第28話 規則で決まった事ですから

 各地を転々としていた俺は、10年ぶりに祖国に帰ってきた。久しぶりの故郷である。

 俺は早く、ホテルにでも入って長旅の疲れを落としたかった。飛行機を乗りつぐこと20時間。体がフラフラしていたのである。降り立った空港からホテルは30分ほど離れた場所だ。寄り道をせずに、まっすぐ、部屋で横になりたい。

 5年という月日は恐ろしい。空港はすっかり変わっており、近代的な作りに変化している。疲れを感じたのは、この様変わりに付いていけないというのもあるかもしれない。

 窓の外を眺めようとしたときに、一人の男が声を掛けてきた。

 「この辺りは外を見てはいけない規則ですよ。整備中の飛行機は機密も多いですし、作業中に目に悪い光が出ることもあるとか」

 空港の職員だろうか。初老ではあるが、パリッとしたスーツを着ている。眼鏡が几帳面さを表しているような、そんな男だった。

 「そんな規則あったかな。なにぶん、だいぶこの国を離れていたもので、勝手がよくわからないのです」

 「数年前に決まりました。治安の為にも空港では窓の外は見ない方が良いということになったのです。もちろん、投票で決めました。国民にとっては大したことがない決めごとだったので、今では小さい子供も規則は守っています。」

 「なるほど。それでは仕方ない。規則に従うことにします」

 そう答えると、窓から目を逸らした。揉め事を起こして時間を取られるのも煩わしかったのだ。

 「良かったらお泊りの宿泊施設までお送りしますよ。交通機関にも様々な規則があり、罰則のあるものあります。うっかり規則を破って注意されるのも面倒でしょう。私はここの職員です。お疑いでしたら、エントランスやロビーで聴いてもらっても構いませんよ。もちろん、無料で案内させていただきます。」

 疲れているのだ。本当のところを言えば放っておいて欲しかったが、下手な事をして厄介ごとに巻き込まれる可能性というのは常にある。それは、世界では日常茶飯事で今回は、自分の生まれ故郷がそうであっただけのことだ。案内があるに越したことはないし、少し変わった規則とやらにも興味がわいてきた。

 空港を出ると、白色の車が用意されていた。空港の名前の入ったステッカーが貼ってある。前後にも同じような車が止まっていたので、偽物の車ということはなさそうだ。

 男は慣れた手つきで扉を開けて俺から目的地を聴くと運転手に告げた。車は空港をするすると抜けて、一般道に入る。俺は外を見ようとして、男に掛けた。

 「もう、外を見ても平気ですかね」

 男はにこやかに答える。

 「ええ、このあたりの道路は特に規則もないので外を見ても構いません。」

 俺は窓の外を見ていた。空はどんよりとした鈍い色をしていて不気味な感じがする。まるで俺の不安を表したような雲行き。そんな雲と雲の間を縫うようにして自分たちの乗った車はゆっくり走っている。

ほかの車がどんどんと追い越していく。白と黒のコントラストをぼんやりと眺めていた。その時、少し妙な感覚になった。男は俺の反応に気付き、答えた。

 「車の色ですね。これも規則で決まったものなのです。公道を走る一般車両は黒と白だけにする。最初は少し抵抗もありましたが、大勢の人は受けれました。デザインには難がありましたが、大した騒動にもなりませんでした。それからこの辺りは道も広いでしょう?これも決められているのです。昔はごちゃごちゃしていましたが、なにかあった時に大事な車両が通れないと不便ですからね」

 確かに男の言うとおり、道行く車は白と黒の車だけだった。道も言われてみれば確かに広い。幅、50mあるだろうか。以前はこの辺りには建物が点在していたと思うのだが、それらは全てなくなっている。

 再び窓の外に目を向けれると旗が目に入った。道の至る所に旗が掲げられているのだ。この国の国旗のデザインに似ているそれは、以前は新聞社や船舶などが利用しているものだった。そういえば、空港でも同じ旗を見かけた。何かのキャンペーンかと思っていのだが、どうやら違うようである。

 「あの旗は何でしょうか。」

 俺は男に訪ねた。男は、胸元のバッチを掲げた。旗と同じデザインが施されている。

 「こちらですね。これも規則で決まったものです。役人は必ず私と同じバッチをつけています。公共施設では小学校や幼稚園でも掲げることが義務付けられているのです。大勢の人が受け入れ決まったものですので、今では街中では、あの旗を見ない日はありません。有難いことです」

 

 俺が国を離れている間に色々な物が変わってしまったようだった。それも悪い方向に変わっている。そう直感が告げている。

 しばらくすると、円筒形の建物が見えてきた。入口らしき所には銃を持った軍人らしき人の姿も見える。

 「ああ、あれは核兵器の発射口ですよ。今は稼働していませんが積み込めばいつでも発射可能です。これも、大勢の人は受け入れました。我々には特に関係ないし興味のないことでしたからね」

 男はにこやかに話しているが、こんなことをにこやかに話す男の気がしれない。常軌を逸している。

 「貴方は私の頭がおかしいのではないかと思っているのかもしれません。でも、真実なんですよ。この国では多くの人が賛同しているのです。自分たちには関心のないことは何事もなく決まっていくのです」

 「反対した人はいなかったのか。その人たちはどうなったのか」

 俺は冷や汗を流しながらようやく言葉を紡ぎだした。そう言えば、この国を離れてから数年、国の情勢など気にしたことはなかった。いや、見ることができないように支配されていたのか。

 「そういう人たちも確かにいます。ただね、少数ですから。彼らには大人しくしてもらうために施設に入ってもらいました」

 男はそう言うと、懐から拳銃を取り出して俺に向けて続けた。

 「これから貴方にもそちらに入ってもらいます。海外に出ておかしな事をしてら貰うわけにはいけませんからね。これもこの国の為の決まり事です。」

 車は無機質で大きな建物へと向かっていく。これから何が行われるか想像をするのもぞっとする。しかし一つだけはっきりしているのは、大勢の人々が俺をこの建物に入れることを容認したということだ。

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