赤ずきんたちのから騒ぎ1

『「寄り道せずにおばあ様の家に行くのよ、よろしくて?」


 声が聞こえて目を開けばそこは可愛らしくまとまった家の中だった。

 玄関の前でリエラは籠を持って立っていた。


「あれ、ルイーシャ?」

「あら、リエラ? ここ、どこかしら」


 リエラがよびかけたことで、ふと気付いたかのようにルイーシャは周りを見た。


「ここは多分狂いの図書の中だと思う。食べられちゃう前に題名を見たけど、童話『赤ずきん』の世界だと思うの」

「赤ずきん、ね」


 状況を整理するように辺りをを見ながらルイーシャは考える。ルイーシャはエプロンをつけた服装で、リエラは赤いフードのついたポンチョを身にまとっていた。


「そうすると、リエラが赤ずきんなのかしら。わたくしはあなたのお母様というところかしらね」

「そうみたいだねえ。ここから完結まで行けば狂いの図書から出られると思うんだけど。……そういえば、ルイーシャは記憶がしっかりあるね」

「そうみたいね。先ほどまでは意識がぼんやりしておりましたけどリエラに話しかけられてはっきりと覚醒しましたわ」

「そうなの? 私と一緒に入ったからなのかな? なんにせよルイーシャが無事でよかった」

「ええ」


 ルイーシャの記憶がそのままで狂いの図書にいるのは綴り手であるリエラと共に喰われたからだろうか。

 リエラとしても自ら入ることはあっても喰われたのは初めてだ。喰われる前に題名を読み上げたからリエラの魔力は狂いの図書に流れているはずだがいつもと違うので気をつけなければ。


「さて、狂いの図書から出るために話を進めなくてはならないわね」

「そうだね。えーっと赤ずきんちゃんはこれからおばあちゃんの家におつかいに行くんだよね」

「おつかいね。……おつかい? リエラが?」


 軽く頷いていたルイーシャはぴたりと止まった。


「ダメよ。危ないわ」

「へ? ルイーシャ?」

「リエラひとりでおつかいに行くのでしょう? 外は危険がいっぱいよ。リエラにはまだ早いわよ」

「ええ……?」

「せめてもう少し大きくなってからの方が……」

「ルイーシャ」


 真面目な顔をしてルイーシャを見た。


「子どもの可能性を潰してはダメだと思うの」


 はっ、とルイーシャは息を飲む。


「そうね、そうよね。わたくしが間違っておりましたわ」




 ――今回おつかいに行くのは街のはずれに住むリエラちゃん。十代後半の女の子で、今日がはじめてのおつかいです。

 元気いっぱいのリエラちゃんは今日のおつかいにとてもはりきっています。


「では、このぶどう酒と木苺のパイとチーズをおばあ様に届けに行くのよ」

「うん! わかった!」


 リエラちゃんは風邪をひいてしまったおばあちゃんのために籠いっぱいのお見舞いを持っていくことになりました。ちゃんとに持てるかな。


「お財布は首に下げておきましょうね。迷子になっても大丈夫なようにお財布の後ろに名前と住所を書いてありますわ。目立つように赤いフードを被っていきなさい」

「はぁい」

「おばあ様の家は分かりますの? この道をまっすぐに進んで森を抜ければすぐですわ。寄り道せずにおばあ様の家に行くのよ、よろしくて?」

「うん」


 おばあちゃんの家までは一本道。けれども途中には森があってそこを抜けなければいけません。そこには花畑もあってリエラちゃんを誘惑してきます。リエラちゃんは寄り道せず無事におばあちゃんの家に辿り着けるでしょうか。


「近頃は狼も出るというから気をつけなさいね」


 お母さんはとっても心配です。けれどもリエラちゃんにたくさんの経験をさせたいと今日のおつかいを決めました。


「では、気をつけて行ってきなさい」

「いってきまーす!」


 リエラちゃんは一歩を踏み出しました。さあ、大冒険の始まりです。



 ぴたり。


「今、果てしなく納得できないなにかがあった気がする……」


 ――さあ、がんばれ。がんばれ、リエラちゃん!






 とことことこ、と一本道を歩いていく。

 道中特に問題はなく今は森の中だ。ここを抜ければおばあさんの家なのだろう。

 さすがに花畑で寄り道することはないよねと独りごちながら進む。


「どこに行くんだ、おじょーさん」


 リエラは振り返った。


「あれ、もしかしてランベル……ト?」


 ランベルトの声がしたと振り向いたリエラは驚き目を大きくした。


「ん? お、リエラじゃねーか。ってかここどこだ?」

「えっ、それよりもランベルトどうしたの、その格好」

「なにがだ? って、うおっ! なんじゃこりゃ」


 ランベルトの頭には黒い大きな動物の耳が、おしりのところには黒いもふもふのしっぽが付いていた。


「これってもしかして狼?」

「狼? どういうことだ?」


 なんのことか分からないランベルトにリエラは説明をする。話が長くなりそうなのでとりあえず近くにあった花畑のベンチに座った。


「わあ、すごい綺麗な花畑だねー」

「おお、見事だな。んで、ここは一体どこなんだ」

「あ、そうそう。ここはね、狂いの図書の中だよ。童話の赤ずきんの中。古本屋さんでみんな食べられちゃったみたいなの。騒動の最中お店に入ってきたのってランベルトだったんだね」

「ああ、あれな。ガタガタ音がして叫び声が聞こえたから何事かと思ってな。んで、また狂いの図書に入ったのか。前回と違うのは今回は意識がはっきりしてるってとこか」

「んー、多分なんだけど綴り手である私と一緒にはいったからかも。さっきルイーシャとも話したけどルイーシャも意識も記憶もしっかりとあったよ」

「はー、なるほどなあ。んじゃ、話を進めて終わらせりゃ戻れるわけだ」

「そうそう」

「なら早く進めよーぜ。つっても赤ずきんか。話の内容が分かんねーな。どんな話かお前は知ってるか?」


 腕を組んで考えるランベルトにリエラは頷いた。


「うん、赤ずきんの話はね。

 ――いつもお気に入りの赤いずきんを被っているので赤ずきんちゃんと呼ばれている女の子がお母さんに頼まれて森の中に住むおばあさんの家におつかいに行くことになりました。

 道中、出会った狼に唆されて花畑で寄り道をしてしまいます。赤ずきんちゃんが花を摘んでいる間に狼はおばあさんの家に行きおばあさんを食べてしまいました。

 そしてなにも知らずにやって来た赤ずきんちゃんがベッドに近付くと中に隠れていた狼は赤ずきんちゃんも食べてしまいます。

 そこを通りかかった狩人がおばあさんの家の様子がおかしいと気付き中を見るとお腹を大きくして寝ている狼がいました。狩人は狼のお腹を捌き中なら赤ずきんちゃんとおばあさんを助け出しました。こうして赤ずきんは無事に家に帰ることができました。めでたしめでたし。

 ――大体こんなお話だよ」

「なるほどなあ。なら俺がその赤ずきんとおばあさんを食っちまうわるーい狼ってことだ。やだ俺、腹かっさばかれんの?」

「さすがにそこはフリでいいと思うよ」


 話の内容を聞いたランベルトは青い顔をしてお腹を押さえた。さすがにそこまで血みどろなことはしなくていいと思う。

 そもそも狂いの図書が満足する結末を迎えればいいのだから少し結末を変えてしまえばいいのだ。


「よし、じゃあさっさとやるか。んー、花畑に寄り道とばあさんの家に行ってばあさんを食うんだっけ? 俺、ばあさん喰う趣味ないんだけど?」

「本当に食べちゃダメだよ!? フリだよフリ!」


 リエラは慌ててランベルトを揺さぶった。


「わーかったって。そこはどうにかするさ。んじゃ、花畑で寄り道はクリアしたから次だな」

「花畑で寄り道……? はっ!」


 してるじゃん、寄り道。

 なんだかなにかに負けた気がする。

 しょんぼり落ち込んでいれば大きな手が頭に乗った。


「俺は先に行って準備しているからお前は花でも摘んでゆっくり来いよ」

「はぁい。ランベルト気をつけてね」

「ん。お前もな」


 去っていく大柄な体をリエラは見送った。

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