不思議の国のアリスト3
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「なにが」
あれからリエラたちはいかれ帽子屋と三月うさぎとネムリヤマネを引き連れ赤の女王が住む城へと向かうことになった。
いかれ帽子屋と三月うさぎはアリストの提案に顔を見合せるとニタリと笑って狂喜乱舞でお茶会を終了させた。
テーブルクロスを引いてテーブルにあった全ての茶道具を下へ叩き落とし粉々にするとテーブルと椅子を次々と叩き壊して
その惨状にリエラはもうなにも言うまいと遠くを見る。そういう人たちなのだ。考えても仕方ない。
今も寝ているネムリヤマネを引きずりながら大声で大合唱する二人をリエラは気にしないようにアリストに話しかける。
「王位の簒奪って反逆ってことでしょ? そんなすぐ成功するものなの?」
涼しい顔をして歩くアリストに不安を吐露する。
「別になにも考えてない訳じゃないよ。策くらいは用意してる」
「そうなの?」
「それよりもこの狂ったヤツらの操縦方法に頭を悩めてるよ。どうにかなんないかなアレ」
投げるのは茶道具だけではないらしい。歩いてる最中手当り次第に拾うものを投げ合い、たまにネムリヤマネまで投げている彼らをドン引きした目で見るアリストに少し驚く。
常に泰然とした態度のアリストにそんな顔をさせた彼らは実は凄いヤツなのではないだろうか。思考回路が少しおかしくなったリエラはいかれ帽子屋たちに尊敬の目を向けた。
「さて、着いたようだけど」
見渡す限りの真っ赤な城を見上げる。
「ここが赤の女王の城……」
王座の簒奪へ。
リエラはごくりと息を呑んだ。
「よーし! いっちょ行こうじゃないか!」
「ドッロドロのぐっちゃぐちゃにしちゃおうか!」
ヒャッハー! と叫び城へと勇み足で飛び込もうとするいかれ帽子屋たちの首根っこをアリストは掴んで止めた。
「待ちなよ。そんな策もなくただ城に突撃したところですぐに捕まって女王に処刑されるのが目に見えてるよ」
「なんだいなんだい! なぜなんだい! ドロドロのぐっちゃぐちゃは楽しいことだろ!」
「グチャミソが一番さ!」
止められたいかれ帽子屋と三月うさぎはジタバタと不満を漏らす。ぶーたれる彼らにアリストは大きくため息をついた。
「血みどろなんて品がないね。僕は好きじゃない。そもそも血で赤に染めるなんて赤の女王が喜ぶだけじゃないか。女王のこと喜ばせたいの?」
「……」
二人はぴたりと止まる。
「それはお断りだな」
「ノーセンキューだね」
お行儀よくアリストの前に正座した。少しは静かにしてくれるようだ。
「それならアリストが言ってた策ってなにがあるの?」
さっき話していた策とは一体なんだろうか。リエラは首を傾げた。
「赤の女王の他に白の女王って存在があるんだ。その白の女王がこの国の女王になればいい」
「どうやって?」
「それはこれだよ」
アリストはだんと銀色の容器を出した。
「なにこれ?」
「白いペンキだよ」
「白い、ペンキ……?」
容器の蓋をぱかりと開ける。中には白いドロリとした液体が並々と入っていた。
「これで赤い城を白く塗りつぶすんだ。赤い壁も赤い床も赤い薔薇も全部。陣地取りみたいなものだよ。できるだけ全てを白に変えてほしい。できるね?」
アリストはいかれ帽子屋と三月うさぎとネムリヤマネに問いかける。
いかれ帽子屋と三月うさぎは飛び上がって喜んだ。
「もっちろんさ!」
「ええ、ええ、やってやるともさ!」
ぴょんとひと飛びするとペンキ缶とネムリヤマネをひっつかんで走り去っていった。
「ねえ、白の女王様ってアリストがなるの?」
「なんでだよ。なるわけないじゃない」
「え? そしたらお城を白く染めたあとどうするの?」
「ああ、なんだそんなこと」
「そんなことって……」
もしかして白の女王は近くにいるのだろうか。アリストがこともなげに言うからにはなにかあるのだろうけど。きょろきょろと見渡してみてもそれらしき人物は見当たらなかった。
「ちょうどいいのがいるでしょ」
「いるってどこに?」
「ここに」
「はぇ?」
アリストはリエラを指さした。
「君だよ、白うさぎ。――いや、白の女王」
「え……?」
アリストに名指しされた途端リエラの足元からどんどんと衣装が変わる。
膝丈の白いふわふわスカートはトレーンのある長い真っ白なスカートへ赤いベストは繊細な刺繍が入ったパフスリーブのドレスへ、長いふわふわの耳はちょこりと乗った王冠へ瞬く間に変わっていった。
「え、え、なに、これ!?」
短時間で変わった自分を見る。真っ白なドレスに身を包んだリエラは白の女王になっていた。
アリストの言葉で変化した自分に驚愕する。それはまるでキースが話していた、思い通りに狂いの図書を綴る綴り手のようだった。
「アリスト、あなたって一体何者なの……?」
にこりとアリストは笑うとリエラを鼓舞した。
「さあ、白の女王! 赤の城を塗りつぶしてこの国の女王になるんだ! 白はあなたの陣地だ。白く塗られたトランプ兵は紙へと戻り、白い薔薇はあなたのもの。白に染められた赤の女王は消えてなくなるだろうさ!」
リエラは目を見開く。
アリストの言った言葉がそのままそのとおりになるのを目の当たりにしたからだ。
「とにかく今はこっちが先。いくよ」
「……うん。分かった!」
リエラとアリストはペンキ缶を掴んで走り出した。
リエラたちはひたすら白くペンキを塗りたくった。
トランプ兵の赤い部分を塗りつぶせばたちまちただの紙に戻ったし、白く塗りつぶしたところへは兵士も庭師も廷臣も赤の勢は誰も立ち入ることができなかった。
いかれ帽子屋たちは白くべったりとペンキをまぶしたハケを振り回し笑い転げながら塗っていく。たまにネムリヤマネをペンキ缶に突っ込んではハケ代わりにするときもあった。
「あら、おもしろいことをやってるのね。いかれたクロッケーより楽しそうね」
公爵夫人がやってきてペンキ缶を手に取った。
「あたくしもやりますわ。この前のお礼によ」
そう言いながら白く塗り始める。
白の陣地が増えていく度、クロッケーの参加者たちが白の勢へと寝返っていく。赤の女王に苦しめられた人たちは思った以上に多いようだ。
「おやおや、お二方楽しいことをしているね」
どこからともなくやって来たチェシャ猫が笑う。
チェシャ猫はトランプ兵が襲いかかろうとすると体の一部を出してみせてはトランプ兵を翻弄させた。
「なにをしておる! この者たちの首を全員ちょん切れー!!」
赤の女王がついに気付いてトランプ兵たちをけしかけるも時は既に遅かった。
「もう遅いよ! トランプ兵たちはほとんど紙に変えてるしお城の大半を白く塗りつぶしちゃってるんだから! もうあなたの時代はおしまいだよ!」
「おのれおのれおのれー! 忌々しい白の女王め!」
赤の女王は目を見開くと真っ赤に充血した目でリエラを睨めつけた。
「おまえはいつもそうだ! こうやってあたくしを侮辱する! おまえだけはおまえだけは首をちょん切ってやるからな!」
甲高い声で泣きわめく赤の女王は大鎌を持ってリエラに襲いかかろうとした。
「なにするの!? やめて!」
「うるさいうるさいうるさーい!」
なりふり構わず鎌を振り回す赤の女王。王冠は落ち、赤いベルベットのドレスはちぎれ振り回す髪はボサボサで悪鬼のような有様だった。
「そんなに言うなら初めっから優しい女王様でいればよかったじゃない! これは私一人だけでしたことではないよ。みんなの総意なの。苦しめられた人々の逆襲なのよ!」
「ああああああああぁぁぁ!! うるさい! だから白は大っ嫌いなんだぁぁあ!!」
大鎌を振り回しリエラに襲いかかる。
「白の女王!」
「うん!」
アリストはペンキ缶をリエラに渡した。
リエラはそれを掴むと構えて赤の女王に振りかけた。
「反省しなさい!」
ばっしゃあああんと赤の女王は白を被る。
ぴたりと動きを止めてわなないていた女王は奇声を上げた。
「うぎゃぁぁぁぁああああ!!」
白くなった部分から赤の女王は消えていく。
断末魔を残しやがて赤の国は消え去った。
「やった……?」
「うん、終わったみたいだね」
「やったー!」
全てが真っ白になったお城に歓声が響いた。
赤の時代はもう終わり。
白く生まれ変わった国はもう女王に苦しめられることはないだろう。
「ありがとう! アリスト」
「うん、君もよくやったと思うよ」
顔にぺったりと白いペンキをつけ二人は爽やかに笑った。
白の女王の時代、ほんの少しのことで処刑されることのなくなった狂った住人たちは狂ってるなりに穏やかに平和に暮らしました。やがて住民たちが思い思いの色をつけ始めると白の城は色鮮やかに賑やかに笑顔溢れる場所へと変化していったそうな。
――END』
白く白く世界が塗りつぶされていく。
物語の終わりにリエラは目を閉じた。
リエラはいつもの図書室で目を開いた。
「リエラ様」
「キース、ありがと」
倒れていた体をキースに抱き起こされる。
そして前を向くと椅子に腰掛けている彼を見た。
「……アリスト」
「やあ、おはよう」
にこりとアリストは笑う。
「ねえ、あなたは一体
アリストは笑顔を深めた。
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