赤ずきんたちのから騒ぎ2

 フラフラと歩く。ようやく家の灯りが見えてきた。


「や、やっと着いた……」


 リエラはヘトヘトになりながら呟く。一本道と聞いていたのに。実際、本当に一本道だったのに。

 迷ったのだ。自分でもびっくり。

 あっちへ行ってこっちへ行って。何度か家にも戻った。その度にがんばれ、リエラちゃんされ(解せぬ)どうにかこうにかおばあさんの家に辿り着いたのだ。


「よかったー、ごめんくださーい!」


 遠慮なく玄関のドアを開けた。

 小さな家は玄関を開けるとすぐにリビングがある。その隣が寝室のようで白いシーツのかかったベッドが見えた。

 ベッドは膨らんでいるのですでにいるらしい。


 リエラはベッドへと近づいた。

 足音が聞こえているはずだが反応のないベッドにリエラはふふふーといたずらな笑みを浮かべた。


「おばあちゃん、おばあちゃんのお耳はなんでそんなに大きいの」


「……お前の声をよく聞くためさ」


 ベッドの中の人物に問いかける。

 その人物はベッドの中から問いかけに乗ってくれた。楽しくなったリエラは続けた。


「おばあちゃん、おばあちゃんの手はなんでそんなに大きいの」


「お前をしっかり捕まえるためさ」


「おばあちゃん、おばあちゃんのお口はなんでそんなに大きいの」


「それはお前を食べるためさ。がおー」

「きゃあっ」


 ガバッとベッドに引き寄せられると腕に囲われた。


「あ、ランベルト」

「リエラぁ遅いぜー」


 窓の外は真っ暗だ。迷っている間に夜になってしまったようだ。


「えへへ、ごめんね」

「もう夜じゃねえか。ひとりで待ちくたびれたんだけど」

「ひとり? あれ、おばあちゃんは? ……ま、まさか」

「食ってねーから。初めからいなかったんだよ。狂いの図書が喰った人数が足りなかったんじゃねーのか?」

「そうなんだ?」


 見渡してもリエラとランベルト以外誰もいない。

 物音も聞こえないし今ここには二人っきりらしい。

 そういうこともあるんだーとリエラは頷いた。


「んで? リエラちゃんはどうしてこんなに遅くなっちゃったの」


 うっと言葉を詰まらせると目を逸らした。


「えーっと……道に、迷いまして……」

「はあっ? ここ一本道だろ? なんでそんな迷子なんて器用な芸当ができるんだよ」

「うう……」

「リエラちゃんはおててつないで連れてきてやった方がよかったかなー?」


 リエラはムッとして頬をふくらませた。


「大丈夫だもん。子ども扱いしないで」

「ほーお?」


 ぐるりと向きを変えられ、とさっとベッドに押し倒された。


「え?」

「そーか、そーか。リエラちゃんは大人がよかったかー。仕方ねーなぁ」

「え、え、え」


 リエラは目を白黒させる。そんな様子を見てランベルトは色気を乗せて笑った。


「ところでさ、俺すげえ待たされて腹が減ってるんだけど?」

「ご、ごめんね?」

「お前のこと喰っていーい?」

「へ!? な、なに言って……。ラ、ラララランベルトっ!?」


 なんだか違う気がする! いつもよりも掠れた声にリエラは戸惑う。元よりランベルトは色男だ。まったく気にしたことがなかったが、それを今この状況で気付いてしまったリエラは大パニックだ。


「ちょ、ちょっ、まっ……」

「待たない。ぷるぷるしちゃってかーわい。んじゃ、いただきまーす」


 リエラは目をぎゅっとつぶった。

 ゆっくりとランベルトが近付く。

 そしてランベルトの唇が首筋に触れようとしたとき。


 ダァンッ


 大きな発砲音とともに窓の外から銃弾が貫通してきた。


「うおっ」


 ランベルト目掛けて発砲されたようなそれにランベルトは慌てて飛び退いた。


「あっぶね」

「リエラ様に触れるな」


 家の中へ入ってきたキースにリエラは抱き寄せられた。


「キース……」

「お前本気で狙っただろ!」

「当然だ。不届き者は始末する」

「いや、ちょっと待て。俺シナリオ通りに話を進めようとしただけだから……って聞けよ!」

「問答無用」

「銃口こっち向けんなって。ちょ、ちょっと待て。ぎゃあっ!」


 ダァンッとランベルトのすぐ隣を物凄い速さで弾が走った。


「あぶねえっ!」


 間一髪で避けたランベルトにキースは鋭い目を向ける。


「お前にリエラ様は渡さない」

「え……?」


 抱きしめていた体をぎゅっと引き寄せられた。

 リエラは小さく息を飲み、キースを見上げる。

 キースは真っ直ぐ前を向いたまま銃を構えると引き金を引いた。


「ぎぃやぁぁぁあ!! マジやめろってぇ!」


 ダァンッ、ダァンッと銃声が響き渡る。

 何度も撃たれる猟銃にランベルトは外へ逃げ出した。



 こうして狩人の銃撃にたまらず狼は逃げ出しました。そして赤ずきんちゃんは家に戻るといつまでも平和に暮らしましたとさ。


 ――めでたし、めでたし?』




 おっけーおっけーと白い世界で狂いの図書が両腕で丸を作る。

 そして辺りが真っ白く光ると全員が狂いの図書から出された。




「ひどいっ!」


 ランベルトは起床そうそう叫ぶ。


「なんですの、うるさいですわねぇ」

「ルイーシャもひどいっ。みんなが冷たくて俺泣いちゃいそう。リエラは優しくしてくれよぉ。……おっと?」


 ランベルトが振り向けば真っ赤な顔を押えて座り込むリエラがいた。


「……ふーん?」

「あら、どうしましたの? リエラ」

「え、な、なんでもないよっ」


 慌てたようにすくっと立ち上がる。


「えーっと、お店の片付け手伝って来るね!」


 誤魔化すように言うと走り出す。

 狂いの図書が暴走したせいで店内はぐちゃぐちゃだ。

 粗方の片付けをした方がいいだろう。

 リエラは先に起きて片付けを始めていたキースを手伝いに向かった。


「どうしたのかしら」


 ルイーシャは首を傾げると近くに落ちている本たちを拾い始めた。


「割れたガラスも落ちているから気をつけてな」

「ええ、あなたも手伝ってちょうだいな。重いものを運んでくださる?」

「ああ、もちろん」


 ルイーシャに注意を促してからランベルトも作業を始める。この人数なら片付けも早く終わるだろう。


「……それにしても、あのお嬢さんが、ねえ」


 小さな呟き声は賑やかな片付けの音にかき消された。







「キース」

「リエラ様」


 夜も更けみんなが寝静まった頃、リエラはキースを見つけて外へ出た。


「今日は月が綺麗だね」

「……そうですね」


 今日はこの前とは変わって満月だった。星はあまり見えないがとても綺麗な月だった。

 二人はしばらくその月を見上げた。


「……今日は大変だったね」

「ええ、狂いの図書から救い出してくださりありがとうございました」

「ううん、私もいきなり来ちゃってごめんね」

「いえ……」


 話が途切れてしまう。なぜだかいつもと違う気がしてそわりと落ち着かなかった。


「あの、狂いの図書にいるときに助けてくれたじゃない? あのときに言ったことって……」

「申し訳ございません」

「え?」


 空を見上げたままキースは温度の感じない声を出した。


「差し出がましいことをいたしました。主のなさることに使用人である私が口を挟む権利もありませんのに」

「あ……」


 ここ最近感じてた距離からとても離れた気がする。

 いきなり広がった距離に戸惑いを隠せなかった。


(笑え、リエラ)


 リエラは無理やり笑顔を作るとなんでもないことのように話した。


「……ううん、私も困ってたから助かっちゃったよ。ランベルトってばすぐからかってくるんだから。困っちゃうよね」

「ええ」


 あははと笑う。自分の出した声がひどく遠くに聞こえるようだった。


「……もう行くね。……おやすみなさい」

「……ええ、おやすみなさい。……いい夢を」


 リエラは踵を返した。これ以上ここにいたくなかった。


(なんでだろう。胸がチクチクする……)


 胸が苦しい。なぜだか分からない感覚にリエラはひどく困惑した。

 走るように歩き去っていく。振り向くことはしなかった。


 月夜の晩、満月に照らされた男はぎゅっと手を握りしめた。

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