パウダースノー、君に届け
アリストとの距離が遠い。
「アリストー」
「……」
警戒したようにこちらを見てくるアリスト。
おかしいな、最初の頃はこんなに警戒されなかったのに。
「ねえねえ、アリストってばー」
「……」
人に慣れない野良猫のように警戒してくるアリストにリエラは声を掛け続ける。
やっぱりあのクッキーが原因だろうか。
「アリストー。一緒に勉強しようよー」
しつこく声を掛けるリエラにアリストはため息をついた。
「僕は別に勉強してる訳じゃないってば。情報を集めてるの」
「狂いの図書だらけの図書室で?」
ここは狂いの図書を所蔵した図書室だ。いつもリエラがいる場所でもある。最近その部屋にアリストが仲間入りをした。
確かに綴り手の魔力が少しあるアリストは滅多なことでは狂いの図書に喰われないだろうが。
だが、こんなところに長らくなんの用があるのだろうとリエラは首を傾げた。
「狂いの図書だらけだけど綴り終わった本は普通に読めるからね。色んな年代の本があるから調べ物するには丁度いいんだよ」
「そうなんだ?」
元の本から内容が変わってるのに? と聞けば、それでも分かることはあるんだと返ってきた。
ぱらりとページを捲り字を追うアリストを頬杖をついて眺める。
俯き伏せた目元に長いまつ毛の陰影がかかる。静かに捲られる紙の音が静かな図書室に響くとリエラはほーっとため息をついた。
「アリストはすごいね」
「なに、いきなり」
「なんか、落ち着いてるし物事にも動じないし大人っぽいなぁ」
「……そう? 君が子どもっぽいだけなんじゃない?」
「むう」
これで毒舌じゃなかったら完璧な美少年なのにとアリストが聞いたら思いっきり頬を引っ張りそうなことを考える。
「ねえ、ずーっと本読んでるけど疲れない?」
「それはリエラにも言えることでしょ」
二人は朝から図書室に篭っていた。
リエラは勉強、アリストは調べ物の為にいるわけだが、途中昼食を挟んだとはいえ今は午後だ。
リエラはうーんと伸びをした。
「そうなんだよー。だからさ、ちょっと外に出ようよ」
「……外へ?」
アリストは窓から外を見る。
見える景色は真っ白。ちらちらと舞う雪が外はとても寒いということを伝えていた。
「行かない」
「えー、なんでよ」
「こんな寒い日に外出るとか馬鹿なんじゃない?」
「馬鹿って言ったー!」
思いっきり馬鹿にしたようにため息をつくアリストに頬をふくらませる。
「少し体を動かした方が頭がリセットされて効率がいいんだよ」
「まあ、それは一理あるけど。けどわざわざ外に出なくったって」
「まあまあ、頭を冷やすって言葉もあるくらいだしね! ちょっとだけだから」
「あ、ちょっと!」
ぐいっとアリストの腕を掴んで歩く。廊下の大窓を開けると外へ飛び出した。
昨夜から降り続ける雪は庭を白く染め、未だに降り止まない。
積もった新雪に足を埋めるとぎゅっぎゅっと音がした。
「わー! すごいね! 真っ白」
白い息を吐き興奮したようにリエラは外を駆ける。
少し走れば鼻の頭も頬も赤く染まった。
「寒い……。なんで外に出なきゃならないんだ」
反対にとても嫌そうな顔で両腕で腕をさすり縮こまるアリスト。口からは文句が止まらなかった。
「大体こんな日に外に出る奴の気が知れな……ぅわっ!」
ボスンとアリストの背中に冷たい塊がぶつけられた。
「……」
「あはは! やーい! アリスト当たったー」
振り向けば雪玉を片手に持ったリエラが指さして笑っていた。
ぴくりとこめかみが引き攣る。
「いやいや、この僕がこんな子どもっぽいことで怒るはずがな……っ!」
ボスリ。
アリストに雪玉を当てる度にきゃらきゃらとリエラは笑う。
「……っ」
「へっへーんだ! 雪合戦ならアリストにも負けないもんね」
顔が引き攣る。
アリストは静かに屈んだ。
「アリストは運動が得意じゃなさそうだし、仕方ない……ぶはぁっ!」
「誰が得意じゃないって?」
ゆらりと立ち上がる。その手には雪玉がいくつもあった。
その雪玉を顔面にくらったリエラは顔をひきつらせた。
「僕が怒るとどうなるか教えてあげるよ!」
「うっぎゃあぁぁぁああ!」
「よーし、今日はこれくらいにすんぞー」
「うぃーす!」
「はい」
ランベルトたちは雪中の訓練を終わらせた。
訓練道具を片しているとザクザクと走る音が近付いてきた。
「あー! ランベルト、フランツ、ネイサン丁度いいとこに!」
「は、なんだっ?」
アリストに追われるリエラに声をかけられる。
リエラは笑顔だが後ろのアリストは鬼の形相だ。
なにがなんだか分からず三人を顔を見合せた。
「雪合戦してるの! アリストがめちゃくちゃ当ててくるんだよー。ランベルトたちも加勢して!」
「なんで俺たちが」
「いいからー。此処で会ったが百年目って言うでしょ」
「言わねーよ! 使い方が絶対違ってるって!」
反論してくるランベルトに構わずリエラははい、と雪玉を渡す。
反射的に受け取ってしまったランベルトはこのよく分からない戦いに加勢することになってしまった。
「あ、フランツとネイサンも逃げないでね」
「うぇっ!? 俺たちもっすか!?」
なんだかよく分からないものに巻き込まれたと二人は顔をひきつらせた。
「ふーん、君たちも加わるんだ。いいさ、全員まとめて雪に沈めてあげるよ!」
「ちょ、待てって! ぶはっ」
「アリスト坊っちゃん!? ぎゃっ!」
「……っ!」
「うっきゃあ!」
アリストは雪玉を振りかぶると投げる。コントロールはかなりのもので投げた玉は全員に当たった。
「仕方ねぇなぁ。なんかよく分かんねぇけど、とりあえずやるか。軍には雪中戦の訓練で雪合戦を用いるとこもあるらしいからな。これも訓練ってことで。あのはた迷惑なお嬢さんにも当てとけ」
「うぃっす!」
「はっ!」
「えっ! なんで私にも!?」
「なんでもいいからまとめていくよ!」
こうして三人も加わると随分と賑やかな雪合戦になる。
「殿下ー! 加勢いたしますぞ」
「じいやたち」
ランベルトたちが増え、アリストが投げられてくる雪玉に当たり始めたころ、ひょっこりと護衛の三人が姿を現した。
「儂ら、子どもの頃は雪合戦ともなればぶいぶいいわせたもんですじゃ。あの子どもの頃の血が滾りますな!」
ロン、ヨハン、ヤコブはアリストを囲むと構えた。
「あっ! ずるーい!」
大分雪を当てられて真っ白になったリエラは叫ぶ。
「ふん、これも戦略のひとつだよっ! それっ!」
「むーやったね、それっ!」
雪玉をぶつけ合う合戦場は大混戦だ。
「まあ、寒いのによくやりますこと」
賑やかな声に気がついたのかルイーシャがこちらへやってきた。
全く参加する気のない彼女は高みの見物だ。
「ルイーシャもやろうよ!」
「お断りですわ。嫌よ、寒いもの」
「それが体を動かしてるから寒くないんだよ」
「雪を被ってよく言いますわ。まったく風邪引きますわ……ってなんですの!?」
「ほらほら、おいでよ! 楽しいよ!」
「もうっ!」
ルイーシャの腕を引いて連れていく。
そしてルイーシャの前に出ると両手を広げた。
「さあ、ルイーシャは私が守るから後ろから投げてね! ぶはぁっ!」
「まったくもう。なにしてますのよ」
呆れてため息をつくとルイーシャは笑った。
ここまで来たなら参加するしかないかと作ってあった雪玉を投げた。
「な、なにが起こってるんですか……」
街中から帰ってみれば、自分以外の住民が外へ出てなぜか雪を投げている。
そんな様子に困惑したキースは呆然と立ちつくした。
「あっ! キース!」
気付いたリエラがキースの元まで駆け寄る。
「一体なにがあったんですか」
「今ね、雪合戦してるの」
「雪合戦?」
全員が夢中で雪玉を投げつけあっていてもはやどちらが敵か味方かは分からない。
そんな中でも一番楽しそうにしていたリエラは頭っから雪を被ってそろそろ雪だるまになりそうだ。
「リエラ様、雪がついてますよ」
「ん?」
ぱっぱと頭をなでて雪を払う。
真っ白雪の白髪から元の金髪に戻った。
「えへへ、ありがとう! ねえ、キースも雪合戦やらない?」
「雪合戦、ですか」
「そう! みんな一緒で楽しいよ! ほら行こう!」
「わっ」
キースの腕を引き雪合戦場へ連れていく。
こうして全員を雪合戦へと引きずり込んだリエラは笑いながら雪玉を投げる。
「最初はアリストと雪合戦してたんだけど、途中でみんなにも参加してもらったんだ」
「な、なるほど」
「うふふ、たまにはいいよね!」
半ば強制だったが今はみんな夢中になってくれている。
たまにはこういう日もあっていいんじゃないかなと眺めながら思う。
「ね! 楽しいでしょ?」
にっこりととても楽しそうにキースを見上げてリエラは笑う。
その笑顔にキースは眉を下げて笑い返す。
「ええ、リエラ様が楽しんでくれたのなら、とても嬉しいです」
敵味方入り乱れ、当初の目的がさっぱり分からなくなった頃、この雪合戦は勝者も敗者もなく終了した。
「うー、あったかーい!」
びしょびしょになった服を着替えた全員は暖炉前に固まる。
キースの淹れてくれたあったかいココアを飲みながらひと息ついた。
雪合戦をやっているときは寒さを感じなかったが、やっぱり全身は冷えきっていて暖炉前はちょっとした争奪戦だ。
「君が変なこと始めるからみんな冷えきったじゃない」
「うう、ごめんて」
ちびりちびりとココアを飲みながらアリストはリエラに文句を言う。
「まったく、いい大人たちが本気になっちゃってさ」
「あはは、すごかったよねー!」
軍の訓練並みに統率のとれたランベルト隊に若い頃にぶいぶい云わせたロン達。その二組が壮絶に戦っていて最後は入る隙もないほどだった。
「最初は息抜きのためじゃなかった? 目的が消え去ってるでしょ。もうへとへとで本を読む気がしないんだけど」
「あ、あれ? そうだっけ」
確かにそんな気もする。今日はもうへとへとでリエラも勉強はできなそうだ。
「でもさ」
リエラはココアをひと口飲むとアリストを見た。
「楽しかったでしょ?」
にこっと笑いかけた。
「まあ、ちょっとだけね」
アリストは小さく笑うとカップに口をつけた。
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