恋に恋して人魚姫3
煌びやかな王宮の夜。
今日は煌めきを更に増していつも以上に華やいでいる。
王子の祝い事に駆けつけた人々がその会場にひしめいていた。
そんな会場に悪目立ちしない程度には着飾ったリエラが所在なさげに立っていた。
(どうにかこの婚約発表を壊すことできないかな)
ここまで整えられてしまうと難しいかもしれない。
リエラはハラハラとどうにかできないか考え込んだ。
「殿下、ご婚約おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
会場の中央ではいつも以上に着飾った王子とマリアンヌが寄り添いお祝いに鼻高々と笑っていた。
マリアンヌの胸元にはこれは自分のものだというように堂々と真珠のブローチが付けられている。
「――さあ、皆様。今日は僕たちのためにお集まりありがとう! さて、良い知らせを伝える前にひとつ片付けたいことがあります! ――おい、話のできない娘、ルイーシャ、こちらに来い」
「……」
ルイーシャは中央へと歩み出た。
なにもできないリエラはハラハラとその場面を見守るしかなかった。
「さて、お前は僕の愛しいマリアンヌを傷つけたな。そして、どんなに注意しようと決して謝ることはしなかった」
ルイーシャは俯いて黙って聞いている。
「可哀想にマリアンヌは茶をかけられ突き飛ばされ黒猫をけしかけられ、さぞ怖い思いをしたことだろう。それでも健気に僕の側にいてくれたのだ」
「殿下ぁ」
王子はマリアンヌの腰を抱いた。それに感動したかのようにマリアンヌは王子の胸にもたれ掛かる。
黙って聞くしかないルイーシャは辛うじて首を振るも誰も味方になってくれはしない。
(ルイーシャはそんなことやってないのに!)
リエラはモヤモヤするもどうにもできなくて手をこまねくしかなかった。
「いくら僕に惚れているからと言って嫉妬など見苦しい。
……大体、その声が出ないというのも嘘ではないのか? 大方僕の同情を引くためだろう。だが、残念だったな。僕にそんな幼稚な嘘は通用しない!」
リエラは頭の中でブチリとなにかが切れる音を聞いた。
「ちょっと待って!!」
人々を押しのけ中央のふんぞり返っている二人とルイーシャの元まで歩み出る。
「黙って聞いてれば勝手なことばっかり言って! 適当なことばっかり言わないでよ! 大体、お茶をぶっかけたことも転んだこともこの人が勝手にやったことじゃない!」
「な、なに言ってるのよ、そんなことするハズないじゃない」
「ルイーシャは優しいの! 淹れたお茶が失敗してても最後まで飲んでくれるし、落ち込んでいたら頭をなでて慰めてくれるの。あなたみたいな人にはもったいない子なんだから!」
「なっ! 無礼だぞ! おい、こいつをここからつまみ出せ!」
兵士がこちらへ向かってきて捕まえようと手を伸ばす。
「うるさーいっ!!」
頭に血が上ったリエラは懐から眠り薬が入った小瓶を取り出すと兵士へ思いっきり投げつけた。
まともに被った兵士たちは床へと次々に倒れ込んだ。
「だいたい、その真珠のブローチはルイーシャのものなんだよ? それを奪い取るなんて許せない! こういうのってドロボーっていうんだよ!?」
「なっ! これは私のよ!」
「うそつき!」
そう言うやいなやリエラはマリアンヌに掴みかかるとマリアンヌの胸元から真珠のブローチをブチリと引きちぎった。
「ちょっと返しなさいよっ!」
「なに言ってるの! これはルイーシャのっ! あなたのじゃないんだから!」
「あんたこそなに言ってんのよ! これはあたしのよ!」
互いに髪を掴み揉み合いになる。
マリアンヌが奪い返そうと手を伸ばしリエラは逃げようとする。手がぶつかり真珠のブローチはリエラの真後ろへ飛んでった。
「「あっ!」」
真珠のブローチはルイーシャの手元にすぽりと収まった。
「ちょっと返しなさいよ!」
「だから、これはルイーシャのだって!」
マリアンヌがルイーシャに手を伸ばしたとき、ルイーシャの手元にある真珠のブローチは本来の持ち主の元へ帰ってきたのを喜ぶかのように七色へまばゆく光り輝いた。
「……これは、あのときの」
王子は七色の光を呆然と見つめるとルイーシャの元へ歩んだ。
「助けてくれたのはあなただったのか」
「……」
王子はルイーシャの手を取った。
「すまない、私が間違っていたようだ。あそこの女に騙されていたのだ」
「そんな殿下っ!」
「うるさい! だまれ! 僕を騙すなど万死に値するっ!」
「そんな……」
追いすがるマリアンヌを足蹴にした。ころりと態度を変えた王子にマリアンヌは呆然とする。
そんなマリアンヌを冷たく一瞥すると王子はルイーシャに向き直った。
「ルイーシャと言ったな。結婚しよう」
「――は?」
顔を俯かせたまま、パンっと王子の手をルイーシャは払った。
うろたえた王子だったが、またにへらと笑みを浮かべると畳み掛ける。
「そなたは僕のことが好きだったのだろう? 大丈夫だ、これからは僕も愛してや……」
「――ふざけんじゃ、ないわよーっ!!!」
「へぶぅっ!!」
ルイーシャの右のこぶしがいきおいよく王子の左頬を捉えると王子は吹き飛んだ。
(グーでいった!!)
周りは呆然とその様子を見守る。
「愛してやるですって? そんなのこちらから願い下げですわ! 二度とその口開かないでくださる? 気持ちが悪い」
ルイーシャはハンカチを取り出すと殴った方の手を拭き、ぽいっと捨てた。
「リエラ!」
「は、はい!」
「行きますわよ!」
「――うん!」
ルイーシャはリエラの手を引くと走り出した。
混沌とした会場などもう知らない。あんな男など――もう知らない。
「はあ、はあ……」
王宮を駆け抜けていく。
「はあ、はあ……ふふ」
「ぶふっ」
「うふふ!」
「あははは!」
手を取り二人は走る。
「やってしまいましたわ」
「うん、やっちゃったね!」
「やってやりましたわ!」
「やってやったよー! すっきりしたー!」
うわーっとリエラは伸びをした。
すごく嫌な思いをしたが今は清々しい気分だ。
「ふふ、リエラの掴み合いよかったですわよ。迫力満点で見応えありましたもの。……かっこよかったわ」
「あ、それを言うならルイーシャの腰の入ったパンチだってかっこよかったよ!」
きゃらきゃらと笑いながら褒め合う。
「それにしても、あの王子のことはもういいの?」
「あら、あんな男がわたくしに相応しいと思って?」
「ううん、ぜーんぜん! ルイーシャに相応しいのはもっといい男だよ」
「ふふ、当然でしょ」
笑う顔はすっきりとしていて恋など欠片も見当たらない。この恋はもうすっかりきっぱり切り捨てたらしい。
「ところで、これからどこ行くの?」
「そんなのひとつに決まってるでしょ? 帰るのよ、わたくしたちの海へ」
「うん!」
帰ろう、私たちの海へ。
夕日を反射して目の前の海はキラキラと輝いていた。
――TheEND』
『これはこれでアリ!』
真っ白な世界、真っ白な狂いの図書が親指を突き立てた。
「でしょ!」
リエラは満面の笑みで狂いの図書を見返した。
「ルイーシャ?」
図書室で倒れる美しい少女、ルイーシャをゆさゆさと揺する。
「んん……」
「あ、目、覚めた?」
「リエ、ラ……? え? なに? ここはどこですの?」
「うん、混乱するよね。今説明するね」
キースと一緒に説明をした。
どうやらルイーシャも覚えている人の方らしい。
真実を伝え街まで送ることを言い添えるとルイーシャはそっぽを向いた。
「わたくし帰りませんわ」
「ええっ!」
絶対帰らないとルイーシャはむくれた。
「お見受けするところ、ルイーシャさんは貴族のご令嬢ではございませんか? さぞ、ご家族が心配されていることかと思いますが」
「うんうん」
「心配なんてしておりませんわ。それに帰ったところで……。とにかく、わたくし帰りませんから」
「ええ……」
頑ななルイーシャにリエラとキースは顔を見合わせる。
「どういたしますか」
「うーん……。帰りたくないって言ってるし、名前以外は教えてくれないしなぁ。しばらくの間ここに住んでもらおっか」
「そうなりますよね……。そんな気がしておりました。ええ、リエラ様のご指示通りに」
「あはは、ごめんね。それじゃあ、キースの許可ももらったことだしルイーシャよろしくね!」
「感謝いたしますわ」
少しほっとした様子を見せるとルイーシャは優雅に頭を下げた。
「おー、どうした。なんかあったか……って、おっ!」
物音と人の気配に気付いたのか、ランベルトが顔をのぞかせた。
「フランツ! ネイサン!」
同じように狂いの図書から出てきた男性二人に駆け寄る。
ルイーシャとの話し中目が覚めたらしい二人は上体を起こしていた。
「隊長!」
ランベルトと二人は知り合いらしい。
「ランベルト、知り合い?」
「あ、ああ。同じ隊の部下たちだ。お前たちも狂いの図書に喰われてたのか」
「狂いの図書……?」
まったく分からない二人に同じように説明する。二人も覚えている側であった。
「でな、キース頼みがあるんだが」
「嫌な予感しかしませんが」
「こいつらもここに置いてくれ!」
おねがいっとランベルトは野良犬を拾ってきた幼児のような目でキースを見る。ちゃんと世話するからーと言われて母キースは顔をひきつらせた。
「……っ。……っ! ……ちゃんと世話をするのですよ……」
「やったぜ! ありがとなー!」
諦めたようにぐったりと肩を落とし許可を出す。その肩にランベルトはがしりと腕を回した。
「リエラもいいかー?」
「うん、いいよー」
ランベルトの問いかけにリエラは軽く頷いた。
「んじゃ、改めてこっちの髪の明るい方がフランツで暗い方がネイサンだ」
「フランツっす。よろしく!」
「よろしくお願いします」
「リエラです! よろしくね!」
「あ、知ってるっすよ」
「ん?」
リエラは首を傾げた。
「あれ? 覚えてないっすか? 何回か会ってるはずだけど」
「んー? あ、あの兵士さん!」
度々リエラをぽいっと追い出していたあの兵士ではないか。
「せいかーい! いやー、あんときはすごかったっすねー。特等席で見れて感動っすわ」
「なにが?」
「なにってリエラお嬢さんのキャットファイトっすよ。なかなかに迫力あったすね」
「え゛」
あれだ、眠り薬をぶつけた人物でもあった。あのとき寝てたと思ったが起きてたのか。
「いやー、途中で目が覚めたんすけど起きるに起きれなくって」
いやーまいったまいったと笑うフランツに顔が引きつる。
「そっちのお嬢さんもすごかったっすね! あの右ストレートはなかなか出ないっすよ。正直シビレました」
「なっ!」
あははーと笑うフランツにキースとランベルトは首を傾げた。
「なにがあったんだ?」
「あ、聞いちゃいます? 二人の武勇伝」
リエラとルイーシャはお互いを見た。
不思議と心が通じ合う。
――そう、今やるべきことはフランツの口を封じること。
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