すれ違う心が重なって
「随分と寂しくなったわね」
「うん……」
人の少なくなったリビングを見渡す。
少し前まで声の絶えない屋敷だったのに随分と静かになってしまった。
その中でルイーシャと二人お茶を飲んでいた。
「でも、ここにいるのは一時的なものでしたものね。仕方ないわ」
「そうだね。みんな事情があるんだし仕方ないんだよね……」
ルイーシャには詳しいことは話していない。
それでもなにか感じ取っているのか詳しく聞き出されることはなかった。
今もこうしてリエラのことを気遣ってくれるのだ。
「これ、リエラの好きなクッキーでしょう。お食べなさいな」
「ありがとう」
差し出されたクッキーをぱくりと齧る。
そして、お茶をひと口飲むと息をついた。
「きっと、いつかはルイーシャもここを出るんだよね」
「……そうかもしれないわね」
ルイーシャは考えるように目を伏せた。
「困ります! お引き取りください」
「ん?」
キースの声が響いた。
先程来客を知らせるベルが鳴ったのだ。いつもの配達業者かと思ったがどうやら違うらしい。
「ちょっとルイーシャ待っていて。一応この屋敷の主だし見てくるね」
「ええ、気をつけなさいね」
リエラはリビングを出ると玄関までぱたぱたと走った。
「リエラ嬢がここにいるのは分かっているんだ。出しなさい」
「ですからお会いさせることはできませんと申しているではありませんか!」
玄関に行けばキースは横柄な態度の男と押し問答をしている最中だった。
「キース、どうしたの?」
「あなたがリエラ嬢ですね?」
「はい?」
声を掛けるとすかさず問いかけられてたたらを踏んだ。
「我が主より話がございます。お通しください」
「え?」
リエラは困ってキースを見る。顔を見ればキースは苦い顔をしていた。
「こら、そんなに横柄にするものではないよ。済まないね、うちの従者が」
「い、いえ……」
困惑していると横柄な男の後ろから一人の男が姿を現した。リエラより幾嵩年上なのだろう男は金色の髪に深い蒼の瞳でこちらを見ていた。
お忍びなのだろう。地味な服装をしていたがひと目で高貴だと分かる佇まいをしていた。
「私はローウェン ハイツ オレリアというんだ。オレリア王国の王太子だよ。今日は君に話したいことがあってこうしてお忍びで来させてもらったんだ」
「王太子様……」
こくりと息を呑んだ。リエラを狙う人に近しい人物。――そして、リエラの従兄弟だ。
リエラは胸で組んだ手をぎゅっと握りしめるとローウェンを見据えた。
「分かりました。どうぞ、こちらに」
「リエラ様」
「大丈夫だよ」
心配そうに見るキースに大丈夫だと頷く。
「安心していい。リエラ嬢に手をかけることはしないよ。あくまで平和的に話をするだけだ」
「……かしこまりました」
応接室までローウェンを案内すると向かい合って腰掛ける。
「それで、お話とは」
「うん。今日はね、君に提案があって来たんだ」
「提案……?」
怪訝な顔で問いかければローウェンは鷹揚に頷いた。
「そう。リエラ嬢、僕と手を組まないかい?」
「え?」
にこやかに話される内容にリエラは首を傾げた。
「どういうことでしょうか」
「君の事情はある程度理解しているつもりなんだ。これでも王太子だからね。だから、君と父上の確執も理解している」
こくりと小さく頷く。
「だけどね、僕は父上の考えには賛同できない。僕はね、君を王家に取り込めばいいと考えているんだ。君が王家に入れば前代から続く長子の問題も解決する。君を殺してしまったことで後々発生するかもしれない問題に頭を抱えることもないと思うんだ」
穏やかに伝えられる内容に驚きを隠せない。
そういう考え方もあったんだ。
ずっと排除されるだけの存在だと思っていた。
「あの、具体的などんな風にするんですか」
「うん。リエラ嬢、僕と結婚しないかい?」
リエラは、はっと息を呑んだ。
「結婚……」
「そう。従兄弟同士だし問題ないからね。君と僕が結婚して子を成せば長子の問題は解決できる。君は命を狙われる心配はなくなる。それに、過去が少しでも違えば手に入っていたのかもしれない王宮の暮らしを手に入れることができるね。お互いに利があるとは思わない? 契約結婚だと思ってくれていいよ」
リエラは考える。魅力的な提案だとは思うが。
しかしと、首を振った。
「素敵なお話だとは思いますが、お断りします」
「……理由を聞いても?」
「私は王家と関わりたくないんです。私はずっとただのリエラだった。今もこれからもです。もう王家のことで振り回されたくないんです」
「……そうか。残念だよ」
ローウェンはリエラの言葉に頷いた。
「分かった。時間を取らせてすまなかったね」
「……いいんですか?」
「ああ。元々無理強いするつもりはなかったんだ。それにリエラ嬢から関わらないと聞けたしね。監視はつけさせてもらうかもしれないが、僕の提案を断ったからといってどうこうするつもりはないよ」
「ありがとうございます」
話のわかる青年らしい。安心させるように微笑むローウェンにリエラはほっと息をついた。
「……あの、王太子様」
「なんだい」
リエラはもうひとつ気になっていることがあった。
「ルイーシャという女性を知っていますか」
「なぜそれを……っ!」
街へ行ったとき、ルイーシャはローウェンの話をしきりに気にしていた。
それにルイーシャが買ったブローチ。金の縁取りに深い蒼の宝石が嵌ったものだった。今日出会って理解した。あれは王太子の髪と瞳の色だ。
リエラがルイーシャの名前を出すとローウェンは驚愕した顔をした。
「君、ルイーシャを知っているのかっ!? 彼女は今どこにいるんだ!?」
ローウェンは腰を浮かし前のめりにリエラを問い詰めた。
その様子にルイーシャを害する気はないんだと判断したリエラは本当のことを話す。
「ここにいますよ」
「ここに……」
ローウェンは力が抜けたようにソファに身を沈める。
「ルイーシャは元気かい?」
「元気ですよ。とても。会っていかれますか?」
「……」
微笑んで問えばローウェンは苦しそうな顔をして俯いた。
「……いや、僕は会う資格がない。ルイーシャとは婚約破棄をしてね。ルイーシャは修道院に行くはずだったんだ。行方が分からなくなってずっと捜していたんだがここにいたとは」
「そんな。ルイーシャも会いたいと思うんですけど……」
「そんなはずはないさ。とても手酷く婚約破棄をしたのだから。顔も見たくないはずさ。恨まれこそすれ会いたいだなんて思うはずがないんだ……」
「王太子様……」
苦しそうに微笑むローウェンに婚約破棄は本心ではないだろうと悟るも当人たちの問題に口を挟むことはできない。
リエラは口を噤んだ。
「リエラ嬢、ルイーシャに伝えてくれるかい。幸せに暮らしてほしいと。遠くから君の幸せを祈っていると」
「――そう思うなら、」
バァンと大きな音を立てて扉が開いた。その音に驚いた全員が入口に目を向けると鬼の形相をしたルイーシャが立っていた。
「婚約破棄などしなければいいじゃありませんのよーっ!!」
「ル、ルイーシャ!?」
ローウェンは目を白黒させて驚いた。
そして身の置き所がないようにそわそわと落ち着きなく動く。
「なんですのよ! 勝手に婚約破棄なんてして。わたくしがどんな気持ちだったか分かりまして!?」
「す、すまない。しかし、そうでもしないと君の身が危なかったんだ。王家の事情に君を巻き込みたくなかった」
「そんなの初めっから覚悟の上ですわよ! あなたと一緒に戦うつもりよ! ローウェンがいるからわたくしはがんばりたかったのよ!」
「し、しかし……」
「しかしもかかしもなくってよ!」
「ルイーシャ……」
ローウェンは先程までの余裕ある態度を脱ぎ捨てると涙目になった。ぐすりという音まで聞こえてくる。
「君はいいのかい? 君の意志も聞かずに婚約破棄までした情けない男だ。それでもついてきてくれるのかい?」
「ローウェンが情けないのなんて今に始まったことではないでしょう? それも全部含めてあなたがいいのですわ」
「ルイーシャぁ!!」
ローウェンは堪らずルイーシャに抱きついた。
ルイーシャは仕方ないと微笑むとローウェンの背中に手を回した。
「もう一度。もう一度、婚約してくれるかい。今度こそ君を幸せにする」
「ええ。今度はもう離さないでくださいね」
抱き合う二人をリエラは微笑ましく見つめた。
すれ違っていた二人がこうして元通りになることができて本当によかった。
「よかったね、ルイーシャ」
「リエラ、ありがとう。……そしてごめんなさい。わたくし、行くわね」
「うん。幸せになってね!」
ルイーシャはローウェンから離れるとぎゅっとリエラを抱き寄せた。
これでお別れだ。寂しいがルイーシャが幸せであればそれでいい。
「リエラ嬢。ルイーシャを助けてくれてありがとう。君は恩人だよ。それに今日、君の意志を確認することもできた。微々たるものだが君に害がないように取り計らってみるよ」
「ありがとうございます、王太子様」
そして王太子は城へと帰っていった。愛しいルイーシャを連れて。
「……行っちゃったね」
「そうですね」
がらんと静かになった屋敷。
あんなに賑やかだったのに二人に戻ってしまった。
「あんなに賑やかだったのにね。……寂しいな」
「リエラ様……」
「分かってたはずなのになぁ。いつかみんな出ていくって。でも、ずっとあの日々がずっと続くんだと思っちゃった」
いつまでもあの楽しかった日々が続くんじゃないかと夢見てしまった。泡沫のように消えてなくなった日々にリエラは涙を流す。
キースは何も言わずに抱き寄せた。
「ねえ、キースはずっと側にいてくれる?」
「もちろんです」
「ずっと。ずっとね」
「はい。ずっとお側に――」
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