竜宮城から帰ってみたら数百年後の未来だった俺は得た知識を駆使して無双してみたんだが1

『しんしんと降る雪に染められた山の中。

 木に積もった雪がたまにとさりと落ちる音が聞こえる以外音のない静かなこの場所でリエラは目を開いた。


「さむっ」


 雪の中だ。さっきまで初夏の爽やかな風が吹いていたというのに。寒暖差で風邪をひいてしまいそう。


「ここ、どこかな……。三編のうちのどの物語に入ったか確認しないと。……って、いたっ!」


 足、足が痛い。なんだか鋭い物に足を挟まれている感じがしてリエラは自分の足を見た。


「えっ! 罠にかかってる! いったーい! っていうか私人間じゃないの?」


 害獣用の罠だろうか。鋭い爪が足に食い込んでいる。その足も人の足ではなく、細く骨だけのような、鳥の足のような形をしていた。


「とりあえず罠取らなきゃ……って手ぇ!」


 両手で罠を開こうと足へ持っていったらそれは手ではなくて羽だった。とても白く美しい羽毛だ。


「今回私、鳥なの? ……っは! もしかして鶴の恩返しの鶴かな」


 前に勉強しているときに見た本には白い羽毛にところどころ黒く色の入った美しい鳥が挿絵に入っていた気がする。これが鶴なのだろうか。


「って、今はそんなのどうだっていいの。とりあえず、たぁすけてぇぇえ!!」


 リエラは叫んだ。叫び声は雪に吸収されて遠くまで響かない。あらん限りの声を出して助けを呼ぶが返事は返ってこなかった。


「どうしよう……」


 誰も来なくて焦る。このままだと衰弱して物語終了どころかリエラ終了だ。

 どうしようかと考えていると背後から雪を踏みしめると音がした。


「たーすーけーてー!」

「おや、誰かいるのですかな」


 ぎゅっぎゅっと踏みしめる音が近づいたと思ったら柔和な顔立ちのおじいさんが顔を覗かせた。


「おや、大変だ。罠にかかってしまいましたか」


 バサリバサリとそうなの助けてと言わんばかりに羽を羽ばたかせる。


「今取ってやりますからね」


 天の神様、山のおじい様ありがとう!

 リエラはおじいさんが罠を取りやすいように大人しくなった。


「よし、取れましたぞ。今度は罠にかかるんじゃないですよ」


 ありがとうと一声鳴いてリエラは飛び去った。


 このご恩は決して忘れませぬ。





 飛び立ったと見せかけて近くの草むらへ潜む。

 おじいさんの家に行って恩返しをせねばならない。

 山奥の家に帰るおじいさんを見送った。


「あ、ここだ」


 家に入るおじいさんを見る。藁葺きの屋根に木造の家屋。珍しい造りの家をリエラはまじまじと見た。


「ここが、極東のおうちかぁ。オレリア王国に建ってる家とは雰囲気が全然違うんだねー」


 こういうのを風情があるというのだろうか。異国の景色はいつもと違っていて面白かった。


「さてと、よし! 助けてくれたおじいさんに早速恩返しだ! えーっと恩返しするときは人の姿になってたよね。……え? どうやればいいの?」


 人魚姫のときの魔女は薬を飲んで変化できた。一体鶴の恩返しの鶴はどうやって人の姿へと変化したのだろうか。


「うーん! 人になれー人になれー人になぁれー!」


 とりあえず、唱えて思いっきり力んでみた。するとぼふん! と白い煙とともに鶴の姿から白い着物を纏った元のリエラの姿に戻った。


「わっ! 戻った! なんかよくわからないけどよかったー」


 人になったのならおじいさんに声をかけてもいいだろう。リエラはさっそく目の前の引き戸を叩いた。


 トントン


「ごめんください」

「はい、どちらさんですかな」


 引き戸が開かれ先ほど助けてくれたおじいさんが顔を出した。


「すみません、道に迷ってしまって。もう夜も近いので泊めていただけないですか?」

「それは大変でしたのぅ。どうぞ、入ってくだされ」

「ありがとうございます!」


 すんなりと中へ通してくれてほっと息をついた。

 挨拶も早々にリエラはいきなり切り出した。


「あのう、いきなりで申し訳ないのですが、ここのおうちに機織り機ってないですか?」


 道に迷ったというので中に入れた娘がいきなり素っ頓狂なリクエストをしてくる。おじいさんは首を傾げた。


「機織り機とな? どうしてそんなものを?」

「えっと、ちょっと使いたくって……」

「使いたい? ううむ、そんなものありましたかのぅ。ちょいと待っててください」


 よっこいしょっとおじいさんは隣の部屋に入っていった。訳が分からないながらも探してくれるらしい。人の良いおじいさんだ。

 しばらくガタガタと探す音が聞こえてきたがやがて音がなくなった。


「ありましたぞー。儂も機織り機があるとは思いませんでしたよ。埃が被っていますが使いたかったら使っていいですぞ」

「ありがとうございますっ!」


 やった! とリエラは喜んだ。とりあえず布を織る機械は手に入れた。あとはどうにか機織りをすればいい。

 あ、最後に言い忘れていたと隣の部屋に入ろうとしていたリエラは振り返った。


「あの、私が部屋にいるときは決して覗かないでくださいね」


 そしてパタンと襖を閉めた。


「変な娘さんですのう」


 一晩中ガッタンガッタンと機織りを続けた。意外と簡単に織れてびっくりだ。狂いの図書の中だからだろうか。鶴の娘になった途端、裁縫がかなり得意になったのだ。布のことならなんでもござれだ。


「おはようございます」

「おお、おはようございます。昨日はなかなか元気に仕事をしていたようですな」

「えへへ」


 一晩中機織り続けたリエラはフラフラだ。どうにか一反織れた。リエラはおじいさんに織ったばかりの布を差し出した。


「おじいさん、これを」

「これは?」

「泊めてくれたり、あとは色々のお礼です。これを売ってお金にしてください」

「ほう?」


 おじいさんは布を手に取るとじっくりと見た。


「ふむ、なかなか良い布ですな」

「ありがとうございます。また今日も織りたいので決して覗かないでくださいね」



 ――夜。今日も今日とて機織りをする。ガッタンガッタンと操作するのが楽しくなってきた。


「ふん、ふふふふーん」


 鼻歌混じりに筬でとんとんと叩く。


「あと、ちょっとで二枚目完成しそ……」


 スパーンッ!


「うきゃあっ! な、なに?」


 突然の破裂音のような音にリエラは飛び上がった。

 慌てて振り向けば部屋の入口で襖を開けた姿のままおじいさんが立っていた。


(こういうのは隙間から覗くのがお約束じゃなかったっけ? おじいさん、めちゃくちゃ堂々としてるんだけど。えー……ここはとりあえず)


 あまりにも堂々と入ってきたおじいさんにリエラは訳が分からなくなるが、今自分は鶴の姿だ。

 鶴の姿を見られてしまっては帰るしかない。リエラはセオリー通りおじいさんの元から姿を消そうとした。


「えー……見てしまいましたね、私の姿を。ならば私は帰らなければなりませ……ん!?」


 ガシィッ!


 飛び立とうとしたリエラの羽をおじいさんは力強く掴んだ。


「はいっ? な、なに!?」

「ぜひ儂と、いや、儂たちと業務提携してくれませんかな!?」

「はあっ!?」






「ほわー、でっかい……」


 あれから、あれよあれよという間に鉄の車に乗せられどこかへ連れ去られた。

 今はあの何もない山奥とは似ても似つかない見たことのない都会的な場所へと来た。

 猛スピードで走る窓から覗く景色は見上げても先が見えないくらい背の高い真っ白な建物がたくさん立ち並んでいた。


「いやぁ、あそこは儂のセカンドハウスでしてな。数年前に中古で買った物件なんですよ。いやはや来てよかったですな」

「はあ」


 鉄の謎の車を運転するおじいさんは「おかげでいい人物と出会えました」と快活に笑った。

 このおじいさん、本当はこの都会に家があるらしい。


 リエラは逃げることができなかった。

 おじいさんに捕まっていたこともあるが、このおじいさん圧がすごい。

 リエラが返事に窮してる間におじいさんは話がしたいからとりあえずこれに乗ってくれと車に押し込んだ。

 すわ誘拐かっ? と慌てたがおじいさんはにこやかに話しかけてきてそんな雰囲気もない。とりあえずリエラはおじいさんに大人しくついていくことにした。


「さてと、着きましたぞ。降りてください」

「はあ」


 久しぶりに地面に足を付けてみればとても硬い感触だった。

 初めて見る景色にリエラは口をあんぐりと開けた。


 見渡す限り地面は灰色に塗り固められていて、周りには大きく背の高い建物が整然と並んでいる。

 道路らしきところにはピカピカと赤と青と黄色に光るものが高い位置にあり、今乗った鉄の車と同じものが猛スピードで走り去っていった。

 そして車が走る場所と区切られた道路でたくさんの人達が歩いていた。人がたくさんいるはずなのに静かなここはリエラの目に不可思議に映った。


「なに、どこ、ここ……」

「鶴のお嬢さんは都会は初めてですかな。なかなかにすごいでしょう」

「うん、すごい……」


 きょろきょろと周りを見ながらおじいさんについていく。おじいさんはしばらく歩くとここじゃと立ち止まった。


「わー、でかー……」


 周りの建物よりも一際大きな建物へたどり着く。

 近くからだと見上げても先が見えない。


「RYUGUJOグループ……?」


 建物の入口のやたらとしっかりとした看板が目に入る。

 読み上げてみてもよく分からなかった。


「ここどこですか?」

「ああ、言っておりませんでしたな。ここでとある人物が待っておりましての。その人物を交えて話し合いをしたいのです。ここはRYUGUJOグループの本社、株式会社 竜宮城です。ようは会社ですな、会社」

「かいしゃ……」


 働くところってことかなと意味を噛み砕きながら考える。リエラの知らないものばかりがあるので今までの常識が通用しそうになかった。

 呆然としながらこの建物を見る。入口からはたくさんの人達が出入りしていた。みんな随分とカッチリとした服装をしている。


「あの人たちは?」

「ん? ああ、ここの会社の従業員であったり、お客人だったりですな。いわば社会を回していく企業戦士たちですよ」

「戦士……っ!」


 キースみたいにキッチリとした服を着ているのに戦うのかこの人たちっ!

 おっかなびっくりその人たちを見る。どことなく疲れている人たちもいるが戦ってきた後なのだろうか。お疲れ様です。


「さて、行きますか」

「行くってどこに?」

「このてっぺんです」


 リエラは建物の中の小箱に乗せられた。

 自分を乗せて動いた小箱にリエラは絶叫した。

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