。

 ――静かにずっと。





 早朝の道を歩く。人通りは少なくてとても静かだ。

 透き通った青空は二人の門出を祝福しているようだった。

 優しい風が艶やかな茶色い髪を揺らす。


 リエラはキースより少し前を歩くとくるりと振り向いた。


「私ね、やってみたいことがたくさんあるんだ」

「ふふ、なんですか? リエラのやってみたいこと教えください」


 未来に思いを馳せて目を輝かせるリエラにキースは愛おしそうに微笑んだ。


「まずねー、海に行きたいな」

「そうですね。最初の行先は海のある場所にしましょうか」

「やったー! それとね、カフェにもたくさん行ってみたい」

「ふふ、私もお供します」

「料理が上達できるようになりたい!」

「それは……、程々にがんばりましょうね」


 ふふふと笑いながらこれからやってみたいことを、ひとつひとつ指を折りながら連ねる。


「それとね……」

「なんでしょう」


 ひそりと内緒話をするように声を潜める。

 キースはしっかりと話が聞こえるようにリエラの口元に顔を近づけた。


「赤ちゃんを産んでみたいの」

「リ、リエラ!?」


 真っ赤になったキースを目にしてリエラは艶やかに微笑んだ。


「ダメかな?」

「ダメ、じゃない、です」

「あはは、やった」


 赤い顔を隠すように片手で顔を覆う。その答えに軽やかな笑い声が響いた。




 空はどこまでも続く。

 天国まで届きそうなほど広い広い青空だ。


 ――ねえ、天国の父様、母様。

 辛いことも大変なこともあったけど、私とっても幸せだよ!

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狂える物語のなすがまま 藍沢椛 @aizawamomiji

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