明かされる真実と
馬を走らせ屋敷へ帰ってきた。振り向いても追っ手はいなさそうだ。
リエラとキースは門をくぐると馬から降り屋敷へ入った。
「……キース、どういうことなの。説明して」
「……それは」
追求するリエラに言い淀む。
あの人たちの仲間なのか、それならなぜリエラを助けたのかと聞きたいことはたくさんある。
眉を下げ口を噤むキースにリエラは前のめりになった。
「どうしてあそこにいたの」
「――それは僕が依頼したからだよ」
リエラは振り向いた。
奥からアリストがこちらへとやって来た。
ロンやヨハン、ヤコブもいるようで、リエラの無事に一様に安堵のため息をついていた。
「アリスト……」
「あまりキースを怒らないであげて。あの組織に潜入するように依頼したのは僕なんだ」
「どういうこと?」
首を傾げる。どういうことだろうか。
そうしているとアリストの後ろから影が飛び出してきた。
「リエラっ!!」
飛び出してきたルイーシャはリエラに抱きついた。
「ルイーシャ!」
「もう! どこに行ってましたのよ! わたくし心配で心配で。屋敷へ帰ってもキースはいないし、ランベルトたちはいつの間にかいなくなってるし!」
ぐすりとルイーシャは安堵の涙を流す。
ルイーシャとのお出かけ中に拐われたのだ。いきなりいなくなったリエラに驚いたことだろう。
とても心配させてしまったとリエラは抱きつくルイーシャの背中に手を回した。
「ごめんね、ルイーシャ。心配かけちゃって」
「本当よ! でも、無事に帰ってきてよかったですわー!」
うわーんと泣く。相当不安だったのだろう。
リエラが無事に戻ったことで緊張の糸が切れたらしい。
「ルイーシャを抑えとくの大変だったんだから。何度もリエラを探しに行こうとするからその度に説得するのに苦労したよ」
「当たり前じゃないの。リエラが危険な目にあってると思ったらいても立ってもいられませんわよ!」
ルイーシャはアリストに言い返す。
アリストがげっそりしている様子からして何度も探しに出ようとしていたのだろう。
涙で目を腫らしたルイーシャに微笑んだ。
「ルイーシャありがとう」
「当然ですわよぅ」
ルイーシャの優しさに涙ぐむ。
すでに号泣しているルイーシャと感動の再会を果たして抱き合った。
「――それでね、話を進めるけど」
「うん。そうだったね」
リエラはルイーシャを離して未だ泣いている彼女をソファへ座らせると背中をなでた。
「あそこにいた組織は僕の暗殺を企てた奴らと仲間なんだよ」
「え……」
告げられた言葉に息を呑む。
狂いの図書から助け出したときアリストは暗殺されかけたという話をしていた。
それと今回の誘拐がなんの関係があるのだろうか。
「ダリウス皇家にも色々あるって言ったよね。今、ダリウスは戦争賛成派と反対派で二分しているんだ。あいつらは典型的な戦争賛成派。リエラをオレリア王国の女王に挿げ替えたら裏で手を回しオレリア王国を掌握するつもりでいたんだろうね」
「そんな……」
だからダリウス帝国の子爵がしゃしゃり出てあんなことを言ってきたのか。
はなから女王になるつもりなどなかったが、頷いていたらと思うと冷や汗をかいた。
「対して、僕は反対派だ。戦争なんて馬鹿らしいからね。今でも広大な土地があるのにこれ以上拡げようだなんて気が知れないよ。まあ、それで色々行動してたら目に付き過ぎたんだろうね。あいつらから暗殺者を差し向けられたわけさ」
アリストはため息をつく。
戦争賛成派とは随分と過激な団体のようだ。
「君のお父上も反対派だったんだ。……僕はね、ベルンハルト殿は暗殺されたと睨んでいるんだ」
「えっ、どうして……」
亡くなった父は政変に巻き込まれたのだろうか。
真剣に見つめるリエラにアリストは少し眉を下げた。
「ねえ、リエラ。綴り手はどの本に潜れると思う?」
「はぇ?」
いきなり話が変わり困惑する。
とりあえず、えーとと答えを探した。
「狂いの図書じゃないの?」
「そこが勘違いしているところなんだ。狂いの図書に潜れるのは間違いじゃないけどそれだけじゃないんだ」
「ん?」
「正解は、綴り手は本ならなんでも潜れる。それどころか紙に文字が綴られていればどんなものでも潜れるんだよ」
「え、そうなの!」
知らなかった新事実に驚く。そういえば狂いの図書以外に潜ろうとはしなかった。
「ベルンハルト殿は優秀な綴り手だった。どんな物にでも潜れたんだ。本から紙へ、また本へと渡り歩きどんなものでも見てこれた。それがどういうことが分かる?」
問われたリエラは首を振る。
「どんなものでも見てこれたんだ。――そう、他国の機密文書でもね」
はっと息を呑む。
機密文書を盗めてしまう能力を持っていたのだとしたら。
「とても利用価値のある能力だよね。それと同時に他へ渡れば危険になる代物だ」
「うん……」
「ベルンハルト殿は随分と苦悩されていたそうだよ。まあ、自分の持ってきた情報を使って他国に攻め入るのを見ていたらね」
アリストは言葉を切る。
見たくもない機密文書を見てそれを以てダリウス帝国が攻め入ったのだとしたら。戦争の片棒を担いできたベルンハルトの苦悩は如何程であっただろうか。辛い事実にリエラは手を握りしめた。
「そんなこともあってベルンハルト殿はずっと皇籍を抜けたいと思っていたそうだ。そんなときにリリアーナ様と出会ったんだろうね。幾ばくかの時が過ぎて君がリリアーナ様のお腹にできたときベルンハルト殿は皇籍を抜けられた」
「そうなんだ……」
「でもね、皇籍を抜けてすぐに事故にあったんだ。……話ができすぎてるとは思わない?」
ベルンハルトが皇籍を抜けてすぐの事故。
本当に事故だったのか或いは――。
「とは言っても証拠は何もない。当時は一般市民の事故だからと調査されることはなかったんだ。……それも上からの指示なんだろうけど、本当になにも証拠はなくなってしまったんだ」
役に立てずにごめんねとアリストは言う。それにリエラは首を振った。
「ううん、いいの。教えてくれてありがとう」
「……うん」
色んなことがあって混乱しているだろうに気丈にも微笑むリエラにアリストは眉を下げて微笑んだ。
「それでね、話を戻すけど。キースは元々ダリウス帝国の生まれなんだ。代々皇家に仕える家に生まれたんだよ」
「そうなの?」
「はい」
リエラは振り向きキースに尋ねれば肯定する声が返ってきた。
「キースの父親がベルンハルト殿にずっと仕えていたんだ。ベルンハルト殿が皇籍を抜けた際にキースたち親子もベルンハルト殿に付いていったそうなんだよ」
「はい、私共親子はベルンハルト様と奥様方に仕えるためにこの屋敷へと参りました」
「そうなんだ……」
それならばこの屋敷はベルンハルトの屋敷だったのか。
私たちと住むために用意していたんだと驚いた。
「それ以前は度々父親に王宮へ連れてこられていたようで王宮のことは色々知ってるんだ。だからこちらとしても都合がよかった」
「都合がいい?」
「王宮にいたのはキースが幼い頃で顔があまり知れ渡っていない。そして複雑な王宮の事情もある程度知っている。そして、リエラのこともね。情報を得るためにはうってつけの人物だった訳だよ。だから僕から、彼らの情報を持ってきてほしいと持ちかけたんだ」
持ちかけた当時を思い出したのかアリストは肩を竦めた。
「リエラの身に危険が及ぶことは絶対したくないと頑として頷いてくれなかったけどね。……ここの住人我が強すぎだよ」
キースしかりルイーシャしかりと肩を竦める。二人の説得は相当骨の折れることだったのだろう。もうやりたくないなぁとぽそりと呟きが聞こえた。
「じゃあどうしてキースは協力したの?」
「取り引きをしたからさ」
「取り引き?」
「そ。僕からはあいつらの情報をできる限り持ってきてもらうこと。そしてキースの対価は……君だよ」
「私?」
「そう。今日でよく分かったんじゃない。君がどれだけ狙われる存在なのか。キースひとりじゃ対処出来ないことも出てくるだろう。だから君の安全を僕に頼んだのさ」
一応皇族だから色々とコネもあるしねと付け加える。
「そうだったんだ……」
「だから、キースを怒らないであげてね」
「もちろん」
リエラはキースを見る。ずっと側にいてくれた彼はいつだってリエラの味方だったのだ。
「キース、ありがとう……」
「いえ、私はリエラ様を危険な目にあわせてしまいました」
「そんなことない。助けてくれたでしょ。いつだってキースは助けてくれるの。いつも頼りにしてるんだよ」
「リエラ様……」
「だからありがとう」
「どういたしまして……私もいつもありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
泣きそうなほど切なく顔を歪めるキースにリエラはやわらかく微笑んだ。
話も終わり、ようやく無事を喜べる程の余裕ができてゆるやかな空気の中、いきなりガチャリと荒々しく扉が開いた。
「リエラの手掛かりは見つかったか……! ってリエラ!」
息を切らしランベルトとフランツ、ネイサンが入ってきた。
「よかった、無事に戻ってこれたか」
「ランベルト! なにやっていましたのよ! どうして消えましたの!?」
「……悪い。任務に急展開があってそっちに行かなきゃならなくなったんだ」
「だからって……っ!」
「いいんだよ、ルイーシャ。ランベルトたちもやらなきゃいけない任務があるんだよ。心配してくれてありがとう。キースに助けてもらえたから私は大丈夫だよ」
このとおりとにこりと笑えばランベルトたちは安堵の息をついた。
「すまなかったな。けどよかった、お前が無事で戻ってきてくれて。本当に」
「うん、ありがとう」
みんなに無事を喜んでもらって心配かけて申し訳ないと同時に嬉しいと温かい気持ちになった。
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