乙女の秘密は秘めたままに
「ねえ、リエラ。街中へ行きませんこと?」
あったかな暖炉前、本を片手に程よく微睡んでいたリエラはルイーシャの声に目が覚めた。
「街中に?」
「ええ、そうですの。こちらをご覧になって」
「シャンデル、スイーツ食べ放題券?」
なんだその魅力的な文言は、とルイーシャと券を交互に見る。
「シャンデルというケーキショップの九十分食べ放題券ですわ。懸賞で当たりましたの」
「なんと素晴らしい!」
リエラは喜び立ち上がる。ルイーシャが持っている券は二枚。と、いうことは。
感動で声が詰まりはくはくと口を動かす。
「これっ、これ!」
「ええ、一緒に行きましょう?」
「うわーん! ルイーシャ大好きー!」
「現金ですわねぇ」
抱きつくリエラに呆れたように言い放つ。
しかし、そう言うルイーシャも顔は弛んでいた。
スイーツ好きならもらえば狂喜乱舞するシャンデルのスイーツ券。リエラとルイーシャも例に漏れず大喜びだ。
「それにしてもルイーシャって懸賞やってたんだね。意外と庶民的……」
「そんなこと言うなら連れていきませんわよ」
「わわっ、ごめんって! お供させてください、ルイーシャ様ー」
じとりと睨めば即座に謝るリエラ。入手経路はどうであれ食べ放題に行けるならいいことだ。
「じゃあ早速行っちゃう?」
「そうね、辻馬車はもう呼んでありましてよ」
「さっすが、ルイーシャ! 準備が早い!」
簡単に支度をすると出かけることを伝えるためにキースを探す。いくつかの部屋を探せば彼はすぐに見つかった。
リエラはキースのいる部屋の入口から顔をのぞかせる。
「ねえ、キース。街へ行ってきてもいい?」
「街へ、ですか」
「お願いっ! ルイーシャがケーキ食べ放題の券を持ってきてくれたの! どうしても行きたいのー!」
「ケーキ食べ放題……」
手を合わせてお願ーいと言い募るリエラにキースは仕方ないと困ったように微笑んだ。
「……かしこまりました。気をつけて行ってきてくださいね」
「いいの!?」
「ええ、楽しんできてください」
「うん! ありがとう!」
「いえ……お気をつけて」
反対されずに送り出してくれたことにやったぁと喜ぶと玄関へ行く。
玄関にはすでに準備の終えたルイーシャが待っていた。
「あら、大丈夫でしたの?」
「うん! いってらっしゃいって」
「あっさりね。もっとごねられるかと思っていましたわ。キースも大人になったのかしら」
「もう、ルイーシャってば」
話しながらやって来た辻馬車へ乗り込む。
しばらく揺られればサラナの街中へと到着した。
「さあ、参りますわよ!」
「おー!」
乙女の限界への挑戦が始まった。
「お、おなかいっぱい……」
うぷっと口を押える。
ショートケーキにチョコレートケーキ、フルーツタルトにマカロン。色とりどりのスイーツが並ぶ壮観な会場でリエラは目を輝かせると目につくものをあらかた取っていった。選べなかったのだ。おかげでもうこれ以上は食べれそうにない。
「随分と召し上がりましたのね……」
見ているだけでお腹がいっぱいになりそうよと目の前に座るルイーシャは呆れたように言う。
かくいうルイーシャも今日は体重管理なんて度外視して食べたが、リエラの食べっぷりはそれ以上だった。
「ついつい、おいしくて。もう満足だよー!」
「それはよかったですわ」
二人は食後のお茶を嗜む。
女の子の話は尽きることはない。食べ放題の時間はまだあるのでお茶を飲みながら腹ごなしをする。
「――ねえ、昨日王太子様を見かけたんだけど」
「えっ! ウソ。お忍びで来てるって話本当だったの!?」
後ろの席で女の子たちがきゃいきゃいと話す声が聞こえてきた。
その話にルイーシャはぴくりと肩を揺らした。
「ルイーシャ?」
「ねえ、それで本物の王太子様はどうだったの?」
「やっぱりかっこよかったよ。洗練されてて素敵だったー」
「いいなぁ」
きゃいきゃいと次の話に進む娘さんたちだが、ルイーシャはカップを手に取ったまま固まっていた。
「……何しに来ましたのよ……ローウェン、様」
ぽつりと誰にも聞かせるつもりはないように小さく呟く。その独り言を聞いたリエラは首を傾げた。
「もしかして王太子様と知り合いなの?」
固まるルイーシャにリエラはおずおずと伺うように尋ねた。
その言葉にはっと肩を揺らすとルイーシャは動揺を隠すようにカップに口をつけた。
ルイーシャから話すことはないが彼女は貴族のご令嬢なのは間違いないだろう。ならば王太子とも面識があってもおかしくないはずだ。
「……」
「ルイーシャ?」
「いえ、別に……。あんな方知りませんわ。……知らないんだから」
突き放すように話す割にルイーシャの顔は切なく歪んでいた。
「それではそろそろ出ましょうか」
「もういいの?」
「ええ、時間もそろそろ終わる頃ですしね」
振り切るように明るい声でルイーシャは切り出すと席を立つ。それに習うようにリエラも席を立つと店を出た。
お会計はしない。なんたってケーキ食べ放題のタダ券があるからだ。なんと素晴らしいケーキ食べ放題券。
二人は店を出るとこの前はできなかったウインドウショッピングを楽しむことにした。
話をしながら歩いていればあっという間に時間は過ぎ去っていく。
「あら?」
ルイーシャは足を止めた。なにかに気を取られたかのようにショーウィンドウの中をじっと見ていた。
「ん? どうしたの?」
「い、いえ! なんでもありませんのよ!」
リエラも覗き込む。そこには金の縁取りに深い蒼の宝石がはまったブローチが飾られていた。
「これがほしいの?」
「い、いえ……」
リエラが聞けばルイーシャは目を逸らして言い淀む。
いつものハキハキ感のないルイーシャにリエラは向き直った。
「ねえ、ルイーシャ。欲しいものは欲しいって手を伸ばさなきゃダメだよ」
「え?」
「後からやっぱり欲しかったって後悔しても遅いから。欲しいものがあるなら自分から取りに行かなきゃ」
「リエラ……」
ルイーシャは、はっと息を呑んだ。そして目を瞑ると微笑んだ。
「そうね……。わたくし、これが欲しいわ。買ってくるので少しお待ちいただける?」
「うん! もちろんだよ」
「ありがとう、リエラ」
ルイーシャはブローチの飾られた店へと入っていった。
リエラはルイーシャが購入してくるのを外で待つ。
「ちょいとお嬢さん、邪魔だよ」
「わっ、ごめんなさい」
通行人の邪魔になってしまったようでリエラは歩道の端へ寄る。
そこでまだかなーと待っていると。
「――っ!」
路地裏から手が伸びてリエラの口を押えた。
「――むぅ! ……っ!」
抵抗したが声を出すことができなく、誰にも気づかれぬままリエラは意識を失った。
「――っ。……ここ……は」
目が覚める。意識を失う前に誰かに襲われたはずだとリエラは即座に辺りを見渡す。
リエラが寝かせられていたのは豪奢なベッドだった。
ごてごてとした装飾の部屋はどこかのお屋敷のようだ。
よく分からない場所に連れてこられてリエラの身に緊張が走った。
「おや、お目覚めですかな」
すぐ近くから声が聞こえて、がばっと振り向く。
「あ、あなた……この前の……」
そこにいたのは以前、キースと街へ行ったときに声をかけてきた、にやけた顔の男だった。
男はその笑みを深くすると仰々しく頭を下げた。
「またお会いできて嬉しいですよ、――姫君」
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