星空に描く物語

「眠れない……」


 リエラはベッドに潜るもなぜだか目が冴えてしまい寝付けそうになかった。


「水でも飲も……」


 部屋に水差しの用意はない。

 ため息をついて起き上がるとそのまま部屋を出て調理室へ向かう。

 夜も更けみんな寝静まった屋敷でリエラはぺたぺたと歩く。

 いつもは気にならない静寂が妙に気になる。

 暗い廊下は人の気配を感じずなんだか初めてここを見たときを思い出すようだった。静かで物寂しい。それから比べると今はだいぶ賑やかになったんだなとしみじみ思う。


 調理室で用意されていた水を少し拝借してコップについで飲んだ。ランベルトからは調理室立ち入り禁止を言い渡されていたが水を飲むくらいなら構わないだろう。


 こくこく飲んでひと息ついた。また部屋に戻りベッドに潜って寝なければならない。だが今日は寝付ける気がしなかった。

 しばらくぼうっとしていると部屋のカーテンが少し開いているのに気付く。



「わあ。すごい星空」


 外が気になりリエラは庭へと出てきた。

 今日は昼間もいい天気だった。見上げる夜空は雲で隠されることもなく星が綺麗に瞬いていた。

 星が降ってきそうとはこういうことなのかなと感動するほどの見事な星空だ。


 リエラはしばらく星空を見上げていた。


「風邪をひきますよ」


 呆けているリエラの肩にやわらかなブランケットが掛けられた。


「キース」

「眠れませんか」


 優しく問いかけられるそれにリエラはうんと短く答える。


「眠れなくて水を飲みに来たんだけど。外が気になって出てきたの。綺麗な星空だね」

「ええ、そうですね。今日は特別星が見える。見事な夜空ですね」


 キースも空を見上げると二人はしばらく静かに星を見る。静寂が心地よかった。


「私ね、空を見るなんてあんまりしたことがない気がするの。いつも見上げる空は毎日違っていてとても新鮮で。空ってこんなに広いんだね」

「リエラ様……」

「知らないこと分からないことばかりなの。記憶を失う前の私ってなにしてたんだろうね」


 知らないことが多すぎる。記憶喪失のせいかと思っていたがどうやらそれだけではなさそうだ。以前の私はどこでなにをしていたのだろうかと少し不安になる。


「……リエラ様は星座というものはご存知ですか?」

「へ? ううん、知らないけど……?」

「見える星の中で特に目を引く星列を結びつけて人物や動物などの姿かたちに見立てるのです。大昔の人は神話に登場する人物や動物などを夜空に描きました。……そうですね、北の方角に特に明るい七つの星が見えますか? 繋ぎ合わせるとひしゃくの形になるのですがこれを北斗七星といいます」


 キースは分かりやすいようにリエラに体を寄せると手を伸ばした。キースの指差す方を見てリエラは星を探す。


「七つの星? んーと、繋げると……。あ、ホントだ、ひしゃくっぽいね!」

「そしてこの北斗七星は周りの星と繋ぎ合わせると大きな熊のかたち、おおぐま座になります。北斗七星はおおぐま座のしっぽと体の部分になるのです」

「へえ!」

「北斗七星のひしゃくの柄の部分にあたる三つの星から弧を描くように線を伸ばしていくとオレンジ色の明るい星、アークトゥルスに辿り着きます。この星と周りを繋げればうしかい座になるのです」

「うんうん」

「アークトゥルスから更に弧を描くと青白く輝く星おとめ座のスピカがあります。おとめ座はスピカ以外には目を引く明るい星がないので分かりにくいですが全体的に大きなY字形を寝かせたようなかたちで、背中に翼を持ち、右手に麦の穂を携えた女神のかたちを表しているとされています」


 体を寄せて指を動かしながら説明するキースにリエラはその長く筋張った指を辿り星を見る。

 明るい星は見つかるが周りの星と繋ぎ合わせるのが難しい。


「うーん……?」

「難しいですか?」

「うん、なんだか全部同じ星に見える……。私には想像力が足りないみたいだよ」

「ふふ、星座は大昔の羊飼いたちが夜ごと星空を眺めながら星々を繋いで動物や英雄の姿を描いたのが始まりだとされています。きっと昔の方は自分だけの星座を描いていたかもしれませんね」

「自分だけの星座……」

「そして星座は神話を元にしているものが多く星座ひとつひとつに物語があるのです」

「物語が? どんな話があるの?」

「そうですね……。例えばあのおとめ座にはいくつかの話がありますがその中のひとつ、豊穣の女神デーメーテルの娘ペルセポネは、妖精と花を摘んでいる際に冥神ハデスに略奪され妻とされました。母デーメーテルが激怒したため、大神ゼウスはハデスにペルセポネを天界に帰すように命じます。ペルセポネは天界に戻りましたが冥界のザクロを口にしていたため、一年のうちの三分の一を冥界で過ごさなければならなくなりました。こうしておとめ座が天に上がらない4か月の期間ができ、それを嘆き悲しんだデーメーテルにより、穀物の育たない冬が生まれたそうです」

「へえ、面白い。おとめ座はペルセポネなんだね」

「そうですね」


 キースは色んなことを知っているね、すごいと言えばそんなことはないですよと優しく微笑む。


「星空にも物語があるんだ。知らなかったなぁ。物語って本の中だけじゃないんだね」

「ええ。この世界には本に描かれているもの以外にもたくさんの物語があります。知らないことがあればこれから知っていけばいいのです。知らないことは悪いことではありません。リエラ様はこれからたくさんのことを学んでいけますよ」

「キース……」


 優しく話すキースにリエラは温かい気持ちになった。

 知らないなら知ればいい。分からないことにぶつかる度に学べばいいのだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 今日は新月で月が見えない。その代わり星々が辺りをわずかに照らしてくれる。ひとつひとつの星はあまり明るくないもののたくさん集まるととても明るく見える。

 そんな星々を見上げながらリエラは最近考えるようになった夢を語った。


「ねえ、キース」

「はい、なんでしょう」

「私ね、いつか色んなところに行ってみたいの」

「リエラ様……」

「たくさんのものを見てみたい。たくさんのことを経験してみたいの」


 夜空を見上げながらまだ見ぬ世界へ思いを馳せる。


「リエラ様は外へ出てみたいのですね」

「うん」

「でしたらその時は私も共に連れて行ってはくださいませんか」

「え?」

「リエラ様が見るものを私も一緒に見てみたいのです」


 目を開いてキースを見る。キースはとても優しい目をしてこちらを見ていた。

 リエラはふわりと微笑んだ。


「うん、一緒に行こう。約束ね?」

「はい」


 静かに夜は更けていく。

 二人はしばらく寄り添い満天の星空を見上げていた。





福岡県青少年科学館

88星座図鑑

ウィキペディア から引用

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