渋々、本当に渋々ですが
――時は少し遡り「ヘンゼルとグレーテル」の世界から帰ってきた後。
「おかえりなさいませ、リエラ様」
「んと、ただいま」
いつもの図書室で倒れていたリエラは起き上がると導いたばかりの狂いの図書を拾い上げた。
「あ、今日もちゃんと私の名前が刻まれたね」
「そうですね。これでこの狂いの図書も安定したでしょう。あとは喰われた方を街まで送るだけですね」
「うん!」
そうだ。狂いの図書は物語の完結とともに喰った人を排出している。その人たちに説明しつつ街まで送らなければならないのだ。
とは言うものの物語を覚えていない人達に全部説明しても余計混乱するだけなので最もらしい理由をつけてお帰りいただくだけなのだが。
「じゃあ、起きたらまた適当に説明しないとね」
「そうですね」
軽く打ち合わせをしていると。
「――ん? ここどこだ?」
背後で成人男性の声がした。
「あ、ヘンゼル。……では、なくって。えーっと、起きましたか」
そうだ、ここは物語ではない。この人の名前はヘンゼルではないはずだ。
余計な混乱をさせないために必要以上の情報は言わない方がいい。リエラは慌てて言葉を否定すると笑顔を作った。
「ああ、グレーテル。お前もいたのか。……って、ん? いやちょっと待て。なんだ、ヘンゼルって。魔女のばあさんに菓子の家……? なんだか自分の知らない記憶があるんだが……。どういうことだ?」
「え?」
顎に指を添えぶつぶつと呟く内容に驚愕した。
リエラとキースは顔を見合わせた。
「もしかして、覚えてるの?」
「は? なにがだ? そもそも、お前……誰だ?」
混乱する男性に二人は再び顔を見合わせると頷いた。
「さぞ混乱されていることと思いますが、――この状況をご説明いたしますね」
「はあー、狂いの図書ねえ。そんな訳分からねえもんが世の中にはあるのかねえ」
「いきなり言われても、信じられないよね……」
物語の全てを覚えているらしい男には本当のことを説明する。
そもそも、狂いの図書から人を助けた後戻った人が記憶を持っていたら真実をそのまま伝えると二人で決めていたのだ。
誤魔化したところで逆に混乱してしまうのを防ぐためだ。
真実を聞いた男はまだ実感が湧かないながらも説明を受け入れた。
「いや、この訳の分からねえ記憶がなんなのかってのが分かってよかったぜ。世の中広いからな。こういうこともあんだろ」
随分と懐の大きな人らしい。こんなこともあるかと軽く受け止めるとはさすがだ。訳が分からないと怒鳴る人でなくて本当によかった。
「信じてくれるの?」
「まあ、ごく稀に魔力持ちが現れるしな。これもその類なんだろ」
「そうなんだ」
あっさりとしたその態度に驚くも理由があったらしい。魔力持ちがいるのを知っているのなら驚きはしても受け入れるのも簡単なんだろう。
「夜が明けましたらこの屋敷近くの街までお送りいたします。そこからは申し訳ございませんが自力でお帰りください。もちろん帰還のための費用はご負担いたしますので」
「んー?」
男はキースの提案に少し考えるように声を出した。
「なあ。ここって随分広いようだがお前達以外に住民はいるのか?」
「え? この屋敷に? いないよ。住んでるのは私とここにいるキースだけ」
「ふーん……?」
「……どうされましたか」
また考え込んだ男に少し警戒したのかキースは剣呑な声を出す。
考えがまとまった男は二人へ振り向くとにぱっと笑った。
「俺もここに置いちゃあくれねえか」
「お断りいたします」
「即答かよ!」
男の提案をキースは即座に切り捨てた。
「俺な、この狂いの図書っての? こいつに喰われる前にとある任務に失敗しちゃってさ。帰るに帰れねえのよ。このままノコノコ帰ったら雇い主になにされるか分かったもんじゃねえ」
しょぼんと肩を落とす男は訥々と語る。
「そうですか。では、がんばって謝り倒してください」
「ひでえな!」
血も涙もあったもんじゃねえ! と喚く男にキースは随分とクールだ。
「なあ。嬢ちゃんからもこの兄ちゃんになんか言ってくれねえか。俺、本当に困ってんの。ここに置いてくれたら屋敷の警護もするし力仕事もするし高いとこの電球も替えられるし、なにかと便利だぜ?」
「えー……」
眉を下げ哀れそうな顔でリエラを見る。どうしていいものかリエラは困った。
「うーん……。ねえ、キース。私、この人に狂いの図書の中で助けられたんだ。任務っていうのがなにか分からないけど、少しの間だけでもここにいさせてあげられないかな?」
「リエラ様っ?」
一応恩人であるこの人をこのまま放り出すのもどうかと思ったリエラはキースへお願いしてみる。
キースは驚いた顔をするとすぐに顔を顰めて長考した。――それはもう随分と長い長考だった。
そして顔を上げると本当に渋々という体で絞り出すような声を出した。
「……この屋敷の主であるリエラ様がそう仰るのであれば」
「やった!」
男は喜びの声を上げると感極まったのかリエラを思いっきり抱き締めた。
「ありがとなー! 嬢ちゃん。お前のおかげで首の皮が繋がったぜ!」
「わひゃあ!」
びっくりして声を出すとドカっと音とともにリエラの視界から男が消えた。
男がいた場所を見ればキースが不自然に足を上げているところだった。
「ああ、申し訳ございません。うっかり足が滑りまして。ところで、今すぐ屋敷から叩き出すこともできますが」
「スミマセンデシタ」
その美貌に冷たい微笑みが浮かぶ。ゆらりと殺気を出すキースに男は顔を引きつらせた。
「まったく。この屋敷に残りたいというのなら以後、リエラ様に触れないでください。指一本触れることは許しません」
「おおう。随分と恐い番犬だな」
よろしいですか? と迫るキースに男は両手を上げて頷いた。
「分かった、分かったから。さっきはちょっと感極まっちゃっただけ。ごめんなー、嬢ちゃん」
「えっと、いや、私は別に」
迫力満点なキースにうろたえていると、キースはリエラ様? とこちらにもその笑みを向けた。私も注意しなくてはならないらしい。
リエラはぶんぶんと首を振った。
「はあ。ところでその任務とやらが完遂したら出て行っていただけるのでしょうね」
「ん? ああ、もちろんだぜ。任務が完了すりゃ雇い主に報告できるからな。そん時はすぐ出ていくさ」
「その任務の内容を教えていただくことは?」
「いや、それはすまねえがこっちにも守秘義務ってのがあるんだ。答えられねえ。まあ、悪いようにはならねえよ」
「……左様ですか」
キースは本当に嫌そうな顔で男を見ると大きくため息をついた。
「かしこまりました。それではしばらくの間だけ屋敷の滞在を許可いたします。……とっとと任務を終わらせてくださいね」
「俺もさっさと終わらせてーわ! お前、ホントに嫌なんだな!」
わあっと喚くと男はコホンと居住まいを正した。
「まあ、しばらくの間だけど世話になるぜ。俺の名はランベルトっていうんだ。よろしくな」
「うん! よろしくね!」
「……よろしくしたくありませんが」
「お前、ホント素直ね」
こうして新たな住民が一人増えた。
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