手を繋いで頬を染めて

 散歩中、ぐったりと座り込むランベルトを見つけた。

 ここはいつもランベルトたちが練習場にしている場所だったはずだ。

 いつも訓練しても疲れ果てていることなんて見たことないのに不思議だなとリエラは声をかけた。


「ランベルト?」

「おー……リエラ」

「どうしたの? なんだかくたびれてない?」

「分かる? 今日俺さ、普通に訓練してた訳よ。したら、あのじーさんたちが乱入してきてさ。特訓相手になれっつっていきなり襲いかかってきたんだよ。んで、さっきまでじーさんたち相手に練習試合してたの。まったく、あの人ら何者なんだよ……」

「うわあ……」


 ランベルトはぐったりと練習場を見る。その視線の先を辿ればそこには元気に動き回る三人のおじいさんたちがいた。ランベルトを潰しても動けるとはなんとも元気なおじいさんたちだ。


「ロンさん、ヨハンさん、ヤコブさん」

「おお、そこにいるのは鶴のお嬢さんじゃないかの」


 そう、あの極東の民話から助け出した三人のおじいさんだ。彼らも訳アリらしくこの屋敷に滞在することになったのだ。


「もう違うんだってばー。私はリエラだよ」

「はは、冗談じゃて。今日もお嬢さんは可愛く元気じゃの」

「えへへ」


 呵々と笑うロンにリエラも笑う。

 意外や意外、おじいさんたちは剣の達人らしい。見事な剣捌きと素早い動きに見とれた。


「ロンさんたちすごいねー」

「ハハハ、なーにまだまだ若いもんには負けんよ」

「フン、小童がだらしない。なにをのんきに座っておる!」

「いやいや、あの若者はなかなかのもんですぞ。我々についていくどころか三人を相手にしておりますからな。侮れませんぞ」


 フンッと鼻を鳴らすヨハンににこやかに話すヤコブ。さっきまであれ程動いていたのに息を切らしていないのがすごい。

 ランベルトではないが本当にこの三人は何者なんだと思う。


「そういえばフランツたちはどうしたの?」

「あー……。ネイサンは仕事、フランツは……あいつ俺にじーさんたち押し付けて逃げたんだぜ」

「うわあ」

「あいつ要領がいいからなあ。うまーく逃げやがった。俺、一応あいつの上司なんだけど」

「あらぁ」


 ひでーよなーと口をとがらせるランベルトを横目に庭を見渡した。見た限りフランツを見つけることはなく上手く逃げたようだ。散歩中も会っていないし屋敷の中かもしくは出かけてしまったのかもしれない。


「さてと、休憩も終わったことだしまた始めようかのう。さあさ、座ってないで剣を持て若造」

「げ」

「あと十本はやりたいとこじゃのう」

「マジかよぉ……」


 元気なご老人に引きづられていくランベルトにリエラは手を合わせた。






「あれ、キースお出かけ?」

「リエラ様」


 ランベルトたちと別れ屋敷に戻ってきたリエラは出かけようとしているキースを見つけた。


「ええ、一気に住民が増えましたからね。食材が足らなくなりまして……」

「そっかあ」


 キースは苦笑い気味に言った。確かに一気に三人も増えてしまったので配達分だけでは足りなくなってしまったのだろう。これから不足分を買い足しに行くようだ。


「いつも滞在の許可すんなり出しちゃってごめんね。大変だよね」

「いいえ、リエラ様はお優しいだけでなにも悪くございませんよ。ただ、あの方々が自由気ままなだけですから」

「あはは……」


 どことなく疲れた様子に苦笑いが出る。それでも住民が一気に増えようとも屋敷の管理を一手に引き受けてくれているキースには頭が下がる思いだ。


「あっ、そうだ。私も一緒に買い物行くよ!」

「え?」

「ひとりだけだと大変でしょ? 荷物持ちくらいなら私にもできるよ」

「いえ、しかし……」


 どう断ろうかと迷いながらキースはリエラを見た。

 そこにはお手伝いしたい! と目をキラキラさせてこちらを見るリエラがいた。


「うっ……」


 あまりにも純粋な瞳に断れないと、微笑んだ口元をひくつかせた。

 見つめればリエラの瞳のキラキラは増した気がした。


「……そうですね、ではお願いしましょうか」


 リエラにはとんと弱いキースは、リエラの申し出には逆らえない。

 しばらく見つめあっていたが仕方がないという風にキースは微笑むと頷いた。


「やったぁ! じゃあ支度してくるねー!」





 サラナの街中に着いた二人は商店街へ向かった。


「わあ、今日も賑やかだね」

「そうですね。人も多いのではぐれないように気をつけてくださいね」

「うん。だいじょうぶ……って、わあ!」


 答えるや否やリエラは人混みに飲み込まれた。

 前からやって来た団体を躱せなかったようで小柄なリエラは人の波に逆らえずあっという間に流された。


「リエラ様っ?」

「あわわわ」


 人混みから辛うじて出ていた手をキースは引っ張りあげた。


「大丈夫ですか」

「ぷはぁっ! う、うん。言われた先からごめんね」


 人を躱せなかったよと眉を下げてしょぼりとしょげるリエラにキースは少し考えた。


「そうですね……。でしたら、こう、しましょうか」


 掴んでいたままの手を絡めて軽く握った。


「ふぁっ!? え、あの……っ?」

「手を引いて歩けば人混みに攫われないと思うのですが。……お嫌ですか?」

「へっ? いや、あのっ? ……い、嫌じゃない、です……」

「ふふ、よかった」


 突然のことに目を見開き慌てていたリエラだったが、キースの問いかけに顔を真っ赤にして首を振った。

 しばらく、あーとかうーとか声にならない声を出していたが意を決したように繋がれた手にきゅっと力を入れた。


「あ、あの……よ、ろしくお願い、します?」

「はい、仰せのままに」


 目尻を下げて微笑むと未だに顔の赤いリエラを優しくエスコートした。



「あまりきょろきょろされますと転んでしまいますよ」

「はぁい。でもこの前来たときはあんまりゆっくり見なかったから珍しくって。ねえねえ、キースあれってなにかな?」


 最初はガチガチに緊張していたが徐々に慣れてきたリエラは街中をきょろきょろと見渡す。あまり街中には来ないので色んなものが珍しく目に映る。その中でもリエラの目を引いたものがあった。

 リエラが首を傾げて指さすそこには簡易的なテントが張っていた。


「あれは露天商ですね。道端に商品を広げ販売しているのです。あの店が気になりますか?」

「うん、ちょっと。なにが売ってるんだろ」

「でしたら覗いてみましょうか」

「えっ、いいの?」

「ええ、もちろん」


 近くまで寄っていく。置いてあるものは女の子が好きそうな髪飾りやアクセサリーのようだ。


「わあ、可愛い!」


 リエラは目を輝かせた。花やリボンの髪飾りやネックレスに腕輪など可愛らしいアクセサリーを夢中で見た。

 普段あまり着飾ることはしないが、そこはやはり女の子。こういうものは大好きなのだ。


「へい、らっしゃい。可愛いお譲ちゃんには特別やすくしとくよー」

「え、えっと。いえ……」

「リエラ様、気に入ったものがあればプレゼントさせてください」

「え?」

「いつもリエラ様はがんばっていらっしゃいますからね。せめてものお礼です」

「本当? いいの?」

「はい」


 キースの返事にやったあとリエラは商品へと向き直った。とても可愛いものばかりで悩みそうだ。

 うーん、と見渡す。そしてふと、目に入ったそれを手に取った。


「こちらですか?」

「うん、これがいいな」


 手に取ったりぼんの髪飾りをするりとなでる。碧色のシンプルなりぼんは綺麗で使いやすそうだった。


「かしこまりました。では、ご主人。これを」

「まいど」


 店主に勘定をしてもらったキースはふと思いついたように声を掛ける。


「商品は包まなくてよろしいですよ」

「そうかい? じゃあ、このまま持ってってくれ」

「ありがとうございます」

「キース?」


 勘定を済ませりぼんを受け取ったキースは少し移動すると立ち止まった。


「リエラ様。少し横を向いていただけますか」

「こう?」


 リエラが横を向くとキースは髪を器用に編み込んだ。

 そして碧色のりぼんを結わえた。


「わあ!」

「いかがでしょうか」

「すごく可愛い! どう? 似合ってるかな?」

「もちろん。お似合いですよ」


 リエラは結ってもらった髪やりぼんを崩さないように優しくふれると近くの店の窓に自分の姿を映して見た。

 嬉しくてたまらないとリエラは頬を染めてキースを見上げた。


「ありがとう! すごく嬉しいっ」

「ふふ、どういたしまして」


 ひとしきりはしゃいだリエラは手を繋ぎ直すと目的地である食材屋へ向かう。

 キースは馴染みの店主に購入するもの伝えると勘定のためにリエラから少し離れることになった。


「リエラ様、少しの間だけ離れますがすぐに戻りますので待っていてください」

「うん、分かった」


 店の奥に入っていくキースを眺める。

 手持ち無沙汰でぼんやりと立っていると背後からお嬢さんと声をかけられた。


「え?」

「お嬢さん、おひとりですか?」

「えと、私のことですか?」

「もちろん。とてもお美しい貴女様のことです」

「そ、そうかなーえへへ」


 振り返ればそこにはにやけた顔の男が立っていた。


「お連れはいらっしゃらないのですか」

「あ、今、お店の中にいて……」

「おや、こんな可愛らしいお嬢さんを放っておいてなんとひどい。私なら決してそんなことはいたしませんのに。いかがでしょう、私と共にあちらで話をいたしませんか」

「え、え?」


 男は大仰に嘆いてみせるといささか強引にリエラの手を引いた。


「え、いや、あの?」

「心配せずとも大丈夫です。貴女に無体な真似は決していたしませんから。是非貴女の話が聞きたい」

「あ、あの、そうじゃなくて……」


 ぐいっと引かれたたらを踏む。耳障りのいい言葉と紳士的な仕草とは裏腹にぐいぐいと連れ去ろうとする。

 さすがにまずいと焦り始めたとき、ぱしりとリエラを引く男の腕を他の手が掴んだ。


「私の連れになにか?」


 鋭く睨みつけるキースににやけた男は一度表情を消し、そしてわざとらしく微笑んだ。


「……いえいえ、お嬢さんが寂しそうにしてらしたので話し相手になろうとしただけですよ。お連れの方が来たのならもう大丈夫ですね」

「ええ、もちろん。ですので手を離しなさい」

「おや、これは失礼」


 男はぱっと手を離すと、それでは失礼と去っていった。

 リエラは緊張していた体から力を抜くと大きく息を吐いた。


「キース、ありがとう」

「大丈夫でしたか、あの男になにかされませんでしたか」

「大丈夫。キースが来てくれて助かったよ」

「申し訳ございません、私が目を離してしまったばかりに……」

「ううん! そんなことない、すぐ来てくれてありがとう」


 申し訳なさそうにするキースにリエラは思いっきり首を振った。幼児でもないのにまさかあの数分でなにか起こるとは想像できないだろう。


「……一応言っておきますが」

「ん、なに言おうとするか分かる気がする……」

「知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけませんよ」

「……はい」


 やっぱり、だよねとリエラは神妙に頷いた。


「それでは買い物も終わりましたし帰りましょうか」

「うん!」


 帰り道を歩き出す。その足取りはスキップをしそうなくらい軽い。鼻歌を歌いながらリエラは碧のりぼんをするりとなでた。


「……」


 その姿をキースは優しく眺めると、男の去った方へ鋭い視線を向けた。

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