本来の後継者
「ひめ、ぎみ……?」
訳が分からず首を傾げる。
部屋を見渡せば幾人かの男たちが見える。
貴族のようなフロックコートを着ている男が数人と傭兵崩れのようなガラの悪い男たち。
リエラは自分の身をぎゅっと引き寄せる。
見渡す先で部屋の入口付近に見知った人を見た気がした。
「……キース?」
「……」
声をかけるがキースは微笑むだけでリエラには答えなかった。
「ど、うして、ここに……」
「彼が、今日貴女が街へ来ることを教えてくれたのですよ」
「……え」
「彼が協力してくれたのは僥倖でした。なにせ貴女は滅多に外へ出ない深層の姫君。なかなかゆっくりと話をすることはできませんでしたからな。ようやく今日こうして貴女の前に出ることができた」
フロックコートを着たにやけ顔の男は大袈裟に身振り手振りすると胸に手を置いた。
「まずは、私はゲオルクと申します。ダリウス帝国の子爵でございます。以後お見知りおきを」
「……はあ」
「さて、こうして手荒な真似をしてしまい申し訳ございません。ですが、姫君を救うためにはこうせざるおえなかったのです」
「……どういうことでしょうか。そもそも姫君ってなに」
警戒を強め鋭い声で問う。
それにゲオルクは肩を竦めると微笑む。
「そんなに警戒なさらないでください。私共は貴女の味方ですからな。麗しき姫君に危害を加えることは決してございませんよ」
「本当ですか」
「もちろんですとも! なんといったって貴女は素晴らしい血筋をお持ちの姫君なのですから」
「素晴らしい血筋……?」
アリストとの従姉妹だからだろうか。そういえばリエラの父は皇子だったと言っていた。それならば既に皇籍を抜けたと聞いているが。
「残念だけど、私はダリウス帝国のお姫様じゃないよ。お父さんが皇籍を抜けているから私は一般人だよ」
「そうでしたな。ベルンハルト様が皇籍を抜けられたことは誠に残念でなりません。ですが、その御身には我がダリウスの高貴な血が流れている訳ですし、引き継がれた素晴らしい能力をお持ちだ」
「素晴らしい能力……? 綴り手のこと?」
「その通りでございます。綴り手の能力を持っているのが貴女様とはなんたる運命! 貴女は選ばれた方なのですよ!」
「……」
「そう、貴女はオレリア王国の女王となられるお方なのですからな!」
ゲオルクは両手を開き大仰に演説をする。
その意味が全く分からないリエラは顔を顰めた。
「は?」
「おや、ご存知ではございませんでしたか。貴女の母君のことを」
「お母さん? どういうこと?」
母のことは誰からも聞いたことはなかった。
警戒しつつも気になる話にリエラは耳を傾ける。
「貴女の母君、リリアーナ様はオレリア王国前国王の長子。正統たる王位の後継者なのです!」
声高らかに大袈裟にゲオルクは告げる。
そして哀れそうにリエラを見た。
「オレリア王国の国王は長子が継ぐことになっているのはご存知ですかな? リリアーナ様はオレリア前国王の長子でございました。前国王と恋人であった伯爵令嬢との御子です。それを人質として嫁いできただけの下賎なカリアナの女は許すことはなく、自分の子どもを国王とするために決して認めることはございませんでした」
大袈裟に天を仰ぐとゲオルクは哀れそうに首を振る。
「お可哀想にリリアーナ様は王族とは認められず伯爵令嬢の私生児としてお育ちになられた。本来の地位を取り上げられ肩身の狭い思いをなされたことでしょう。嘆かわしいことです」
「お母さんが……。本当に?」
信用していいのかも分からないが自分の母がそんなに波乱万丈な生まれだったとは。
リエラは息を呑んだ。
「その地位を取り戻すことなく亡くなってしまったのは残念でした。ですがリリアーナ様は貴女を残してくださった」
「亡くなった……」
母もすでに亡くなっている。父も母もおらずリエラは天涯孤独だったのだろうか。二人の記憶がないリエラはひっそりと唇を噛んだ。
「貴女はオレリア前国王の長子であるリリアーナ様とダリウス帝国皇子のベルンハルト様との御子。これ以上にオレリア王国の王に相応しい方もおりますまい。下賎なカリアナの血を引く現在の王太子などもってのほか」
そう言うとゲオルクはにいっと嗤った。
「リエラ様、取り上げられた本来の地位を取り戻しませんか。そしてオレリア王国の女王となるのです!」
ゲオルクとフロックコートを着た男たちは胸に手を当てリエラに傅いた。
「女王に……」
「そう、貴女はこのような場所にいていい存在ではございません。本来でしたらたくさんの者どもに傅かれ、たくさんの物に囲まれながら育つはずだったのですよ。くやしいとは思いませぬか。取り戻したいとは思いませぬか!」
「……」
リエラを哀れんでいるかのようにゲオルクは言い募る。
リエラは俯くとぎゅっと手を握った。
そして、顔を上げるとゲオルクに目を合わせた。
「ならない」
目元を引き上げきっとゲオルクを睨むように見つめる。
「私は
「……左様ですか」
肩を竦めるとゲオルクは後ろを向いた。
「おい、リエラ様を部屋までお連れしろ」
「ちょ、ちょっとなに!?」
傭兵崩れが前へ出てきてそのままリエラを立たせるとぐいっと引っ張っていく。
「ねえ! 帰してよ! 家に帰して!」
「本来の家は王宮ですよ。なに、貴女もすぐに女王になりたくなります。それまではこちらへいてください」
「嫌だ、止めて! キース! 助けて、キース」
キースに手を伸ばす。
それに触れることはなくキースは一度手を握りしめるとにこりと微笑んだ。
ひとり部屋の中でリエラは考え込む。
自分の母がオレリア王家の血を引く人だった。
突然の衝撃的な真実にリエラは茫然とベッドの上に腰かけた。
連れてこられた部屋は先程と同じようにごてごてと装飾がされて正直悪趣味だった。
腰掛けたベッドだって豪奢なレースが縫い付けられていて落ち着かない。
連れてきた男たちは慎重にと言いつけられているのか痛い思いをすることはなかったが、黙って連れて行くとこの部屋に突き飛ばした。
「お母さんがオレリア王国のお姫様かもしれなかった人で、お父さんはダリウス帝国の皇子様……」
なんとも凄まじい血筋だ。嘘のような血筋にリエラは手を見た。
この体の中には王族の血が流れているのか。
――それでもリエラはリエラだ。王族の血が流れているからといって女王になりたい訳ではないのだ。
「どうにかしてここから出ないと」
窓ははめ殺しで扉は外側から鍵がかかっている。
ガチャガチャとノブを捻ってみたが開きそうにない。
「それにしても……キースはどうしてここにいたんだろ……」
彼らの協力者だったのだろうか。リエラに微笑む裏でこうして女王にさせることを画策していたのだろうか。
ゲオルクはダリウス帝国の子爵と言っていた。多分言葉通りにリエラを女王にするだけではないだろう。絶対裏になにかあるはずだ。
甘い言葉でリエラを操ろうとするのが怖かった。
バラバラな思考のまま考えているとコンコンと扉が叩かれ外側から鍵が開いた。
キースが来てくれたのだろうかとリエラは扉まで走り寄る。
「キース、来てくれた……の」
「リエラ様」
「……ゲオルク」
リエラは一歩下がる。
にやけた男は更に笑みを深めてずかずかと部屋に入り込んだ。
「なにしにきたの」
「おや、随分とお冷たい。滅多なことは仰らない方がいいですよ。なにせ未来の夫になるのですからな」
「は?」
なにを言っているのかと睨むが気にした様子はない。
一歩一歩近付くゲオルクにリエラは後退するとベッドに躓き仰向けに転んだ。
「なんとも積極的ですねぇ」
「え、ちょっとやめてっ!!」
転がったリエラにゲオルクは覆い被さる。
リエラは必死に抵抗した。
「貴女は女王となり私は王配となるのです。素晴らしいことではないですか。共に国を治めて参りましょう」
「いやだ! 離して!」
手足を振り回しゲオルクから距離を取ろうとする。その手はゲオルクに当たり、頬を殴った。
「――っ。相当お転婆な娘ですね。なに、妻を躾けるのも夫の役目。貴女には私好みになっていただきますよ」
「いやーっ!!」
両腕を取られてベッドに縫い付けられたリエラは足を上げて蹴りつける。
それに悶絶したゲオルクは目をつり上げると手を上げた。
「このっ――!」
「っ!!」
衝撃に耐えようと目を瞑る。
ドカッと大きな音が一度聞こえたと思ったらバキッと殴りつける音がした。しかし、衝撃はいつまでたっても来ない。
おそるおそる目を開けば、上にいたはずのゲオルクはベッドの外へと吹き飛び、側にはキースが立っていた。
殴りつけられたのかゲオルクは床にへたりこみ頬を抑えていた。
「キース……」
「キース! 貴様、裏切る気か!」
唾を飛ばしながら罵るゲオルクにキースはものともせずに微笑んだ。
「裏切る? 先に契約を破ったのはそちらでしょう。リエラ様に手出しはしないとお約束したはずですが」
目の奥で鋭くゲオルクを見る。ゲオルクはふんと鼻を鳴らした。
「ふん、私は女王と結婚するのだ。順序が少し変わっただけで手出しもなにもないであろう! 未来の王配だぞ! 王配に手を出した貴様は必ず処罰してやるからな!!」
目を見開き口うるさく唾を飛ばし叫ぶゲオルクにキースは眉を顰めた。
「うるさい。黙れ」
「――ぅがっ!」
キースは首筋に手刀を入れるとゲオルクは崩れ落ちた。
キースが振り向くと横たわったままのリエラを背中に手を添えて起こした。
「キース、なんで……」
「説明は後で。とりあえずここから逃げますね。走れますか?」
「あ、え。腰抜けた……」
ベッドに座り込み立ち上がれそうにないリエラは眉を下げた。色々ありすぎて足が言うことを聞いてくれない。
「失礼します」
「ふぁっ!?」
どうしようともがいているとキースはリエラの膝裏に手を入れて抱き上げた。
持ち上げられる感覚にリエラは咄嗟にキースの首にしがみつく。
「しっかり掴まっていてください」
「う、うん」
首にまわした腕にぎゅっと力を込めればキースはリエラを抱えたまま走り出した。
そのまま部屋を出て隠し通路のようなところを走ると外へ向かう。
「いたぞ! こっちだ!」
「わっ! 追っ手が来ちゃったよ!」
「ええ!」
キースは速度を上げて走ると厩舎まで来る。そこで待たせていた馬にリエラ共々飛び乗った。
「走りますので舌を噛まないように口を閉じていてください」
「うん」
馬を走らせると追っ手を蹴散らし趣味の悪い屋敷から去っていった。
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