バラバラを繋ぎ合わせて

「ふん、ふふふーん」


 初夏の爽やかな風が入る廊下をリエラは鼻歌を歌いながら歩いていた。

 あれから何冊も狂いの図書を順調に鎮めてきたリエラは随分とご機嫌だ。才能あるなーと自分で褒めてしまうほどの調子の乗りっぷりだ。


「ふふふふーん。あ、キース」


 数冊の本を抱えたキースが図書室から出てきた。


「リエラ様」

「狂いの図書なんて持って珍しいね。それって完結済みの狂いの図書だよね。どうかしたの?」


 リエラはキースを見つけると問いかける。


 あれから少しぎこちなくなった二人だったが同じ屋敷で暮らしているのだ。毎日会っていればだんだんと慣れる。もとより仲の悪くない二人だ。今では元のように話せるようになった。ただ、あの日のことはお互いに話題に出すことはなかった。

 キースはリエラの元まで来ると二人は並んで歩き出した。


「少し厄介な狂いの図書が見つかりまして。資料を探していたのですよ」

「厄介? それなら私が狂いの図書に入ってサッと鎮めてきちゃうけど」

「いえ、それが入れそうにないのです」

「うん? どういうこと?」

「ええ、それが……」


 目的の部屋に着いたキースは扉を開いた。


「ですから、こっちがこうではなくって!?」

「ああん? これがこっちだろうがよ」


 部屋の中から言い争う声が響く。

 覗いてみればルイーシャとランベルトが中央のテーブルを隔てて言い争いをしていた。


「なにごと?」

「あら、リエラ」

「おーリエラも来たのか」

「ん? なに、どうしたの?」


 リエラはキースに促されて部屋に入ると首を傾げた。

 テーブルには何十枚もの古びてボロボロになった紙が広がっていた。


「みんなボロボロの紙なんて見てどうしたの?」

「それが……こちらが厄介な狂いの図書なのです」

「え!?」


 まじまじと見る。ボロボロの紙は一枚一枚バラバラで本の体を成していなかった。


「紙だけど……本じゃないよ?」


 何枚あるだろうか。おそらくは数十枚から百枚ほどの枚数だ。確かにまとめれば一冊の本くらいになりそうだが今は紙の束と言って差し支えないだろう。

 ボロボロの紙を触ってみれば見たことのない質感で思ったよりも厚くしっかりとしている。


「元々は紐で束ねられた本でした。極東の国からダリウス帝国を経由してここまで来たのですが、その途上でどうやら嵐にあったようで紐が切れてしまったそうです。ワシという素材でできた紙は丈夫だったおかげで無事だったのですが、風に飛ばされてしまい全てをかき集めたときにはページがバラバラになってしまったのです」

「うわー」


 それはなんとも大変だ。よく見れば微かに字が滲んでいる。雨に濡れてしまったようだ。


「それで俺たちが修復してみてんだよ」

「え? ランベルトとルイーシャが触っちゃって大丈夫なの? 綴り手の紋様の入った革手袋してないよね」


 二人とも素手で触れている。この前だって狂いの図書に食べられてしまったのにまた暴走した狂いの図書に食べられたら大変だ。


「どうやら紐が切れてバラバラになったせいか力が弱まっているようでして。二人が触れても問題ないのです」

「そうなんだ」


 しょんぼりしちゃってるのか狂いの図書。直してあげた方がいいのか、どうなのか。でもこの本に食べられている人がいるなら早く救ってあげなければいけないよね。


「ですが、極東の言葉で綴られていますでしょ? わたくしたち読めなくて。そもそもこの話がなんなのかもよく分からないのですわ」

「え、それならどうやって修復しようとしたの?」

「勘ね」

「勘だな」

「勘……」


 なるほど。勘を信じるのは大事だよね。と言ってみたもののそれでは一生修復できなそうだ。


「ねえ、キース。この本ってなにが書いてあったか分かる?」

「話によれば極東の民話が綴られていたようなのです。短編の民話が三編入っているそうなのですが今は全て混ざってしまっていますね」

「うわー、混ざっちゃったんだ。それは修復が大変そうだね」

「ええ、ちなみに『浦島太郎』『鶴の恩返し』『兎と亀』という三編が入っているようです」

「ですが極東の民話なんてよく分からないのよ。ですからそれっぽいものを三つに分けているのですわ」

「ほとんど勘だよなー。字も読めねーし」


 若干諦めた顔で二人は椅子の背もたれに体重をかけた。

 ヒマだったからキースを手伝ってみたはいいものの難しすぎて正直手の施しようがない。


「私、この話知ってるよ?」

「なんだって?」「なんですって?」


 まさかの伏兵にルイーシャとランベルトは腰を浮かせた。


「ご存知だったのですね」

「うん。たくさん勉強しているときにこの話も見たよ。


 ――確か浦島太郎という話は、虐められていた亀を助けた浦島太郎という青年が助けた亀に連れられて海の底の竜宮城っていう楽園に行くの。そこでは手厚いおもてなしを受けて楽しんだんだ。そして、陸へ帰るときに乙姫という女性から玉手箱をもらうの。乙姫はこの玉手箱は決して開けてはいけませんと言って陸へ返すのだけど、陸に着いてみればそこは数百年後の未来だったんだって。そして呆然とした浦島太郎は玉手箱が気になって開けてしまうの。玉手箱はたくさんの煙を出すと浦島太郎はおじいさんになってしまったんだって。


 ――鶴の恩返しは、罠にかかった鶴をおじいさんが助けるの。その夜におじいさんの家に女の人が訪ねてきたんだ。女の人は隣の部屋の機織り機を貸してくださいって部屋に入ったんだけど、部屋は絶対に覗かないでくださいって言うの。一晩経つと質のいい素晴らしい布を織っておじいさんに渡したんだ。おじいさんは初めはありがたく布を売ってたんだけど段々部屋の中が気になってくるの。あるとき言いつけを破って覗いてしまったんだって。そこにいたのは一羽の鶴。罠から助けてくれたおじいさんに恩返ししようと自分の羽を使って機織りをしていたの。見られてしまった鶴はそのまま逃げてしまったんだ。


 ――兎と亀は、兎があるとき亀に山のてっぺんまで競争しようと持ちかけるの。よーいドンと勢いよく飛び出していく兎とゆっくり歩く亀。最初は断然兎が早かったんだけど、兎は亀が全く追いつかないことに油断して途中でお昼寝してしまうの。その間も亀はずっと歩き続け兎を追い越すもお昼寝中の兎は気付かない。兎が気が付いたときには亀はゴールすぐ側で兎は追いつけず亀が競走に勝ったんだって。


 確かこんな話だったと思うよ」


「おお……」

「すごいわ」


 二人の感嘆に思わずえへんと威張る。がんばったのだ。もっと褒めて。


「リエラ様はたくさん勉強なされたのですね。えらいですよ」

「えへへー」


 優しく微笑んでくれるキースに頬を染めて笑った。


「あと、私文字ならどこの世界の文字でも読めるから読んでみるよ」

「あ、そうですわ。リエラは読むことだけは完璧でしたわ」

「ちょっと、なに読むことだけはって」

「なんだよ、はじめっからリエラ呼んでくりゃ解決したじゃねーか」


 リエラは一枚紙を取ると読んでみる。ところどころ霞んだ字は極東の文字なのだろう。見慣れない字体だった。


「えーっと、なになに。むかし、かし、あ……うらた? いま……か、め。……ダメだ。これ狂いの図書だから文字が狂ってて読めないよ。ちゃんとした文章になってない」


 ひとつひとつの文字が意味もなく並ぶだけでちゃんとに読むことができない。全て読み上げたとしてなにも分からないまま終わるだろう。


「マジか。振り出しに戻んのか。これ修復すんの無理じゃないか?」

「ですがきちんと修復しませんとリエラ様にお渡しできません」

「えー……」


 テーブルの上を見る。表紙以外一枚も順番が分かった紙はない。これを修復するのは途方もない時間がかかりそうだ。


「だーっ! もう! こうなったらこうすりゃいい!」

「わっ?」

「ちょっと、なにやってるんですか!」

「やだ、もう適当ね!」


 ランベルトは紙を引っ掴むと表紙を一番前にして全てを束にした。

 そして、紙の束の縦と横をトントンと揃えると紙の端に開いてる穴にくるくると紐を通した。素早く鮮やかな手さばきにキースとルイーシャが止める間もなく適当にまとめられた本ができあがった。


「どうせリエラが潜って治すんだから順番はどうでも大丈夫だろ。要するに完結すりゃいいってことなんだからな」

「なにを言っているんですか! 危険です! リエラ様になにかあったら……」


 カタリ


 狂いの図書は本としてまとめられたからか力を取り戻したように動き出した。


「ちょ、ちょっと動き出したんだけど!」

「うっわ! やべ、こうなんのかよ!」

「なにやってますのよ! ランベルト!」


 ガタガタ動く狂いの図書は元気だ。今にも開いてしまいそう。


「とりあえず、ランベルトとルイーシャさんは離れてください! リエラ様、非常に不本意なのですが行っていただけますか?」

「うん、もちろんだよ!」


 リエラは元気な狂いの図書を手に取った。


「それじゃあ、いってきまーす!」

「どうかご無事で!」

「気をつけなさいね!」

「頼んだぜ!」


 ボロボロになってざらついた表紙の題名をなぞる。


『日本昔ばなし』


 狂いの図書は光り輝きページを開くとリエラを取り込んだ。そして閉じるとパタリと落ちた。

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