第14話 バラバラの画風

 肩が上下に大きく揺れ始め、呼吸が荒くなって姿勢が前のめりになる。

 気づけば先生は僕らの後ろにはいなかった。途中であきらめてくれたのだろう。そう信じたい。




 公園についたときには三人ともくったくたに疲れていた。ベンチに座る気力すら残されておらず、公園の土の上にどさりと崩れ落ちた。僕も杉野も上西も、三人とも両手を広げて天をあおぎみていた。


 しばらく呼吸を整えるのに精いっぱいで、ぽっかり浮かんだ月をただじっと見ていた。


「……ばっかみたい」


 不意に上西が腹を抱えて笑い出した。つられて僕も杉野も笑い出す。

 人気のない夜の公園に三人の笑い声だけがこだましている。一種異様な光景だった。


「結局、私たち何のために学校に集まったんだろうね」


「しっしし。ま、楽しかったからいいじゃんか」


「杉野! そのせいでホントに捕まりそうになったんだよ!? 勘弁してよ、ったく……」


「音羽くんってば、逃げる準備が遅いんだもん」


「そうそ。上西に言われて俺がとっさに缶を投げなかったら、お前、今頃先生にこってり絞られてただろうな」


 あれは上西のアイデアだったのか。杉野にしてはえてるなと思ったんだ。


「あれは助かったよ。ありがとう」


「けど、どうしてもたついたんだ?」


 それは……と口を紡ぐ。りんごのことをどう説明するべきか。二人は友達とはいえ、いきなり幽霊の話なんかして信じてもらえるわけがない。


「一瞬、足つりそうになってさ。運動不足だな」


 また、小さな嘘をついてしまった。背中でりんごが『翔くんのうそつき』と小さくつぶやいた。最近、こんなことが多い。友達に嘘をつくという行為に、心に小さくとげがさす。日常的に嘘をついている詐欺師さぎしはある種、異常な精神の持ち主なのかもしれない。


 やがて呼吸も落ち着いて、僕は公園のベンチに腰掛ける。上西はシーソー台、杉野は滑り台の上に座っていた。ちょうど三角形で向かい合うような格好である。


「さてと。俺から一つ提案がある……と、その前に。とりあえずこれやるよ」


 杉野は持っていたポーチから三つ小袋を取り出して、すべり台の上から投げてよこす。


「あんパン?」


「食えよ。夜の張り込みの定番だろ。牛乳はないけどな」


「私たち、張り込みしてるわけじゃないけどね……」


 上西のツッコミを無視して、杉野はあんパンをかじりながらつぶやく。


「で、ものは相談なんだけどさ……俺たち三人で合作しないか?」


「合作って言っても何を?」


「そこは俺たち美術部だからな。絵に決まってんだろ」


「そうは言うけどね杉野くん。私たちは画風がそれぞれバラバラじゃない。私は漫画風の絵が得意で、音羽くんはいろいろ描けるけど油彩が一番でしょ。杉野くんの絵は……なんというか、そもそも絵って言っていいものかどうか怪しいし」


 上西のこの発言に、杉野は黙っていられなかった。


「失礼な! 俺の絵はなぁ……そうピカソ風なの! 常人には理解しがたい芸術なんだよ」


 自称芸術家、杉野一史すぎのかずふみはあんパン片手に息巻いた。


 しかし……残念ながらこれは僕も上西に同意見である。彼女の言う通り、杉野の絵はそれはひどいものだ。上手いとか下手とかいう問題ではなく、根本的な何かが違うのだ。見ていて吐き気をもよおすことさえある。これは決して嘘ではない。事実、文化祭で美術部に絵を見に来た近所の老夫婦が、杉野の絵を見た後に別人のように疲れた顔をしていたのを僕は覚えている。


 一方で上西は絵を描くのが上手だ。だが一枚画というよりは、もっぱら漫画を描いていることが多い。上西が美術部に入部したのは、そもそも学校に漫画研究部がなかったからなのだ。僕も彼女が描いた漫画を読ませてもらったことがあるが、話はともかく意図して作画の緻密ちみつさに目を引かれた。特に人物描写がとびぬけていて、人の動きを表現するのがとても上手で、僕には到底まねできない。

 僕はいつも風景を描いたり物を書いたりすることが多く、人間を描くのが不得意なので時々上西がうらやましく思うことさえある。


 けれどやっぱり画風が違いすぎるのは上西が言う通りだ。

 漫画調のイラストに、油彩の筆致、それにピカソ風の何かが加わったら、とんでもなくカオスな画が仕上がってしまう。まともな画になるイメージが全くと言っていいほどつかめないのだ。


「合作とは言うけど、普通はある程度テーマに沿って描くんだ。僕たちは三人とも、得意とする画風が致命的なまでにバラバラじゃないか」


「ばかだなぁお前。だからこそ面白いんだろ。てんでバラバラの欠片が一つにまとまればきっと感動するぜ」


「違うよ杉野くん。音羽くんはね、そもそもまとまりようがないって言ってるの。私もそう思うよ。無理にまとめてもいい作品にはならない。ごちゃまぜの失敗作みたいになってしまうと思う。例えるなら……そうね、卵かけごはんにごはんですよとお茶漬けを混ぜる感じとでも言いましょうか。一つ一つはごはんによく合うものだけど、混ぜた途端にとんでもない代物に変貌してしまう。要は、混ぜるなキケンってこと」


 上西は例えが上手いなと思ったが、実際その通りだ。僕らの部長はやっぱり頭がどうかしているのだ。


「まぁまぁ、俺には助っ人もいることだし、大丈夫だって」


「助っ人? 誰よそれ?」


「三ちゃん。明日、相談してみるつもりだ」


 三ちゃんとは、美術部の顧問である三条さんじょう先生のことだ。

 杉野はなれなれしくあだ名で呼んでるけど、なんというか……非常に個性的な人である。


「先生も僕らと同じ事言うと思うけど」


「うん。あの先生、基本的にやる気なさそうだし」


「とりあえず今日はもう帰ろうぜ。結構遅くなってきたしさ、上西んちは門限あるだろ」


「うん……九時過ぎると、鍵かけられちゃう」


 それは……ずいぶんと厳しい家庭だなぁ。

 うちは心配はされるだろうけど、閉め出しはされないと思う。

 上西の門限もあることだし、その日の話し合いは終了することにして続きはまた明日の放課後、美術室で行うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る