子ども扱いしないで

 今日はいい天気。爽やかな青空にきつすぎない日差し、やわらかな風が吹く絶好のお散歩日和だ。

 ここ最近今までの分を取り戻すかのように勉強していたリエラはさすがに疲れて外へ出た。久々の外はとても眩しかった。

 思いっきり伸びをすればバキバキと背中が鳴る。勉強ばかりで動かなさすぎたかもしれない。


 ひとりのんびり屋敷の庭を散策していれば、前方でなにかを思いっきり振る音が聞こえてきた。

 気になって歩いてみれば真剣な顔で剣を振るフランツがいた。


「あれ、フランツ」

「おー、リエラお嬢さんじゃないっすか」

「こんにちは。フランツは今日休み?」


 そうっすーとフランツは手を止めて汗を拭いながらリエラの元まで来た。

 ルイーシャと共に新しく住民になったフランツとネイサンはランベルトと同じくサラナ街の自警団の団員になったのだ。

 屋敷にいるとき三人は庭の一角を使って日頃から訓練しているのだと教えてくれた。


「休みなのに剣の練習してるの?」

「そりゃそうっすよ。日頃から訓練してなけりゃいざという時に動けないっすからね」

「そっか。フランツすごいね。剣のことはよく分からないけどすごく迫力あったよ」

「俺はそれほどでもないっすよ。すごいのは隊長の方っす」

「ランベルト?」

「隊長、いつもはあんな感じだけど本気出したらすっげえ強いんすよ」

「そうなの?」


 フランツも相当軽いがランベルトもなかなかに軽い。そんなランベルトの本気と言われてもいまいちピンとこない。

 そういえばランベルトが剣を振るところは見たことないなあと思っているとフランツがポツリと呟いた。


「でも隊長の本気なんてリエラお嬢さん、いや一般人は知らない方がいいと思うけどね」

「え? なんで?」

「……騎士や兵士が本気出すってことはナニカが起きたってことでしょ? 事件や事故、それこそ戦争とか。ロクなことじゃないんだから知らなくていいんすよ」

「そうなのかな?」


 それもそうか。なら騎士様や兵士さんはとっても大変な職業なんだなとうむむと唸っているとフランツは軽く笑った。


「そうそ。まあ、だからこそ俺たちはそうならないように見回りして警戒を怠らないようにしてるんすよ。と、いうわけでリエラお嬢さん手出して」

「え? なになに」


 言われるがままに手を出すとフランツはポケットからいくつか飴を取り出しその手に置いた。


「わあ、飴だ!」

「この前サラナの街角で買ったんすよ。リエラお嬢さんにどうぞ」

「やったあ! ありがとう!」


 リエラはキラキラと満面の笑みを浮かべると両手できゅっと飴を握った。


「フランツはよくお菓子をくれるね? あげるのが好きなの?」


 リエラがフランツと会う度なにかしらのお菓子をもらうのだ。今みたいな飴や駄菓子が多いだろうか。いつもポケットから出されるそれにふと気になって聞いてみた。


「いやあ、リエラお嬢さん見てるとなんかあげなきゃって気になるんすよねー。まあ、気にせずもらってくださいよ」

「そうなの? 嬉しいー」


 リエラはふくふくと頬を綻ばせた。





「んー、しょ!」


 リエラは必死に手を伸ばす。背伸びをしてもまったく届かなかった。


「リエラさん?」

「あ、ネイサン!」


 近くを通りかかったらしいネイサンが声をかけた。


「随分とがんばってますがどうかしたんですか?」

「うん、この木に生ってるあんずを取りたいんだけど、届かなくて」


 棒とか脚立とか探してみたんだけど近くになかったのとしょぼんとリエラは話す。

 ああ、あんずですかとネイサンは今気付いたように木を見上げた。


「リエラさんじゃ届かないでしょうね」

「そうなの。でもどうにかして採りたいの」

「そうですか……」


 ネイサンは少し思案すると、リエラをひょいっと持ち上げた。


「ひょわあっ! な、なにっ? どうしたの?」

「あんずを採りたいんですよね?」

「そ、そうだけど。これは一体……」


 話してる間にもネイサンはぐいっと持ち上げスカートを捲らないようにしながらリエラの両足を肩に担いだ。


「肩車……」

「これならリエラさんでも取れるかと思います」

「そ、そうだね! でも、ネイサンが採ってくれるって方法もあったんじゃ……?」

「? リエラさんが採りたいのかと思いまして」

「そ、そっか」


 うん、確かに採りたいあんずがよく見えるしネイサンより更に高いところも取れるしいいかと納得してリエラは遠慮なくネイサンを頼った。


「じゃあ、右の方に行ってほしいの」

「分かりました」


 行ってほしいところを指差しながらリエラは籠を抱えた。


「たくさん採れたよ! ネイサンありがとう!」


 目標の数が集まりネイサンに下ろしてもらったリエラはじゃーんと籠を見せた。

 籠の中にはぎっしりとあんずが入っていた。


「いえ。こんなに採ってどうするんですか?」

「ふっふっふー。これを使ってキースにあんずパイを作ってもらうのー!」

「あんずパイ……」


 ネイサンはそわりと僅かに肩を揺らした。


「どうかした? ネイサン」

「い、いえ」

「んー、もしかしてネイサン甘いものが好き?」

「い、いえ!」


 ネイサンは目を逸らした。少し耳が赤い。

 たまにおやつやデザートを食べてるときにネイサンに出くわすと羨ましそうな視線を向けられるときがあるのだ。

 もしかしてと思ってとは思っていたがその通りだった。

 ネイサンは甘いもの好きを知られるのが恥ずかしいらしい。


「甘いの好きでもいいじゃない。おいしいよねー。私も大好きだよ!」

「はあ」


 食べ過ぎると太るのが困りものだけどと笑う。ネイサンと共通点ができて嬉しい。


「今日のデザートに出してもらおうよ。きっとおいしいよ」


 ネイサンに笑いかけてふと思い出した。リエラは籠を置くとポケットを漁った。


「はい、あげる! 助けてくれたお礼だよ。とはいってももらいものだけど」

「飴ですか。ありがとうございます」


 リエラはフランツからもらった飴を渡した。

 ネイサンのいつもは無表情な顔がわずかに弛んだ。

 喜んでくれたようで嬉しい。横流しの飴だけど。


「えへへ、今日のデザート楽しみだねえ」





 夕方、フランツと話した庭の一角でリエラはむくれていた。


「おー、なに熱心に見てくれちゃってるの。照れるだろー。でもまあ、俺かっこいいから仕方ねえよな。あんまり見すぎて惚れんなよー」

「わかったー」


 ぷうっと頬をふくらませる。

 昼間フランツが訓練をしていた場所でランベルトが剣を振っているのを芝生の上に座ったリエラは立てた膝に頬杖をついてじーっと見ていた。

 剣のことはよく分からないが太刀筋がしっかりしていて動きにムダがない。フランツが言うように確かにすごい人なのかも。

 そう思いながらもむくれることは止めない。


「なぁに、リエラちゃんは一体どうしたのよ」


 ランベルトはリエラに近寄るとぽんぽんと頭をなでた。


「これ!」

「なにが」

「これだよ! ランベルトたち私のこと五歳くらいの幼児だと思ってないっ?」

「んん? どういうこと?」


 さっきまでは全く気づかなかったけど。よくよく考えてみたらそうとしか思えない。


「フランツはいつも会う度に駄菓子をくれるし、ネイサンは木に生ったあんずを取るために肩車してくれたの。……私たぶん十代後半の女性なんですが」

「ぶはっ!」

「この前なんてフランツに「知らない人にお菓子あげるって言われてもついてっちゃダメっすよ」って言われたんだよ? さすがに分かるよ! もうすぐ大人だもんっ」

「ぶははははっ! ちょ、ちょっとまって」

「ネイサンだって図書室でハシゴ登ってたら危ないから登らないでくださいって下ろしたんだよ? 私ハシゴで遊ぶ幼児じゃないよ?」

「ひぃーっ! あ、あいつらなにやってんだよ」


 面白すぎんだろと大爆笑するランベルトにリエラは更にむくれる。


「子どもじゃないもんー!」

「あははははは!」


 ランベルトの爆笑が夕方の空に響く。その笑い声はリエラが本気で怒り出すまで止まらなかった。


 ちなみに、リエラの機嫌を取ろうとしたランベルトが夕食後のデザートを譲るとリエラの機嫌はたちまち元に戻ったそうな。

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