君はだれ?私はだれ?
リエラは怪訝な顔で、微笑むアリストを見つめた。
しばらくの間お互い見つめ合っていたがアリストは諦めたようにひとつため息をついた。
「そんな熱心に見つめないでよ。別に君に害を及ぼそうって訳じゃないんだし」
「それは、そうかもだけど……。アリストは綴り手、なの?」
リエラの問いかけにアリストは首を振る。
「僕は綴り手ではないよ。魔力は少しだけあるけど綴り手になれるほどではないんだ。まあ、綴り手の血族ではあるんだけどね」
「綴り手の血族……?」
「そうだよ。はじめまして。――従姉妹殿」
にこっと微笑んでほんのり首を傾げたアリストにリエラははっと息を呑んだ。
「いとこ……」
「そ。初めて会うけどね。君のお父上は僕の叔父にあたるんだ。綴り手はうちの一族でたまに発現する能力なんだよね。君のその能力はお父上譲りだよ」
「そうなのっ?」
アリストはリエラの父親について言及した。自分の父親を知っているようだ。
自分の記憶に辿り着きそうな気配にリエラは身を乗り出した。
「教えて! 私のお父さんってどこにいるの!?」
前のめりなリエラにアリストは視線を落とした。
「……君のお父上は。……既に亡くなっているよ」
「……そんな」
「僕も実際には会ったことないんだ。僕が産まれる前には亡くなっていたそうだから。ただ、とても優秀な綴り手だったそうだよ」
「そう、なんだ」
リエラの父親は既に亡くなっている。
その言葉に茫然とした。アリストの産まれる前に亡くなっているということは元のリエラも父親の記憶がほとんどないのではなかろうか。
なにも覚えていないが悲しくなった。なにも覚えていないことがとても悲しい。
「アリストは私のこと、知ってる?」
ぽつりと呟けばアリストは少し間を置いて首を振った。
「残念だけど君のことはほとんど知らない。君の存在を知ったのもつい最近だしね」
「そっか……」
ごめんねと言われてリエラは首を振った。リエラの父親が亡くなっているなら父方の親族とは縁が薄いのも仕方のないことなのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
力が抜けたリエラをキースは支えた。話をしている最中も静かに側にいてくれたのだ。
「うん、なんとか。ありがとう」
「……はい」
まだ気になることはあるのだ。リエラは頭を振ると気持ちを切り替えた。
「そういえば、アリストは綴り手じゃないって言ってたけど物語の中で力を使ってたよね。本当に綴り手じゃないの?」
アリストは物語の中で度々思い通りに物語を動かしていた。キースが言うには綴り手が魔力を上手く操れば自由に物語を動かせるはずだが。ならば、アリストのしていたことはなんだったのだろうとリエラは首を捻る。
「ああ、あれは君のダダ漏れの魔力を利用したんだよ」
「だ、ダダ漏れ……?」
「そう。元から狂いの図書の中でも記憶と自我を保つくらいの魔力はあるんだけど僕にできるのはそれくらい。あとは君が来てくれて助かったよ」
にこりとアリストは微笑む。
「綴り手はどうやって物語を綴るか知ってる?」
「物語を? ううん、知らない。考えたことなかった」
常に登場人物たちに振り回されて精一杯だった。とにかく完結までいかなければとひたすらに物語を走り抜けただけだ。
綴り手としての綴り方なんて考えたこともなかった。
「想像力だよ」
「想像力?」
「そう。綴り手がこうしたいと強く考えたとき物語はその通りに動くんだ。僕がやったのはその応用だよ。君にきっぱりと物語の展開を断言したことで君はその通りに想像した。それが物語を動かしたのさ」
白うさぎから白の女王になったとき、アリストに言われたことで咄嗟に自分のドレス姿を思い描いた。同じように白いペンキで塗りつぶされていく城をアリストの言葉通りに想像した。
アリストの思い通りに物語を動かせた理由はそれだったんだ。
「はぇー、すごい」
「むしろ今までそんなことにも思い至らずに狂いの図書を鎮めてたのがすごいと思うんだけど」
「うっ……」
ごもっともですとリエラは縮こまる。物語の導入部でアリストが大丈夫なのかと心配してたのはそれだったのか。
「それじゃあ、アリストは……」
リエラが言いかけたとき、廊下からドドドドと音がしたと思ったら爆音を立て扉が開いた。
「殿下ーっ! よくぞご無事で戻られましたー!」
「ロンさん、ヨハンさん、ヤコブさん!?」
飛び込んできた三人はアリストに抱きついた。
顔は感動の涙でびしょびしょだ。
「じいや」
「じいやは殿下のお戻りをずぅっとお待ちしとりましたぞ。守れずふがいのうございますー!」
「あー、もう分かったってば」
ぴったりと張り付く三人をアリストは鬱陶しそうに引き離そうとするも彼らは泣きながらもガッチリと掴んでいてなかなか離れなかった。
「娘、よくやった! よくぞ殿下をお救いくださった!」
ヨハンはリエラの手を握るとぶんぶんと振った。
「ひょわぁぁあ。なんか分からないけどよかったねぇぇえ! ……ん?」
勢いに振り回されていたリエラだったがふと気付いたように動きを止める。
「……殿下?」
アリストのことをそう呼ばなかっただろうか。
「でんかって、あの殿下? 」
「どの殿下」
「王子様とかそういう……? いやあ、まさかね、あはは」
「ああうん、そうだよ。僕は王子だ」
「ははは、そうだよね……って、ふぇっ!?」
こともなげに肯定するアリストにリエラは飛び上がって驚いた。
「お、おおおうじさまっ!?」
リエラの驚きようにアリストは顔を顰めた。
「うるさいよ。そんなに叫ばなくったって聞こえるって」
「うう、ごめん」
口を押さえるとアリストは肩を竦めた。
「とは言ってもこの国のじゃないけど。僕はアリスト アーベル ダリウス。隣のダリウス帝国の皇子だよ」
「ダリウス帝国の皇子様!?」
情報量が多すぎてリエラの頭はパンク寸前だ。
「ど、ど、どういう……?」
「落ち着きなよ、リエラ。別に大したことじゃないよ。僕は第三子だしね」
「大したことじゃ、って……えー……?」
あまりにも平然と話すアリストにそうなのかも? という気分になりリエラは落ち着いてきた。
「はあ、アリストが皇子様かぁ。そう言われるといつも堂々としてるし皇子様っぽいかも。……やたら偉そうな感じも納得」
ぽそりと小さく呟いたその声を聞き逃さなかったアリストはリエラのほっぺをぐにぃっと引っ張った。
「なにか言った?」
「ひょめんにゃひゃいー!」
引っ張られたほっぺを擦りながらリエラは考える。
アリストはダリウス帝国の皇子様。そのアリストとリエラは父方の従姉妹。……ということは。
「あれ? そしたら私もお姫様?」
あれあれ? 私ってば実は高貴なご身分なんじゃ……と思い至る。
「まあ、そう考えるよね。でも、君は違うよ」
「ん? どういうこと?」
「君のお父上、ベルンハルト殿は皇籍を抜けたんだ。一般市民となられてすぐに亡くなってしまったそうだよ。だからリエラは正確には一般市民なんだ。以前もダリウス皇家とは関わりを持ったことはないはずだよ」
「あ、そうなんだ」
アリストがあっさりと否定してリエラのお姫様説は一瞬で消えた。なんだろう、残念なようなそうではないような。複雑な気分だ。
「それならアリストはダリウス帝国に帰らないとだね。みんな心配してるだろうし」
皇子様が行方不明となったなら大騒ぎではないだろうか。一刻も早くダリウス帝国まで送り届けねば。
リエラがそう伝えればアリストは指を顎に添えて考えた。
「んー、僕もしばらくここで厄介になろうかと思うんだよね」
「へ?」
「狂いの図書に喰われる前なんだけど、僕暗殺される寸前だったんだよね」
「あ、暗殺……」
「そ。ロンたちは僕の護衛なんだけど、彼らとはぐれて殺される寸前に狂いの図書の暴走に巻き込まれてしまってね。狂いの図書のおかげで僕は助かったんだ」
「そんな……」
青ざめるリエラにアリストは軽く言う。
「運がよかったよ。おかげでこうして生きていられるんだから。まあ、皇家にも色々あるんだよ」
「ひえぇ」
皇子様も大変そうだ。一般市民でよかったと安堵する。皇籍を抜けてくれてありがとう、お父さん。
「そういうことでこのまま帰るとまた暗殺される可能性が高いんだ。態勢が整うまで雲隠れしたいんだよ」
「そっか」
リエラはキースを見た。
目が合ったキースは頷いた。
「そういうことでしたら」
「うん! アリストしばらくここにいて」
「助かるよ。ありがとう」
アリストは安堵したようにひとつ息を吐いた。
「今日は色んなことがあったなぁ」
ほけーっと考えながらオーブンを開けた。
ほんのりと煙は出ているが今回も爆発は逃れたようだ。
「でーきた!」
どこからどう見ても綺麗なクッキーだ。
リエラは最近みんなが寝静まったころを見計らって料理の練習に明け暮れていた。
爆発さえしなければみんなにバレないのでそこは慎重にだ。特にランベルトには厳しく立ち入り禁止を言い渡されているからバレないようにしたい。
いつか美味しい料理を作ってドヤ顔してやるんだ。
キースには気付かれていそうだがなにも言われることはなかった。……いやたまになにか言いたそうにしていることはあったがそこは気付かないふりだ。
おかげで見た目はとても綺麗なクッキーを作ることができた。
「私だってやればできるんだからね!」
だれともなくリエラは胸を張った。
味見はまだしていないが誇らしい気分だ。アイシングもしちゃおうかと調子にのる。
アイシングの作り方は知らないがなんだか白いトロっとした感じだったと思う。適当に材料を混ぜ込んでみればそれっぽいものができた。
「やったー! 完成!」
「なにが完成なの」
びくりとリエラは肩を揺らした。
勢いよく振り返ればそこにはアリストが立っていた。
「なんだ、アリストか」
「なに、そのなんだって。失礼だな」
「ううん、なんでも! アリストはどうしてここにいるの?」
ほっと息をついてアリストを調理室に招き入れた。その様子にアリストは怪訝な顔をしたが素直に入ってくる。
「今日まともに食べてないからなにかないかと思って。……っていうかなんかここ荒れてない?」
「そう? いつもより綺麗だよ? あっ、それならこれどうぞ!」
リエラはにっこりと邪気のない顔で笑った。
そしてお皿に乗ったクッキーを差し出した。
「私が作ったんだ。できたてだから食べてみて!」
「なに、リエラ料理が得意なの」
「え、う、うん!」
アリストはふーんと呟いてクッキーを手に取った。
ぱくりとひと口齧ると咀嚼して飲み込んだ。
ばたーん!
「アリストー!」
飲み込んだ瞬間アリストは仰向けに倒れた。
「なにごとですか!? ってアリスト様!?」
叫び声に屋敷は騒然となった。
「で、ででで殿下ーっ!!」
ロン、ヨハン、ヤコブは倒れたアリストに追いすがる。
「あっ、リエラお前また調理室に入ったのか!」
騒ぎを聞きつけて住民たちが集まる。
リエラは冷や汗をだらだら流した。
「え、えぇーとぉ……」
「リエラ座んなさい」
「……はい」
仁王立ちするランベルトの前にしおしおと正座した。
「ランベルト、リエラ様も反省されていることかと思いますしお手柔らかに……」
「キース、お前は甘いっ! リエラには自分がどんなに危険な兵器を作り出しているか理解させなきゃなんねえんだよ!」
「そ、そんなことは……」
「なんか言ったか?」
「い、いえ!」
じろりと睨むランベルトに居住まいを正した。
「今回はリエラがいけないですわね」
「うう……。ルイーシャまでぇ」
ひょこりと顔を出したルイーシャもランベルトに全面同意をしている。
助けを求めてキースを見ればキースは気まずそうにリエラから視線を外した。
「あちゃあ、アリストの坊っちゃんご愁傷さまっすね。リエラお嬢さん隊長にしっかり叱られてくださいっす」
「誰もリエラさんの料理の危険性について教えていなかったんですね」
フランツとネイサンまでもが呆れたようにこちらを見ていた。
「ここいらの治安を守る自警団として言わせてもらう! お前の作る料理はどんな兵器よりも危険だ!」
「そんなぁ!」
「今後一切調理室へは立ち入り禁止!!」
夜の帳がしめやかに下りた頃。
突如賑やかになった屋敷でリエラの声が響いた。
「うわーん! ごめんなさーい!!」
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