第27話 地獄の労働環境
地獄には死者を裁く閻魔庁がある。死者は生前の罪を裁かれ、それぞれの罪に従って死後を過ごす。
そんな部署の一つの問題が発生していた。
「閻魔様。罪人を連れてきました。罪状は先ほどと同じです」
地獄の獄卒がいった。顔に疲労が見えている。
「よし、通せ」
閻魔大王。今まで様々な罪の死者を裁いていたがここ数年は、うんざりした気持ちで仕事をしていた。
「その方、生前に罪を犯したことはないとのことであるが、親より先に死ぬことは非常に罪深き事である。この罪状に間違いはないか」
今日1日で何度言ったか判らない。そろそろ読み上げる節が怪しくなってきた気がする。閻魔も疲れているのだ。
「間違いございません」
死者が答えた。若い男。彼もまたやつれた顔をしている。
「道中疲労困憊であろうと罪は罪である。お前はこれから地獄にて仕事に就くのだ。」
閻魔は容赦がない。地獄の法は絶対である。獄卒は、仕事の内容を書いた書類を死者に渡す。
「労働は日の出から日の入りまでの6時間。そのあと生前の罪を贖罪する時間が2時間である。休みは週2日。それ以上は認められない。死者は体調を崩すことはないからな。給金は支払うが最低限である。」
獄卒がとうとうと条件を述べるが、死者の顔は困惑している。ここまで先ほどからの裁きと同じ展開。
「食事も与えてやるが贅沢はできないと思え。一汁三菜。飽食は罪である。休みの日は好きに使え」
一頻り読み終わった獄卒。死者はきょとんとした顔でこちらを見ている。
「何か言いたいことがあるのなら申してみよ」
閻魔はギロリと死者を見ながらそう言った。おかしなことを言ったらその場で折檻をすることになる。
「あの、これだけでしょうか」
死者はびくびくしながら言葉を発した。このやり取りも今日だけで何度めだろうか。
「これだけだ。残業とやらも存在しないし休日出勤などというもの地獄にはないぞ」
閻魔がそういうやいなや死者の顔はパッと明るくなる。
「あ、ありがとうございます」
死者は涙を流しながら、頭を下げた。床に額を擦りつけんばかりである。心の底からの感謝。嘘でもついているのなら、舌の一つでも引っこ抜かれるところであるが、まごころから出ている言葉でにはぐうの音もでない。
「せいぜい励むようにな。10年は極楽浄土にはいけないと思え」
閻魔も嫌味を言うのがせいぜいだったが、さらに死者は感謝の言葉を残し、獄卒に引きずられるようにして出て行った。
ひと段落した閻魔庁。今日の仕事はこれでおしまい。閻魔がぼやく
「これで何人目だろうなあ。恐れるどころか感謝をしてさっていく」。
「今年度は4900人目です。前年度は10000人。ちなみに閻魔様のぼやきは今日だけで3回目です」
獄卒も何度も聞かれるので数字を見ることがなくなっていた。さらに閻魔は続けた。
「彼らは仕事をきちんとこなしているのか。もはやサボる方法をしているなんて事はないだろうな」
「彼らは実に勤勉です。苦痛を感じている素振りもなく嬉々として励んでおります。そして、申し上げにくいのですが、地獄での生活を天国だ天国だと涙を流し、閻魔様を神様と呼ぶ次第です」
ウーンと唸りながら閻魔は椅子の背にもたれかかりながら、空を見上げて呟く。
「ここの生活が天国か。最近の若者は早くに命を落として地獄を天国という。聴けばほかの国の地獄は今までと変わらないとか。かつて戦国と呼ばれていた時代でもこのような死者はやってこなかった。獄卒よ、近いうちに地上に行って様子を見てきてはくれないか」
閻魔からの申し出に獄卒も空を見上げていた。ほかの世界のことは知らないが、この地獄が容易ではない過酷な場所であることは知っている。いわば休暇のようなものかもしれない。
「地上には高潔で素晴らしい教えでも広まってるのでしょうね。よほどの宗教家がいるに違いないでしょう。さぞや美しい国なんでしょうなあ。視察の件、喜んで引き受けますとも」
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