お留守番は爆発とともに
「よろしいですか。あの男、ランベルトが近寄ってきたらすぐに逃げるのですよ」
「分かったよお」
とある日の昼下がり。外出着に着替えたキースがリエラにそれはもう心配そうに注意した。新たに増えた住民は猛獣かなにかかな。
この注意ももう何度目だろうか。
さすがにいい加減聞き飽きたリエラはうんうんと適当に頷くとキースの背中を押した。
「ほら、もう行かないと。依頼主さんが待ってるよ」
「それはそうですが……。いえ、やはり心配です。今日の外出は取りやめに……」
「大丈夫だから! ちゃんとお留守番できるよ! 心配しないで行ってきて」
外出を止めようとするキースにリエラは呆れた声を出すとぐいぐいと背中を押し玄関まで連れていった。
「今度お留守番の心得虎の巻でも作ろうか……」
「もう! 大丈夫だってば!」
ブツブツと呟くキースに腰に手を当てはっきりと断る。
お留守番くらい私にだってできるんだから。
「はい、じゃあ気をつけて行ってきてね」
「……本日中には必ず、かならず戻って参りますので」
「はいはい。いってらっしゃーい!」
「いってまいります……」
玄関からなかなか出ようとしないキースだったがにっこり手を振るリエラに諦めたように外へと踏み出した。
街まで行くその背中は心なしかしょんぼりと哀愁が漂っていた。
「ん? キースは出かけたのか?」
「あ、ランベルト」
こちらへ歩いてきたランベルトは外出するキースの背中に視線を向けながら問いかけた。
さっきまで散々注意された言葉を早速まるっと忘れたリエラはこちらまでやってきたランベルトに向き直る。
「あいつが出かけるの珍しいな」
リエラが屋敷に来てからというものキースはほとんど外出をしていない。屋敷に不慣れなリエラを一人残しては行けないと食材や生活用品なども業者に配達を依頼している徹底っぷりだ。
「狂いの図書の引き取り依頼が来ているらしくって。引き取りに行ったんだー。元々狂いの図書関係で外出することは多かったらしいよ」
「へー、狂いの図書がねえ」
元々、狂いの図書のために各地を奔走していたらしい。
今回も狂いの図書が発見されたから回収してほしいとの依頼があったが、キースは依頼を受けるのを随分と渋っていた。
結局は受けざるおえなかったので出かけることになったがリエラが心配で堪らないらしい彼は、前日の夜から留守番の注意事項を何度も語り冒頭に至るというわけだ。
「そういえば、ランベルトも今日は屋敷にいたんだね。お仕事は?」
「んー? 今日は非番なのよ」
そうなのだ。屋敷に滞在するようになったランベルトは働かないでタダ飯を食うのは嫌だからということで屋敷近くの街の自警団へ入団した。
いつも日中はそこの詰所へ詰めているが本日はお休みらしい。
「へー、そうなんだ。ランベルトって元の場所では騎士様かなにかだったの?」
「ん? なんでそう思ったんだ」
「んー、すごい大きくて筋肉がついてるし、仕事も自警団を選んでるしね。賞金稼ぎとか傭兵かなって最初は思ったんだけどそれにしては所作が綺麗だし」
荒っぽい言葉遣いのわりに端々の所作が綺麗なのだ。
荒くれ者たちが集う場所で仕事をしているよりもしっかり訓練され統率された場所で仕事をしている気がした。
そして軽薄そうな言動のわりに任務内容は絶対に漏らすことはなかったりと仕事に関しては真面目であるのが分かる。
それを伝えるとランベルトはほーっと感嘆した。
「リエラは意外とよく見てるな。世間知らずのお嬢さんかと思ってたがすごいな。うん、えらいぜー」
「もー!」
そう言うとランベルトはリエラの頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
髪がぐしゃぐしゃになる! と手を払い除けリエラは頬を膨らませた。
「まあ、そんなもんだよ」
「ふーん?」
あまり深くは語りたくなさそうだ。
人間、人生色々あるもんねと頭の中で訳知り顔で頷くとそれ以上深く聞くことはしなかった。
「ところで、キースのやつはいつ頃帰ってくるんだ?」
「うーん、今日中には必ず帰るって言ってたけど」
「あいつのことだから、なにがあっても絶対帰ってきそうだなー。まあ、それにしても帰りは遅くなりそうだな」
「そっか」
ランベルトにどこら辺に行ったんだ? と聞かれたのでリエラは目的地を伝える。あまり地理を知らないから地名を教えられても場所が分からなかったのだ。
聞いたランベルトはがんばれば今日中には帰って来れそうだが少し離れた場所だなと教えてくれた。
今はもう午後だ。
夕方になってないとはいえ目的地に着いてから引き取り帰って来るなら夜遅くになってしまうだろう。
「となると、夕飯はどうすっかね」
食事は全てキースが用意している。
しかし、今日はリエラを心配しすぎてか夕飯の支度をすっかり忘れていたらしい。
特に用意されていない食堂に買ってくるか簡単に作るかとランベルトが逡巡しているといいことを思いついたとばかりにリエラが手を叩いた。
「大丈夫だよ、私に任せて!」
「……え゛?」
嫌な予感にランベルトは顔を引きつらせた。
「ただいま戻りました……」
――夜。
疲れたように息を吐くとキースは玄関を開け中へ入った。
静かだが大丈夫だっただろうか。夕飯を用意し損ねてしまったが、大丈夫だろうかと考えながら廊下を進むと。
「キースぅ! たぁすけてえ!」
「は?」
大柄の物体が天の助けが来たとばかりにキースに助けを求めて飛び込んできた。
若干涙目に見えるランベルトがキース目掛けてやって来る。
キースは飛び込んできた物体をさっと避けた。
「もうお前しか頼れるやつはいないんだよぉ。助けて!」
「なんですか、気持ち悪い」
太い猫なで声にキースは思いっきり嫌な顔をするとバッサリと切り捨てた。
「キースひどい! っていや、そんな場合じゃねえな。ホント頼むよ。あいつを止められるのはお前しかいねえんだ」
「はい?」
とりあえず惨状を見てくれとランベルトはキースを連れて調理場へ向かった。
「……こ、これは」
その場所は変わり果てていた。
調理場はなにがあったのかところどころ焦げており、床や壁にはナニカがべっとりと付いている。調理台には謎の極彩色の物体Xが鎮座しており天井からはどろっとした液体が滴り落ちていた。
そんな中でキースに背中を向ける一人の少女がコンロの前で鼻歌を歌いながら楽しそうに鍋をかき混ぜていた。
「俺、これでも必死に止めたんだぜ。でもな、あいつ聞きやしねえんだよー。どうにか怪我だけはしないように見張ることくらいしかできなかったの」
リエラのこと止めてくれと心底弱った声でランベルトはキースに助けを求める。
「うっ……」
ごくりと息を飲む音が聞こえた。これを止められるだろうか。いや、止めなければならない。
「……わ、分かりました。やってみます」
戦場へ向かう騎士のごとく覚悟を決めるとキースは荒れ果てた地へ足を踏み入れた。
「リエラ様」
「あっ! キースおかえりなさい!」
「はい、ただいま戻りました。……これは、どうされたのですか?」
優しく。務めて優しくキースは問いかけた。キースの優しい微笑みにリエラは満面の笑みを浮かべた。
「いつもキースが作ってくれるから、今日は私が作ろうと思って。待ってて、もうすぐできるから」
「ありがとうございます。ですが、今日はもう夜も遅くなってしまいました。サンドウィッチを買ってきましたのでこちらを召し上がりませんか?」
「サンドウィッチ……」
リエラはかき混ぜていた鍋をチラリと見る。
そして、静かに持っていたオタマをカタリと置いた。
「うん! 食べる!」
かくして男たちの胃袋は守られた。
「人魚姫?」
夜も更けた食堂で三人は遅い夕食を食べていた。
量があるとはいえサンドウィッチのみで寂しい食卓だがスープやサラダを作ろうにもコンロには新しい生物が生まれてきそうな鍋が存在していて、調理台には極彩色の物体Xが鎮座している。さくっと諦め今日は少し物足りない食事で済ませることにした。
「ええ、引き取った狂いの図書は今回も童話でしたね」
リエラが聞き返すとキースは頷いた。
「へえ。そういえば鎮める狂いの図書って童話が多いよね」
「ええ、そうですね。しかし、狂いの図書は年代によって偏りが多いのですよ。歴史書が多い年代もあれば恋愛小説が多い年代もありますね」
「へー」
「ふーん。なんだか意図的なものを感じるな」
キースの答えにランベルトは疑問を感じたのか顎に指をかけながら話す。
「あらかじめ狂いの図書に変化しそうな本は探し出せないのか」
「そうしたいのは山々ですが、世界中に数え切れないほどの本がある中でどれが狂いの図書になるか分からないのが現状でして。こうして、狂いの図書になってしまったものをリエラ様に鎮めていただくのが一番の近道なのです」
「ふーん、まあ、そうだよなあ」
頷く二人を静かに見る。小難しいことは分からないので私は狂ってしまった物語を戻すだけだ。
「また後で人魚姫の狂いの図書を見てもいいかな」
「かしこまりました。今日は夜も遅いので明日にしましょうか」
「うん!」
そして夜が更けていく。
お留守番は成功だったと誇らしげに思う。つっこむ人が不在な部屋でリエラは満足気に眠りへついた。
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