お題:どんぐり ― 狐の集会 2

 11/6 お題:どんぐり




 見よう見まねで手と足を動かす。

 ゆらりくるり、ゆらりくるり。踊りの輪に加わって僕はひどく上機嫌だった。


「やあ、お上手なことで」


「それにしても立派な尻尾ですねぇ。フサフサと金色に輝いて」

「ほんとうに。さぞかしお手入れをしてらっしゃるんでしょう」


 ひらりと輪に加わった、どこぞの若旦那のようないでたちの狐の言葉に、隣で踊っていた手拭いで頬かむりした狐が相槌を打つ。

 千両に照らされた影には、なるほど確かにふんわりしていそうな尻尾が揺れていた。


「触らせていただいても? ちょいと失礼」


 ぼんやりした頭でも、それはいけないと警笛がなり慌てて身を引いた。ところが、スルリとズボンから抜ける感覚がした。振り向くと、若旦那の伸ばした手にススキが引っ掛かっている。


「…………、――――――ぎぃぃやぁぁぁああっ」


 けたたましく叫んだ若旦那は驚きのあまり狐の姿に戻り、手のススキを振り回している。


「尻尾がっ、尻尾がっ!」


 この騒ぎに他の狐も驚いて集まり、僕たちを取り囲んでザワザワしている。


「だ、だ、大丈夫ですかっ⁉」


 ひどく焦って何も言えない僕の体を、あちこちポンポン撫でて確かめる。


「尻尾が……、ススキ? え、おや、尻尾ではない? ……」


 ススキを握り締めている手と僕を交互に見やり、目を真ん丸くした。周りで話す狐たちの声が聞こえる。


 どうした、どうした

 どうも尻尾が取れたらしい

 尻尾が取れるなんてことあるかね?

 ススキが尻尾だと言ってますよ

 尻尾がないなんて、まるで……


「人間だ! 人間がいるぞ!」

「誰が連れてきたんだ!」

「人間がいるなんて」


 とうとうバレてしまった。逃げ出せもできず縮こまっていると、招待してくれた紳士が僕のそばまできてくれた。


「やあやあ、正体がバレてしまいましたか」

「狐の集会に人間を連れてくるとは」

「なあに、気のいい坊ちゃんですよ。栗をいただいたお礼に招待したのです。狐が不義理だと思われるのは名誉にかかわりますからね」

「しかし、人間ですよ? 他の人間に知られて集会が開けなくなったらどうするのです」

「そうですよ。狐の集会に人間を呼ぶとはけしからん振る舞いですぞ」


 みんなに詰め寄られた紳士が髭を撫でながら困り顔をしていると、思わぬところから助け舟があった。


「まあまあ、皆さま落ち着いてくださいな。こちらの坊ちゃんは尊大な振る舞いもせず、集会のために立派な柿を持ってきてくれたのですよ。それだけで人柄がわかるというものではありませんか」

「そうです。栗をくれたのも狐の姿のときでしたから、人間じゃないからと意地悪するような人ではありません。だいいち、そんな人間なら連れてきやしませんよ」


 爺様が穏やかに話し、紳士も満足げに頷いた。

 騒いでいた狐たちは爺様が言うならと気を静めたようで、ホッとする。


「しかしですね、騒ぎを起こした罰を与えねばなりませんよ。毎回こんな騒ぎを起こされてごらんなさい、おちおち楽しめないではありませんか」

「そうですなぁ。ではどんな罰にしましょうか」


 紳士と僕をよそに狐たちが小声で相談し始めた。やがて決まったのか、狐たちは頷き合い厳めしい教職風の狐が前に出て重々しく罰を告げる。


「罰として紅葉山のシイ林のドングリを升に十杯集めること」

「できるだけツヤツヤした立派なものを選ぶように」


 ハイと頷いた僕を横目に紳士は肩をすくめた。


「仕方ありませんな。こんな騒ぎになっちゃ落ち着きますまい。どれ、坊ちゃんを送りましょうか」


 爺様にお礼と暇の挨拶をして集会場をあとにした。

 千両の火をゆらゆらさせて来た道を引き返す。集会場の灯りが遠く見えなくなると、紳士が口を押さえて笑い出した。


「いやいやまったく、あの驚きようといったら」


 悪戯が成功したというような紳士のクスクス笑いを聞いていたら、しょんぼりした気持ちが薄れていく。飛び上がって目を真ん丸くした若旦那狐を思い出すと、申し訳ないと思いつつも笑いが込み上げた。


 コオロギの鳴く夜道を狐と2人で愉快に歩き、家に戻るとまた明日と言って別れた。


 翌日、紅葉山のシイの林に行く。狐はまだきていない。待っていても仕方がないので、どんぐりを拾っては袋に入れた。升十杯ぶんはなかなかの量だ。

 黙々拾っていると明るい声が聞こえた。


「やあ、今日もいい天気ですね。もう随分と拾われたようで」


 感心する狐に袋を渡し中身を確かめてもらい、狐の気に入らないどんぐりをはじいてもらった。袋の半分くらい拾ったところで狐が声を掛ける。


「もうこれくらいでよろしいでしょう。いやいや、ありがとうございました。わたしとしては面白かったのですが、坊ちゃんは面食らったでしょうね。またお誘いしたいところですが、ご迷惑になるといけませんから」


 袋を肩に担いだ狐が残念そうに首を振る。でも僕は、この楽しい出会いをこれきりにしたくない。


「いえいえ、大変めずらしく楽しい体験ができて感謝しております。この春から分校の教壇に立つためにこちらにきたものですから、知り合いもなくて。久しぶりに心から愉快になりました」

「おや、こちらの方ではないのですね」

「はい。でも何年かはいると思いますので、山で見かけたら声を掛けていただけると嬉しいです」

「そうですか。またご縁がありましたら是非とも」

「はい。是非とも」


 お互いにお辞儀をして、ひょこひょこ帰る狐を見送った。



 そのあとも山にでかけたけれど、まだ一度も狐に会えていない。あの夜以来、窓が風で揺れる日は千両の灯りがともる集会場で狐の影絵がクルクルまわる夢を見るようになった。



 終


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