お題:金木犀 ― 残り香

 11/8 お題:金木犀




 深夜、散歩の足を伸ばして公園まで行った。昼間も良い香りを辺り一面に振り撒いていた金木犀を思い出し、夜の梅の香ならぬ夜の金木犀めあてで。

 昼間は公園の横を通り過ぎるだけで楽しめた香りが、どうしたことかまったくしない。夜はあまり香らないのだろうかと公園に入った。

 近づいてもみてもまったく香らない。思い切り吸い込んでみても同じ。おかしいなと首をかしげたところで、声をかけられた。


「もしかして金木犀の香りを楽しみにいらした?」


 誰もいなかったはずなのに、大きな袋を足下に置いた男がとつぜん目に入り驚きながら返事をした。


「ええ、まあ」

「それは大変もうしわけない。金木犀の香りをいただいてしまいまして」


 男は空中で手を動かしては足元の大きな袋に何かを入れる仕草をしている。

 何も持っているようには見えないのに、手際よく動く手に興味を引かれた。


「香りを?」

「はい、こうして」


 男が手の平を掬うような形にして何もない空間でくるりと回転させる。そうして何か手に持つ仕草をした。

 よくよく目をこらすと手の上に透明な玉が乗っている。玉のふちがほんの少し水銀灯の灯りを反射しているからようやく気付けるほどに透明だった。その玉をまた袋に入れる。

 そうして少しずつ手を動かす場所を変えながら袋につめる作業を繰り返し、あっという間に袋がいっぱいになった。


「これはどうされるんですか?」

「姫様が冬でも金木犀の香りを楽しみたいと言うので、こうして集めております。庭にも植えているんですがね、庭の香りがなくなると私どもが怒られるので、こうして誰もいない夜に香りをいただいているわけで」

「それは大変ですね」

「でも申し訳ありませんね、せっかく香りを楽しみにいらしたのに」

「はい、まあ。でも今日だけでしょう? なら大丈夫です」

「いえ、もっと集めなくちゃいけませんので、たびたびお邪魔するかと思います。今度はもう少し遅い時間に伺いますので。今夜の分のお詫びに一つ差し上げましょう」


 そう言って袋から一つ取り出してみせ、おずおず伸ばした私の手を取って上に乗せた。少しだけ何かあるような感触がする。


「強く握ると割れて香りが溢れますから、お気をつけて」

「はあ、ありがとうございます」

「では、私はこれで。良い夜を」


 男は軽く頭を下げて満杯になった大きな袋を肩に背負った。私も軽く頭を下げたが、上げたときにはもう姿は見えず、香りのない金木犀が水銀灯に照らされているだけだった。


 男からもらった透明な玉をうっかり落とさないように家に帰り、ブリキ缶に入れて蓋をした。夢のような気がしてそれきり忘れていたのだが、薄っすらと雪化粧をした金木犀を見てふと男を思い出した。家に帰って蓋を開ける。途端、香りが溢れ出した。


 その日一日中、私の部屋は秋の気配をまとう金木犀の香りに満たされていた。





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